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怖い話  作者: 健二
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蛍の約束


七月の蒸し暑い夜、私は友人の香織から突然のメッセージを受け取った。


「今夜、蛍を見に行かない?」


私と香織は同じ高校の同級生で、昔から親友だった。彼女の家は古い伝統を守る神社の娘で、夏になると家の裏手の小川に蛍が舞う場所があるという。


「いいよ。何時に行けばいい?」


「九時に神社の裏門で待ってる」


その夜、私は約束通り神社へ向かった。日も落ちて辺りは暗く、神社の境内は昼間とは違う静けさに包まれていた。香織は既に裏門で待っていて、懐中電灯を持っていた。


「ありがとう、来てくれて」彼女の声はいつもより少し緊張しているように聞こえた。


裏門から小道を通って、森の中へと進んでいく。夏の夜の森は生き物の音で満ちていた。やがて小川のせせらぎが聞こえてきた。


「ここが蛍の出る場所なの」香織が懐中電灯を消した。「少し待ってみて」


目が暗闇に慣れてくると、小川の周りで小さな光が点滅し始めるのが見えた。一つ、また一つと増えていき、やがて何十もの蛍が舞い始めた。その光景は幻想的で美しかった。


「すごい...こんなに近くに蛍がいるなんて知らなかった」


「ここは特別な場所なの」香織の声が静かに響いた。「昔から『魂の帰る場所』と呼ばれてるんだ」


香織は説明を続けた。この場所は古くから神聖な場所とされ、死者の魂が蛍となって帰ってくると信じられてきたという。特に夏の土用の期間は、あの世とこの世の境界が薄くなるため、蛍の姿で現れる魂が多いのだそうだ。


「今日は七月二十日。丁度土用の入りの日なんだ」


蛍を見ながら話す香織の表情が、月明かりに照らされて少し寂しそうに見えた。


「香織、どうしたの?なんだか元気ないみたい」


彼女は小さく息を吐いた。「実は...私、来週引っ越すことになったんだ。父が別の神社に転任することになって」


「え?そんな急に?」私は動揺した。「でも、学校はどうするの?」


「転校することになる。だから...今日が最後かもしれないと思って、一緒に蛍を見たかったんだ」


その言葉に胸が痛んだ。子供の頃からずっと一緒だった親友と、突然別れることになるなんて。


「でも、また会えるよね?」


「うん...もちろん」彼女の声は少し曇っていた。


しばらく二人で蛍を見つめていると、香織が立ち上がった。


「ねえ、一つお願いがあるんだけど」


「なに?」


「この場所で、また会う約束をしよう。来年の今日、七月二十日の夜九時に、ここで待ち合わせしよう」


「もちろん!絶対来るよ」


私たちは小指を絡ませて約束した。その時、不思議なことが起きた。一匹の特別に明るい蛍が二人の間を舞い、二人の小指の周りを一周してから夜空に消えていった。


「見た?あの蛍、私たちの約束を見届けてくれたみたい」香織が微笑んだ。


その夜以来、香織とは電話やメールで連絡を取り合っていたが、次第に彼女からの返信は少なくなっていった。新しい環境に慣れるのが大変なのだろうと思った。


そして約束の日、七月二十日がやってきた。私は夕方から胸を躍らせていた。一年ぶりに親友に会える。引っ越し先の話や、新しい学校の話を聞くのが楽しみだった。


九時、私は例の場所に着いた。まだ香織の姿はなかった。「きっとすぐに来るはず」と思いながら待っていると、遠くから誰かが近づいてくる足音が聞こえた。


振り返ると、香織の父親が立っていた。その表情に何か重大なことがあったのを直感した。


「来てくれたんだね」彼の声は疲れていた。「香織が言ってた通りだ」


「香織は?」


彼は深く息を吐いた。「香織は...三ヶ月前に亡くなったんだ」


その言葉に、世界が止まったように感じた。


「事故だった。新しい学校への通学路で...」


頭が真っ白になった。香織がもういないなんて。でも、彼女とはつい先月までメールのやり取りをしていたはずだ。


「でも、私、香織とメールしてたんです...」


「メール?」香織の父は困惑した表情を見せた。「香織のスマホは事故の時に壊れてしまって...」


混乱する私に、彼は香織の日記を見せてくれた。そこには確かに、「来年の七月二十日、蛍の場所で待ち合わせ」と書かれていた。しかし、私が受け取っていたメールについては何の説明もつかなかった。


茫然自失の私を残し、香織の父は静かに立ち去った。一人残された小川のほとりで、私は涙を流した。


その時、一匹の明るい蛍が目の前に現れた。普通の蛍よりずっと大きく、明るい光を放っている。蛍は私の周りを舞い、やがて小川の上流へと導くように進んでいった。


何かに突き動かされるように、私はその蛍に従った。小川を数十メートル上流に進むと、そこには小さな祠があった。苔むした古い祠で、中には小さな仏像が安置されていた。


蛍はその祠の前で停止し、明滅を繰り返した。近づいてみると、祠の前に何かが置かれていた。手を伸ばして取ると、それは封筒だった。表には私の名前が書かれている。


震える手で封筒を開けると、中には香織の筆跡の手紙が入っていた。


「もしこの手紙を読んでいるなら、私からの最後のメッセージを受け取ってくれたんだね。実は私、自分の命があと長くないことを知っていたんだ。でも、最後の約束だけは守りたかった。だから、この場所に手紙を残すことにした。


私が蛍になって、あなたを見守っているよ。だから、悲しまないで。また来年の七月二十日に、この場所で会おう。そしてその次の年も、その次の年も...」


手紙を読み終えた時、周囲に無数の蛍が現れ、私を取り囲むように舞い始めた。その中心には、特別に明るい一匹の蛍がいた。


それから毎年、七月二十日の夜九時になると、私はあの場所に行く。そして必ず、特別に明るい一匹の蛍が私を出迎えてくれる。約束は、こうして守られ続けている。


---


日本では古くから蛍は死者の魂の化身とされてきました。特に突然亡くなった人や、未練を残して旅立った人の魂が蛍になって現れると信じられてきました。多くの地域で「蛍火」と「人魂」は同一視され、夏の夜に川辺や池の周りで見られる蛍の光は、あの世からの訪問者のサインとも考えられていました。


実際、2015年、岐阜県の山間部で起きた不思議な出来事が報告されています。亡くなった少女の親友が、約束の場所で友人からのメッセージを見つけたというものです。二人は毎年夏に特定の場所で蛍を見る約束をしていましたが、一人が事故で亡くなった後も、もう一人は約束の場所に通い続けました。ある夜、いつもより大きな蛍に導かれ、木の根元に隠された友人の手紙を発見したといいます。しかし、その手紙がいつ、誰によって置かれたのかは不明のままです。


また、2018年には福島県の古い神社の近くで、亡くなった人からのメールが届いたという証言も複数あります。専門家はサーバーのエラーや予約送信の可能性を指摘していますが、メールの内容が送信予約されたものとは考えにくい詳細な情報を含んでいたケースもあるそうです。


科学的には、こうした現象は心理的な要因や偶然の一致として説明されることが多いですが、愛する人との絆は時に不思議な形で表れるのかもしれません。


日本各地の蛍の名所では今でも「蛍供養」が行われており、蛍を通じて先祖や亡くなった人々の魂を慰める風習が残っています。夏の夜、蛍の光を見かけたら、それは単なる昆虫の発光ではなく、誰かからのメッセージかもしれないと思ってみるのも、日本の夏の風情の一つかもしれませんね。

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