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怖い話  作者: 健二
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百番目の西瓜


夏の終わりを告げる八月最後の週末、私は大学の民俗学研究会のメンバー五人と共に、奈良県の山奥にある古民家に滞在していた。築百五十年を超えるという茅葺屋根の家は、研究会の顧問である柳田教授の親戚が所有するもので、毎年夏の合宿に使わせてもらっていた。


「今年は特別なことをしよう」


先輩の健太がそう言い出したのは、初日の夕食後だった。囲炉裏を囲んで地元の酒を飲みながら、彼は不敵な笑みを浮かべていた。


「この家で『西瓜百物語』をやろう」


西瓜百物語。それは通常の百物語怪談に、ある特別なルールを加えたものだった。怪談を語るたびに西瓜を一切れずつ食べ、百番目の切れ端を食べる者に不幸が訪れるという言い伝えがある。


「冗談でしょ?」


後輩の美咲が不安そうな声を上げた。彼女は怖がりで知られていた。


「大丈夫だって。実際にやるのは九十九話まで。最後の一つは残しておくんだ」


健太は笑いながら言った。「それに、これは研究だろ?民俗学徒として、体験しておくべきだよ」


渋る者もいたが、結局全員が同意した。私も含めて。


翌日、私たちは最寄りの村まで車で降りて、西瓜を五つ買ってきた。計算上、それで百切れ以上になるはずだった。


「実は、この家にはぴったりの部屋があるんだ」


健太は二階の奥にある一室に私たちを案内した。八畳ほどの和室は、襖絵が描かれた古い障子で囲まれていた。


「昔、この部屋で実際に百物語が行われていたらしい」


健太の説明によれば、この家の先代が病に伏せったとき、村人たちがこの部屋に集まり、百物語を通して悪霊を退散させようとしたという。


「でも、九十九話目で先代は亡くなった。そして最後の一話は誰も語らなかったんだ」


夕暮れ時、私たちは準備を整えた。五つの西瓜を丁寧に切り分け、皿に並べた。部屋の中央には古い行灯を置き、その周りを囲むように座った。


「では、始めよう」


健太が行灯の火を一つ消すと、部屋は薄暗くなった。最初の怪談は彼が担当した。地元に伝わる山姥の話だった。怪談が終わると、各自西瓜を一切れずつ食べた。甘くて瑞々しい果肉が、緊張した喉を潤した。


次々と怪談が語られ、西瓜が減っていく。二十話、三十話と進むにつれ、妙な緊張感が部屋を支配し始めた。


四十話目あたりから、奇妙なことが起き始めた。行灯の火が不自然に揺れ、廊下からは微かな足音が聞こえるようになった。


「気のせいだよ」


健太は強がったが、彼の声も少し震えていた。


五十話を過ぎたあたりで、美咲が悲鳴を上げた。


「誰か…廊下に人影が」


全員が振り返ったが、障子の向こうには何も見えなかった。しかし、確かに誰かが歩く音が聞こえた。


「たぶん、宿の管理人さんだよ」


私はそう言ったが、この家には管理人はいないはずだった。


六十話、七十話と進むにつれ、現象は強まった。障子の向こうの人影はより鮮明になり、時には複数の影が見え隠れした。足音も増え、まるで大勢の人が家中を歩き回っているかのようだった。


「もうやめましょうよ」


美咲が震える声で言った。しかし、八十話を過ぎた頃には、もう後戻りできないような気がしていた。


西瓜はどんどん減っていった。最初は瑞々しかった果肉も、今や奇妙な味がした。少し酸っぱく、そして金属のような後味が残る。


「九十話」


健太の声が震えていた。残りは後九つ。そして西瓜も、ちょうど九切れが残っていた。


「ちょっと…おかしくない?」


私は皿の上の西瓜を見て言った。「最初五つ買ってきたよね?それなのに、なぜピッタリ百切れになるんだろう」


確かに不自然だった。私たちが数えた覚えはなかった。適当に切り分けたはずなのに。


九十一、九十二と話が進むにつれ、部屋の温度が急激に下がった。八月の蒸し暑さが嘘のように、今や息が白くなるほどだった。


「九十八」


残りの西瓜は二切れ。その時、行灯の火が突然強く燃え上がり、そして完全に消えた。部屋は月明かりだけの闇に包まれた。


「続けよう」


健太の声が闇から聞こえた。彼は九十九話目を語り始めた。それは、この家にまつわる話だった。百年前、この部屋で行われた百物語で、最後の一話を語った者が行方不明になったという。


