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怖い話  作者: 健二
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忘れられた祠の神


私は毎年、夏休みになると母方の祖母が住む山間の村に帰省する。東京の喧騒から離れ、緑深い山々に囲まれた村は、一見すると平和そのもの。しかし今年、高校二年の夏に体験したことは、この村に潜む古い因習と忘れられた神の存在を知る、恐ろしい出来事となった。


到着した日、いつもと違う雰囲気に気づいた。村人たちの顔には緊張が漂い、子供たちは日が落ちる前に皆、家に戻されていた。


「どうしたの?何かあったの?」と祖母に尋ねると、彼女は口を引き結び、「西の森に近づかないように」と短く言うだけだった。


その晩、従兄の健太から事情を聞いた。


「先月から、村では奇妙なことが続いているんだ」と健太は声を潜めて話し始めた。「西の森の奥にある古い祠から、夜になると赤い光が見えるって。そして、その祠に近づいた人が次々と病気になっているんだ」


「祠?どんな神様が祀られてるの?」


「それが分からないんだ。誰も覚えていない。ただ、先月の大雨で山が崩れた時に、長年埋もれていた古い祠が姿を現したらしい。村の古老たちは『封じられていた祟り神が解放されてしまった』と言っている」


健太の話によると、この村には「村を見捨てた神」の言い伝えがあるという。江戸時代、凶作と疫病で村人の多くが亡くなった時、村を守るはずの神が姿を消した。怒った村人たちは、その神を「裏切り者」として封印したという。


「そんな…神様を封印するなんて」


「祟り神っていうんだ」と健太は真剣な顔で言った。「怒りや恨みを持った神は、時に人に災いをもたらす。だから村人たちは、その神を特別な方法で封じ込めたんだ」


翌日、好奇心に駆られた私は、西の森へ向かった。祖母に内緒で。


森に足を踏み入れると、空気が一気に重くなったように感じた。鳥の声も虫の音も聞こえない。ただ風が木々を揺らす音だけが、不気味に響いていた。


やがて、苔むした古い石段を見つけた。それを登っていくと、小さな開けた場所に出た。そこに建つのは、朽ちかけた木の祠。前に置かれた石の台には、黒ずんだ文字が刻まれていた。


「荒ぶる神、此処に眠る」


祠の扉は半開きになっていた。中を覗くと、小さな木の像が置かれている。しかし、その像は普通の神像ではなかった。両手両足が縄で縛られ、顔の部分には和釘が打ち込まれていた。


恐ろしさで震えながらも、カメラを取り出して写真を撮ろうとした時だった。


「そこに近づくな!」


振り返ると、白髪の老人が立っていた。村の神主、清水さんだった。


「すぐにここを離れなさい。その神は、見られることを望んでいない」


急かされるように森を出ると、清水さんは話し始めた。


「あれは普通の神ではない。荒神あらがみという、怒りと恨みに満ちた神だ。昔、この村を疫病から守ってくれなかったという理由で、村人たちは神を責めた。そして、その神を縛り、封印したのだ」


「でも、それは…神様に対して失礼じゃないですか?」


「確かにそうだ。だが当時の村人たちは、死の恐怖から正気を失っていたのだろう。彼らは神を『裏切り者』として扱い、縄で縛り、釘で顔を打ち、祟りが外に漏れないよう、深い森の中に祠を建てて封じた」


清水さんは深いため息をついた。


「村の記録によれば、その後も神の怒りは収まらなかった。村には次々と不幸が訪れた。しかし時が経つにつれ、人々はその神の存在を忘れ、祠の場所さえも分からなくなった。先月の土砂崩れで再び姿を現すまでは」


私は恐る恐る尋ねた。「それで、最近の病気は…」


「神の祟りだ。封印が解かれ、何百年もの恨みを持った神が目覚めたのだ」


その夜、激しい頭痛で目が覚めた。窓の外を見ると、西の森の方向から赤い光が漏れている。恐怖で震えながらも、私はカメラを確認した。祠で撮った写真には、木像の背後に人の形をした黒い影が写っていた。


