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怖い話  作者: 健二
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朝顔の囁き


「花は魂の宿る場所。特に人の思いを強く受けた花には、時に人の心が映る」


祖母はそう言って、私に小さな朝顔の種を手渡した。高校二年の夏休み、私は東京から離れた田舎町の祖母の家に滞在していた。


「これは特別な朝顔の種なの。『魂の花』と呼ばれるものよ」


祖母の説明によると、この朝顔は代々受け継がれてきた特別な品種で、「思いを映す花」とも言われているという。毎年、家族の誰かがこの朝顔を育て、花が咲く頃に家族の幸せを祈る習慣があるそうだ。


「今年はあなたが育てなさい。毎朝、水をあげる時に優しく話しかけてあげるのよ」


半信半疑ながらも、私は翌日から朝顔の種を鉢に植え、毎日水やりをした。祖母の言葉を思い出し、水をあげる時には「元気に育ってね」と話しかけるようにした。


驚いたことに、その朝顔は驚異的な速さで成長した。一週間もすると、つるは支柱を這い上がり、小さな蕾を付け始めた。


「すごいわね」祖母も感心していた。「あなたの声を聞いて、喜んでいるのかもしれないわ」


ある朝、最初の花が咲いた。濃い紫色の花びらに、中心が白く光る美しい朝顔だった。しかし、よく見ると花の中心部に何か模様のようなものが見える。


「これは…」


花の中心を覗き込むと、そこには人の顔のような模様が浮かんでいた。誰の顔にも似ていない、でも確かに人の表情を思わせる模様だ。


「おばあちゃん、この花…」


祖母は静かに頷いた。「見えたのね。『魂の花』が咲くと、時に不思議な模様が現れるの。見る人によって見え方も違うわ」


その日から、朝顔は次々と花を咲かせ、私は毎朝、新しく咲いた花を観察するのが日課になった。不思議なことに、花の中心の模様は日によって変わる。ある日は悲しそうな表情に見え、またある日は微笑んでいるように見えた。


「この花、誰かの感情を映しているの?」と祖母に尋ねると、彼女は神妙な表情で答えた。


「そうかもしれないわね。この朝顔には、特別な力があるの。育てる人の心を映すこともあれば、時には…この世にいない人の思いを伝えることもある」


それから数日後、突然祖母が体調を崩した。病院で検査を受けると、重い病気が見つかった。余命わずかという診断に、私たちは言葉を失った。


祖母は入院することになり、私は毎日病院に通いながら、朝顔の世話も続けた。不思議なことに、祖母の容態が悪化するにつれ、朝顔の花の中の「顔」はより鮮明になっていった。


ある朝、一際大きな花が咲いた。その中心を覗き込むと、はっきりと祖母の顔が見えた。若い頃の祖母のような、穏やかで優しい表情をしている。


「おばあちゃん…」


その日の午後、病院に着くと、医師から祖母の容態が急変したと告げられた。病室に駆け込むと、祖母はベッドで静かに眠るように横たわっていた。かすかに息はあるものの、意識はないという。


「おばあちゃん、朝顔が咲いたよ。とても綺麗な花だった」


私は祖母の耳元でそっと囁いた。すると不思議なことに、意識のないはずの祖母の口元に小さな微笑みが浮かんだ。


その夜、私は祖母の家で一人、朝顔の前に座っていた。月明かりに照らされた花は、昼間とは違う神秘的な雰囲気を漂わせている。


「おばあちゃんを助けて…」


思わず朝顔に向かって呟いた私は、その後すぐに眠りに落ちた。


夢の中で、私は美しい朝顔畑の中にいた。無数の朝顔が咲き誇り、その一つ一つから囁き声が聞こえる。よく聞くと、それは人の声だった。


夢の中の朝顔畑を歩いていると、一輪の大きな花の前に若い女性が立っていた。振り返った彼女の顔を見て、私は息を呑んだ。それは若かりし日の祖母だった。


「あなたが育ててくれたのね」祖母は優しく微笑んだ。「ありがとう」


「おばあちゃん、どうして…」


「朝顔は魂の通り道なの。特に『魂の花』は、この世とあの世の境目に咲く花。私はもうすぐ、あの世に行くの」


「だめだよ!まだ行かないで!」


祖母は悲しそうな顔で首を振った。「私の時間はもう…でも、あなたに伝えたいことがあるの」


祖母は朝顔の蔓を手に取り、私に差し出した。


「この花を大切に育て続けなさい。そして来年、新しい種ができたら、家族の誰かに渡すの。そうすれば、私たちの絆はずっと続いていくわ」


「でも…」


「大丈夫。私はいつもあなたを見守っているから」


そう言うと祖母の姿は朝顔の中に溶け込むように消えていった。


目が覚めると、朝日が部屋に差し込んでいた。すぐに電話が鳴り、病院からの連絡だった。祖母は夜明け前に静かに息を引き取ったという。


悲しみに暮れる中、私は朝顔の様子を見に行った。すると信じられない光景が広がっていた。すべての朝顔が一斉に花を開き、それぞれの花の中心には、祖母の笑顔が映っていたのだ。


祖母の葬儀の日、私は一輪の朝顔を摘み、棺の中に入れた。その後も私は朝顔の世話を続け、秋になって種ができると、祖母の言葉通り、いくつかを親戚の子供たちに分けた。


それから毎年、私たち家族は「魂の花」を育て続けている。そして不思議なことに、家族の誰かが悩みを抱えていると、その朝顔は特別な花を咲かせる。花の中には必ず祖母の優しい笑顔が映り、まるで「大丈夫よ」と語りかけているかのようだ。


時には夜、朝顔の前で静かに座っていると、かすかな囁き声が聞こえることがある。それは祖母の声に似ている。


「花は魂の宿る場所。だから大切に育てなさい」


今では私も、朝顔が単なる植物ではなく、この世とあの世を繋ぐ特別な存在だと信じている。特に夏の朝、朝露に濡れた朝顔が太陽の光を受けて輝く瞬間、私は祖母がそこにいるのを感じずにはいられない。


---


日本では古くから、花に霊が宿るという信仰があります。特に朝顔は「朝に咲き、夕に萎む」という儚さから、命の無常を表す花として親しまれてきました。


京都府の山間部では、「魂映しの朝顔」と呼ばれる特殊な朝顔が伝承されています。この朝顔は通常の品種より花の中心部が複雑な模様を持ち、見る角度によって様々な表情に見えるという特徴があります。2011年、地元の植物研究家がこの朝顔の遺伝子解析を行ったところ、一般的な朝顔とは異なる特徴を持つことが確認されました。


また、2008年に静岡県で起きた不思議な出来事も記録されています。ある高齢女性が大切に育てていた朝顔が、彼女の入院中に急速に成長し、異例の数の花を咲かせたそうです。女性が亡くなった日、その朝顔は一斉に花を開き、親族たちは「お別れの花」だと感じたと証言しています。


東北地方には「花供養」という風習があり、特に故人が生前に愛した花を供養する習慣があります。

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