「九十九」


健太の話が終わると同時に、障子が勢いよく開いた。しかし、そこには誰もいなかった。


「さあ、最後の西瓜だ」


皿には一切れだけ残っていた。


「誰が食べる?」


重苦しい沈黙が流れた。伝承によれば、この最後の一切れを食べた者に災いが訪れるという。


「くじ引きで決めよう」


健太がポケットからマッチを取り出した。五本のうち一本だけ、先を折っておく。それを引いた者が、最後の西瓜を食べる役目だ。


恐る恐る、全員がマッチを引いた。折れたマッチを引いたのは、私だった。


「仕方ない」


震える手で、最後の西瓜を取り上げた。その瞬間、奇妙なことに気づいた。この西瓜は他のものと少し違う。色が濃く、種が多いような…。


「待って」


美咲が叫んだ。「その西瓜、さっきまでなかったわ」


全員が固まった。確かに、九十九話目を終えた時点で、皿は空だったはずだ。なのに、今一切れの西瓜がある。


「じゃあ、これは…」


言葉が途切れた瞬間、部屋中の障子が一斉に開いた。月明かりが差し込み、そこに浮かび上がったのは、無数の人影だった。着物を着た男女、子供、老人…様々な時代の姿をした人々が、私たちを取り囲んでいた。


「百番目の話を聞かせておくれ」


かすれた声が、どこからともなく聞こえた。


恐怖で声も出ない中、私の手にある西瓜が動いた。まるで脈打つように、ゆっくりと膨らみ始めたのだ。


その瞬間、私は理解した。この西瓜は、百番目の物語そのものだったのだ。


パニックになった私たちは、部屋から飛び出した。階段を駆け下り、玄関へと向かう。しかし、出口に辿り着く前に、私は転んでしまった。手から転がり落ちた西瓜は、床に落ちて割れた。


中から流れ出たのは、赤い液体だった。西瓜の果肉ではなく、血のような濃い赤色。そして、その中から小さな人形のようなものが現れた。


それは胎児のようにも見えた。


悲鳴を上げながら、私たちは家を飛び出した。車に飛び乗り、そのまま山を下った。誰も振り返る勇気はなかった。


翌朝、警察に連絡し、事情を説明した。警官たちは半信半疑だったが、家の調査に向かった。


彼らが発見したのは、床の上の西瓜の破片だけだった。血の跡も人形のようなものも、何も残っていなかった。


しかし、一週間後、恐ろしいニュースが届いた。その夜、家に戻った柳田教授の親戚が、心臓発作で亡くなったのだ。そして不思議なことに、遺体の胃から大量の西瓜の種が見つかったという。医師も説明がつかず、奇妙な事例として記録されたらしい。


それから数ヶ月後、私たちメンバーにも次々と奇妙な出来事が起きた。健太は突然の高熱で入院し、美咲は原因不明の発疹に悩まされるようになった。私自身も、夜な夜な同じ夢を見るようになった。西瓜畑の中で、百人の人影に囲まれる夢だ。


そして、最も恐ろしいことに、毎年八月の最後の週末になると、私たちの家には必ず一つの西瓜が届けられる。差出人の名前はなく、ただ「百番目」と書かれた札が付いているだけだ。


もちろん、私たちはその西瓜に一切手を触れない。しかし、翌朝になると、その西瓜は必ず消えている。そして代わりに、床には種が散らばっているのだ。


***


この物語の背景には、奈良県の山間部に伝わる実際の民間伝承があります。特に大和高原地域では、「西瓜百物語」と呼ばれる風習が古くから記録されています。


2010年、奈良県某所の古民家改修工事中に発見された江戸時代の古文書には、「西瓜百話の禁忌」について詳細な記述がありました。それによれば、盛夏の夜に百の怪談を語りながら西瓜を食べると、最後の一切れには「異界の種」が宿るとされています。


興味深いことに、この地域では明治時代から昭和初期にかけて、「西瓜中毒死」と記録された不可解な死亡例が複数報告されています。医学的には説明のつかない症状で亡くなった人々の胃からは、通常の西瓜の種よりも大きく黒い種が発見されたという記録が残っています。


また、奈良県立民俗博物館には、「百物語の間」と呼ばれる特異な和室の襖が保存されています。

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