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怖い話  作者: 健二
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残照の屋敷


「夏の夕暮れ時、太陽が沈む直前の赤い光を『魔の時間』という」


部活の帰り、歴史好きの友人・健太がそんなことを言い出した。高校二年の夏休み直前、私たち四人は下校途中、いつもと違う道を通っていた。


「魔の時間?」と尋ねると、健太は古びた洋館を指さした。丘の上に建つその屋敷は、明治時代に建てられたという噂の西洋建築だった。赤い夕日に照らされ、窓ガラスが血のように輝いている。


「あの屋敷、知ってる?『残照館』って呼ばれてるんだ。夕陽の赤い光が差し込む時間に、過去の光景が見えるって言われてる」


「嘘だろ?」と野球部の田中が笑う。


「本当だよ。地元の古文書に記録があるんだ。『日没の赤き光に照らされし時、死者の世は生者の世と重なる』ってね」


「じゃあ、肝試しに行ってみようよ」と提案したのは、クラスで一番の怖がりの美咲だった。驚く私たちに、彼女は「夏休み前の思い出に」と笑った。


翌日、私たちは夕方になるのを待って、残照館に忍び込むことにした。屋敷は半世紀前から無人だという。持ち主は東京に住む老人で、年に一度管理人が点検に来るだけらしい。


敷地に入ると、庭は荒れ放題で、アジサイの花が異様に大きく咲き乱れていた。館の入り口は予想通り施錠されていたが、健太が裏手の窓が開いていることを発見した。


「ほら、入れるよ」


半信半疑ながら、私たちは窓から屋敷に侵入した。内部は埃こそ被っていたが、家具や調度品がそのまま残されていた。まるで住人がちょっと出かけただけのような不思議な雰囲気だった。


「すごい、本物のアンティークだ」健太が書斎の古い本棚に見入っている。「これ、明治時代の文献だよ」


私たちは手分けして館内を探索した。田中と美咲は一階のダイニング、健太は書斎、私は二階の寝室を調べることにした。


二階に上がると、廊下には古い肖像画が並んでいた。どれも明治から大正にかけての人物のようだ。特に目を引いたのは、赤いドレスを着た若い女性の肖像画。彼女の瞳は異様に生き生きとしていて、見る者を追いかけているように感じた。


寝室に入ると、古いベッドとドレッサーがあった。ドレッサーの上には古い銀の手鏡が置かれている。何気なくそれを手に取った時、窓の外が急に赤く染まったのに気付いた。


夕陽が差し込む「魔の時間」が始まったのだ。


手鏡に映った自分の顔を見て、私は息を呑んだ。私の後ろに、赤いドレスの女性が立っていたのだ。廊下の肖像画と同じ人物だ。


振り返ると、そこには誰もいない。再び鏡を見ると、女性の姿も消えていた。動揺しながらも「気のせいだ」と自分に言い聞かせた。


寝室を出ようとした時、廊下から音楽が聞こえてきた。優雅なワルツの調べだ。「誰かがレコードをかけたのか?」と思いながら音の方へ向かうと、階段の踊り場に古いグラモフォンがあった。しかし、それは動いていなかった。


それなのに、音楽は鳴り続けている。


階下に降りると、そこで目にした光景に言葉を失った。ダイニングルームが突然、明るく照らされ、大勢の人々がパーティーを楽しんでいたのだ。皆、明治時代の衣装を身にまとい、グラスを傾けている。


「田中?美咲?」と呼びかけたが、返事はない。彼らの姿も見当たらない。


その時、赤いドレスの女性が私に気づき、微笑みながら近づいてきた。


「あなたも参加なさいませんか?」


彼女の声は耳ではなく、頭の中に直接響いた。恐怖で足がすくむ中、女性は優しく手を差し伸べてきた。


「大丈夫、怖がることはありません。私たちはただ、あの日の続きを生きているだけですから」


女性の瞳を見つめていると、不思議と恐怖が薄れていくのを感じた。手を伸ばしかけた時、誰かが私の名前を叫ぶ声が聞こえた。


「おい!どこにいるんだ!」


田中の声だった。振り返ると、ダイニングルームは元の薄暗い廃屋に戻っていた。パーティーの人々も、赤いドレスの女性も消えていた。


「何してたんだ?ボーっと立ち尽くして」田中が不思議そうに尋ねた。


「今、ここでパーティーが…」


「何言ってるんだよ。ここには俺と美咲しかいなかったぞ」


混乱する私に、階上から降りてきた健太が興奮した様子で話しかけた。


「すごいものを見つけたぞ!」


健太が見せてくれたのは、古い新聞の切り抜きだった。1923年7月15日付の記事で、「残照館惨劇」という見出しがついている。


記事によると、この屋敷の当主・西園寺家は娘の婚約を祝うパーティーを開催した夕刻、何者かに襲われ、参加者全員が殺害されたという。唯一の生存者は、赤いドレスを着た婚約者の娘・明子だったが、彼女もショックで記憶を失い、その後自ら命を絶ったとあった。


