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怖い話  作者: 健二
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封印された厄


「古い神社の納屋から出てきたものには、触れないほうがいい」


祖父はそう言って、厳しい表情で私を見た。夏休みの研究課題で郷土の歴史を調べていた私は、田舎の実家に帰省していた。祖父の家の裏手には小さな神社があり、その納屋から見つけた古い箱について尋ねたところ、こんな警告を受けたのだ。


「なんで?ただの古い箱でしょ?」


「あれは厄除箱といって、村の厄災を封じ込めたものだ。特に疫病神を閉じ込めたとされている」


祖父の話によれば、この村では江戸時代から続く風習があるという。疫病が流行ると、藁人形に病を移し、特別な箱に封じ込める。その箱は神社の納屋に保管され、決して開けてはならないとされていた。


「迷信だよ、おじいちゃん」私は半分笑いながら言った。「現代の科学では、病気は細菌やウイルスによるものだって証明されてるんだよ」


祖父は真剣な表情のまま言った。「科学で説明できないことだってある。この村では七年前、あの箱に触れた者が次々と病に倒れたんだ」


私は内心、そんな話を信じられなかった。「じゃあ、明日また神社に行って写真だけ撮らせてもらうよ」


その夜、不思議な夢を見た。真っ赤な着物を着た痩せこけた人影が、私の部屋をうろついている。その顔は見えなかったが、どこか病んだような空気を纏っていた。目が覚めると、部屋は通常より冷たく感じ、何かが残り香のように漂っていた。


翌日、再び神社の納屋を訪れた。そこには確かに、黒い漆塗りの箱が置かれていた。表面には赤い文字で「厄除」と書かれ、注連縄が巻かれている。箱の側面には小さな穴があり、中に何かが入っているようだった。


研究のため、スマホで写真を撮っていると、突然スマホの画面が真っ黒になった。バッテリーはまだ十分あったはずなのに。不思議に思いながらもスケッチを取り、納屋を後にした。


家に戻ると、祖父が心配そうな顔をしていた。


「触らなかったよね?あの箱に」


「もちろん」と答えたが、実は好奇心に負けて、箱の側面の穴から中を覗いていたことは黙っていた。暗くてよく見えなかったが、赤い布のようなものが入っているように思えた。


その夜から、奇妙なことが起き始めた。まず、微熱と喉の痛みを感じるようになった。夏風邪だろうと思ったが、薬を飲んでも一向に良くならない。そして夜になると、あの赤い着物の人影が夢に現れるようになった。今度ははっきりと顔が見えた—それは痩せこけた老婆の顔で、皮膚は赤い発疹で覆われていた。


「お前が私を見た」老婆は枯れ木のような指で私を指した。「今度は私がお前を連れて行く」


三日目の夜、熱は40度近くまで上がり、全身に赤い発疹が現れ始めた。医者に診てもらったが、原因不明の発熱と皮膚炎と診断された。


祖父はすぐに事態を察したようだった。


「箱を覗いたな?」


弱っていた私は、もう嘘をつく元気もなく、素直に認めた。祖父は深刻な表情で言った。


「疫病神の目と合ってしまったんだ。古くから、箱の穴は疫病神の目とされている。そこから覗くと、今度は疫病神があなたを見る。そして、あなたに取り憑くんだ」


「どうすればいいの?」恐怖で声が震えた。


「村の古老に相談しよう」


その夜、祖父は村の古老三人を家に招いた。彼らは私の状態を見ると、すぐに準備を始めた。白い紙で人形を作り、私の名前を書き、私の髪の毛と爪を人形に貼り付けた。


「これは形代かたしろといって、あなたの身代わりになるものだ」古老の一人が説明した。「疫病神をこちらに移し、再び箱に封じ込める」


真夜中、彼らは私を神社に連れて行った。納屋で例の箱を取り出し、注連縄を解いた。心臓が早鐘を打つ。まさか本当に箱を開けるつもりなのか?


しかし古老たちは静かに呪文のようなものを唱え始めた。「穢れを祓い、厄を移し、神の怒りを鎮めます」


形代を私の体に触れさせた後、箱の前に置く。すると不思議なことに、箱の中から赤い煙のようなものが漏れ出し、形代に吸い込まれていった。同時に、私の体の熱が引いていくのを感じた。


形代が赤く染まると、古老たちは素早くそれを箱に入れ、蓋をして新しい注連縄で縛った。そして納屋の奥深くに戻した。


「これで大丈夫だろう」祖父はほっとしたように言った。「でも、二度とあの箱に近づかないように」


翌朝、熱は完全に下がり、発疹も消えていた。まるで夢だったかのようだ。しかし、それが現実だったことを示す証拠がひとつあった。スマホのギャラリーには、箱の写真が一枚だけ残っていた。よく見ると、側面の穴から、一つの目が私を見返しているように見える。


その夏休みが終わる前、村の図書館で古い記録を調べてみた。すると、この村では江戸時代に大きな疫病が流行し、多くの犠牲者を出したという記録があった。その際、村人たちは「赤い着物の老婆」の祟りだと恐れ、特別な祈祷師を呼んで厄を封じ込めたという。


それ以来、七年に一度、村では「厄払いの祭り」が行われるようになった。祭りでは、赤い着物を着た藁人形を作り、それを特別な箱に封じ込める。そして、「箱の目を覗くな」という教えが代々伝えられてきたのだ。


今では、私も村の伝統を大切にするようになった。科学では説明できないことがあるのを、身をもって知ったからだ。そして毎年夏になると、神社に参拝し、疫病退散を祈るようになった。時々、夢の中で赤い着物の老婆を見ることがあるが、もう恐れはしない。彼女は箱の中に戻り、そこで眠り続けているのだから。


---


日本各地には、疫病や災厄を封じ込めるための儀式や神事が今も残されています。特に「厄除け」や「疫神祭」と呼ばれる行事は、夏の時期に行われることが多く、病魔や厄災を払うために行われてきました。


実際、岐阜県の一部地域では「厄封じの箱」が伝わっており、江戸時代の疫病流行時に作られたとされる黒い箱が神社に保管されています。地元の古老によれば、その箱には「疫病神の魂」が封じ込められており、七年に一度だけ特別な儀式の際に箱を動かすことが許されるそうです。


2013年、この箱を研究していた民俗学者が不思議な体験を報告しています。箱の写真を撮影した際、カメラの電池が突然切れ、後日現像した写真には説明のつかない赤い煙のようなものが写り込んでいたというのです。また、箱を詳しく調査した後、研究者は高熱と原因不明の発疹に悩まされたといいます。


日本の伝統的な厄払いの方法として「形代かたしろ」の使用も広く知られています。これは自分の身代わりとなる人形に災いを移し、それを川に流したり燃やしたりすることで厄を払う方法です。特に夏の「茅の輪くぐり」や「夏越の祓」などの行事は、半年間の穢れを払い、疫病を防ぐ目的で行われてきました。


現代医学では、これらの現象や習慣は心理的な効果や、衛生観念の向上に役立ったという観点から説明されることが多いですが、古来からの知恵が込められていることは確かです。特に感染症が流行する時期に、コミュニティ全体で対策を講じるという発想は、現代の公衆衛生の概念にも通じるものがあります。


夏の暑さが厳しくなるこの時期、古くから伝わる厄除けの習慣に思いを馳せてみるのも、日本の文化を理解する一つの方法かもしれません。そして、目に見えない脅威に対して、先人たちがどのように向き合ってきたかを知ることは、現代を生きる私たちにとっても大切な知恵となるでしょう。

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