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怖い話  作者: 健二
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疫神の仮面


夏休みの自由研究で地元の古い風習を調べることになった私は、祖父の家の蔵から不思議な仮面を見つけた。赤く塗られた木彫りの面で、鬼のような角と鋭い歯を持ち、目の部分には小さな穴が開いていた。


「おじいちゃん、これ何?」


祖父は仮面を見て表情を変えた。


「それは『疫神の面』だ。触らないほうがいい」


祖父によれば、その仮面は江戸時代から伝わる村の秘宝で、疫病を払う儀式に使われたものだという。


「昔、この村に疫病が流行った時、村人たちはこの面をかぶった『疫神人』を選び、悪い病気を引き受けてもらったんだ」


「引き受けるって?」


「疫神人は村中の病を一身に背負い、山へ追いやられる。そうすることで村は救われると信じられていたんだよ」


好奇心旺盛な私は、仮面をさらに調べたくなった。祖父の制止を振り切り、こっそり仮面を部屋に持ち帰った。


その夜から奇妙なことが始まった。眠りにつくと、必ず同じ夢を見る。赤い仮面をつけた人物が、山道を歩いていく後ろ姿。振り返ることなく、ただ山の奥へと消えていく。


翌朝、起きると喉に違和感があった。軽い咳も出る。「夏風邪かな」と思っていたが、日に日に症状は悪化した。医者に行っても「原因不明の炎症」と言われるだけだった。


心配した祖父が私の部屋を訪れた時、テーブルの上に置いた仮面を見つけた。


「やはりそうか」祖父は顔色を変えた。「すぐにこれを返さなければ」


祖父は村の古老に連絡を取った。翌日、白髪の老人が訪ねてきた。


「昔の儀式を知っているのは私だけになった」老人は仮面を見て言った。「この面には特別な力がある。昔、疫病が流行ると、選ばれた疫神人がこの面をつけ、村の病を背負って山に入った。それ以来、面は病を引き寄せる」


「でも、それは迷信でしょ?」私は半信半疑だった。


「迷信ではない」老人は厳しい顔で言った。「面は今も活きている。触れた者に病を与え、次の疫神人を選ぼうとするのだ」


恐ろしさを感じたが、科学を信じる現代の高校生として、私はそんな話を信じられなかった。


しかし、その夜、熱が40度まで上がった。全身が痛み、呼吸も苦しくなった。救急車で運ばれた病院で、医師たちは原因を特定できなかった。


「前例のない症状です」と医師は言った。「抗生物質も効きません」


意識が朦朧とする中、病室のドアが開き、あの老人が入ってきた。手には赤い仮面を持っていた。


「一つだけ方法がある」老人は静かに言った。「仮面の力を受け入れ、新たな疫神人となることだ。病を背負って山に入れば、あなたも村も救われる」


「でも...それって」


「心配するな。今の時代、山に住むわけではない。儀式は象徴的なもの。昔と違って命を捨てる必要はない」


老人は仮面を差し出した。「ただし、条件がある。七日間、この面を毎晩枕元に置き、夢の中で山道を歩くことだ」


恐怖と疑念が交錯する中、私は同意した。他に選択肢がなかった。


その夜から、私は仮面を枕元に置いて眠った。夢の中で私は赤い仮面をつけ、山道を歩いた。不思議なことに、目が覚めると熱が少し下がっていた。


七日目の夜、夢の中で山の頂上に到着した。そこには小さな祠があり、中には同じ赤い仮面が数十個並んでいた。私は自分の仮面を外し、それらと共に置いた。


翌朝、目覚めると熱は完全に引いていた。体の痛みも消え、呼吸も楽になっていた。医師たちは「医学的に説明できない回復」と驚いた。


退院後、老人は私に真実を語った。


「疫神の仮面は、村を守る結界なんだ。昔の人々は、目に見えない病の原因を『疫神』という形で理解しようとした。面は疫神を封じ込める道具であり、疫神人はその守り手だった」


老人によれば、儀式は実際には「隔離」の意味を持っていたという。疫病にかかった人を隔離し、村全体への感染を防いだのだ。また、仮面をつけることで心理的な効果もあったという。恐怖の対象を形にすることで、人々は不安を軽減できたのだ。


「今回の儀式で、あなたは新しい守り手となった。これからは面の力を理解し、正しく扱う責任がある」


それから一年が経った。私は民俗学に興味を持ち、地元の古い風習を本格的に研究している。そして時々、あの赤い仮面の夢を見る。しかし今は恐れていない。それは私たちの祖先が疫病と闘った知恵の証であり、今も静かに村を見守っているのだから。


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日本各地には、疫病を追い払うための様々な風習が今も残っています。特に「疫神送り」や「疫神祭」と呼ばれる儀式は、関東から東北にかけての地域で行われてきました。


2005年、福島県の山間部で行われた調査で、江戸時代から伝わる「疫神の面」が複数発見されました。これらは天然痘などの疫病が流行した際に使用されたもので、特定の村人が面をつけて山中に隔離される風習があったことが古文書から確認されています。


また、2012年に宮城県の古い蔵から発見された「赤面」と呼ばれる仮面に関する不思議な報告もあります。この仮面を研究していた民俗学者が原因不明の高熱に襲われ、病院でも原因が特定できなかったそうです。地元の古老に相談し、伝統的な「面返し」の儀式を行った後に症状が治まったという記録が残っています。


疫病神を追い払う儀式は、医学的には「隔離」や「消毒」の意味を持っていたと考えられています。例えば、鬼の面をつけた人物が松明を持って村を練り歩く「鬼やらい」は、火の煙で空気を浄化する効果があったとされます。


現代医学の発達した今日では、こうした風習は単なる迷信と片付けられがちですが、先人たちの知恵には、疫病との闘いの歴史が刻まれています。2020年のコロナ禍の際には、全国各地の神社で「疫病退散」の祈願が行われ、現代人もまた目に見えない脅威に対して心の拠り所を求める姿が見られました。


古い仮面や儀式道具には、時に説明できない力が宿ることがあるのかもしれません。それは単なる思い込みか、それとも何世代にもわたる人々の祈りが形となったものか—その謎は、今も解き明かされていません。

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