「事件の日付…」健太が震える声で言った。「今日と同じ日だ」


言われて気づいたが、確かに今日は7月15日だった。


そして記事には、事件が起きた時間も書かれていた。「午後7時15分、夕陽が沈みかける時刻に悲劇は起きた」


時計を見ると、午後7時13分。


「出よう」田中が急かした。「変な話はもう十分だ」


急いで玄関に向かおうとした時、館内のすべての時計が一斉に鳴り始めた。7時15分を告げる鐘の音だった。


その瞬間、窓から差し込む夕陽の光が一層強く赤く染まり、私たちの周りの空間がゆがみ始めた。壁からは血のような赤い液体が滴り、廊下から複数の悲鳴が聞こえてきた。


「逃げろ!」田中が叫び、私たちは一目散に玄関へと走った。


しかし、ドアは開かない。さっきまで開いていたはずの窓も、今は固く閉ざされていた。


「どうすれば…」美咲が泣きそうな顔で言いかけた時、私の視界に赤いドレスの女性が現れた。


彼女は悲しそうな表情で、階段の上から私たちを見下ろしていた。


「逃げられないの?」私は恐る恐る尋ねた。


女性はゆっくりと首を横に振った。しかし次の瞬間、彼女は何かを思いついたように表情を変え、私たちに手招きした。


迷いながらも、他に選択肢がなかった私たちは彼女の後を追った。女性は二階の一室へと私たちを導いた。そこには大きな姿見鏡があった。


「鏡…?」


女性は鏡に手を触れ、すると鏡の表面がさざ波のように揺らめき始めた。彼女は私たちに「こちらへ」と手招きし、自らが鏡の中に入っていった。


「信じられない…」健太が呟いた。


館内の悲鳴がさらに大きくなり、階下から何かが上ってくる重い足音が聞こえてきた。選択の余地はなかった。


「行くぞ!」田中が先頭を切って鏡に飛び込み、続いて美咲と健太も姿を消した。最後に私も恐怖を振り払い、鏡の中へと踏み出した。


一瞬の浮遊感の後、私たちは屋敷の庭に立っていた。夕陽はまだ赤く空を染めているが、屋敷は不思議と静かだった。


「無事に出られたのか…?」


振り返ると、赤いドレスの女性が微笑んでいた。今度は半透明ではなく、はっきりとした姿で。


「あなたたちは、私が救えなかった人々です」彼女は静かに言った。「あの日、私だけが助かった。でも、本当は私も彼らと共にいるべきだった」


「あなたは…明子さん?」健太が尋ねた。


女性は頷いた。「私は自分の罪を償うため、毎年この日に現れる人々を救おうとしています。あの日の時間が繰り返されるたび、新たな魂が囚われるのです」


「罪?」


「私が婚約者を裏切ったから、あの惨劇は起きたのです。私の秘密を知った人が、全てを終わらせようとした…」


彼女の言葉が途切れたとき、屋敷の窓から強い赤い光が漏れ出し、悲鳴と共に消えていった。


「行かなければ」彼女は屋敷を見つめながら言った。「また来年、誰かを救うために」


そう言うと明子の姿は徐々に透明になり、最後の夕陽と共に消えていった。


後日、私たちは地元の図書館で残照館の歴史を調べた。1923年の事件の詳細は闇に包まれていたが、生き残った明子が自殺したという記録はなかった。代わりに彼女は精神を病み、館に閉じこもったまま老衰で亡くなったとあった。


そして驚くべきことに、彼女の死亡日は、私たちが館を訪れた日と同じ7月15日。さらに、彼女の死後も毎年同じ日に、館の近くを通りかかった人が行方不明になる事件が数件起きていたという。


今でも夕暮れ時、残照館の方角を見ると、窓ガラスが異様に赤く輝くことがある。そんな時、私は思うのだ。明子は今日も、誰かを救おうとしているのだろうかと。


---


日本には「夕映えの怪異」と呼ばれる現象に関する報告が数多く残されています。特に古い洋館や歴史的建造物で、夕陽が差し込む特定の時間帯に過去の光景が見えるという不思議な体験談が記録されています。


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