翌朝、清水さんが訪ねてきた。彼は私が撮った写真を見て顔色を変えた。


「これは大変だ。神の怒りが頂点に達している。このままでは村全体が祟られる」


清水さんは村の長老たちを集め、緊急の会議を開いた。そこで決まったのは、長年忘れられていた「神和らぎの儀式」を執り行うことだった。


「縄を解き、釘を抜き、神に詫びを入れなければならない」と清水さんは言った。


儀式の準備が進む中、私の体調は悪化の一途をたどった。高熱が続き、時折、誰かが耳元で囁く声が聞こえる。「許さない…忘れた者たちを…」


儀式の日、村人全員が西の森に集まった。清水さんは白装束に身を包み、古い巻物から祝詞を読み上げた。


「荒ぶる神よ、我らの愚かさをお許しください。長き時を経て、再びあなたを敬い、祀る準備ができました」


祠の前には、村人たちが持ち寄った供物が並べられた。清水さんが祠に近づき、恐る恐る扉を開けると、中の木像は消えていた。代わりに、小さな石の祠が置かれていた。


その瞬間、森全体が風に揺れ、木々がざわめいた。頭上では雲が渦を巻き、異様な光景が広がっていた。


清水さんは慌てて祝詞を続けた。「どうか怒りを鎮め、再び我らの守り神となってください」


突然、私の体が勝手に動き出した。意識はあるのに、自分の意志とは関係なく、祠の前まで歩いていく。そして、自分の声とは思えない低い声で言葉を発していた。


「長き時を経て、やっと理解したか。神は人を守るもの。だが、人もまた神を敬い、忘れてはならぬ」


村人たちは恐怖で固まっていた。私は自分の身体が別の存在に乗っ取られたような感覚に陥っていた。


「忘れられることが、神にとっての死だ。だが今、あなたたちが思い出してくれた。それだけで、私の怒りは和らいだ」


その言葉を最後に、私は意識を失った。


目が覚めたのは三日後。祖母の家のふとんの上だった。体の熱は引き、頭痛も消えていた。


清水さんが説明してくれた。「あなたは神憑き(かみつき)を経験したんだ。神が人の体を借りて語ることがある。特に若く、純粋な心を持つ者を選ぶことが多い」


その後、村では「荒神祭り」という新しい祭りが始まった。西の森の祠は修復され、毎年夏になると村人たちが集まり、神への感謝と敬意を表すようになった。


私は毎年、その祭りに参加するために村に帰る。祠の前に立つと、あの日の記憶が鮮明によみがえる。そして時々、西の森から風が吹いてくると、誰かが優しく私の名前を呼ぶ気がするのだ。


---


この物語は創作ですが、日本各地には実際に「荒神」や「祟り神」を祀る神社や祠が存在します。特に島根県の石見地方には「荒神信仰」が根強く残っており、家々に「荒神棚」を設け、定期的に供物を捧げる習慣があります。


2007年、島根県大田市の山間部で行われた道路工事中に、古い祠が発見されました。地元の古老によると、その祠は江戸時代の大飢饉の際、村人たちが「怒りの神」を封じ込めたものだったといいます。祠が移設された後、工事現場では不可解な事故が相次ぎ、地元の神社による特別な祈祷が行われるまで工事は中断されました。


また、2012年には宮城県のある村で、震災後の復旧作業中に忘れられていた古い祠が発見されました。村の古文書によると、その祠には「疫病神」が祀られていたとされ、江戸時代にコレラが流行した際、村人たちはその神を特別な方法で封じ込めたといいます。祠が発見された後、村では伝統的な「和らぎの儀式」が執り行われました。


日本の民俗学者・柳田國男の記録によれば、かつて日本の村々では「神送り」と呼ばれる儀式が行われていたそうです。不作や疫病などの災害が続くと、村人たちはその原因を「荒ぶる神」の仕業と考え、その神を別の土地へ送り出す儀式を行ったといいます。


現代の神道では、神は本来「和の神」であり、正しく祀られれば人々に恵みをもたらすと考えられています。しかし、忘れられたり、軽視されたりした神は「荒ぶる神」となり、時に災いをもたらすと信じられてきました。


日本の各地には今も、「祭りを怠ると祟りがある」という言い伝えが残っており、たとえ信仰心が薄れた現代でも、伝統的な祭りや儀式は真摯に続けられています。それは単なる迷信ではなく、自然と共に生きてきた日本人の、目に見えない力への畏敬の念の表れなのかもしれません。

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