石の鳥居
私たちの高校には、毎年夏の終わりに行われる奇妙な伝統があった。「石の鳥居試し」と呼ばれるそれは、肝試しというより、一種の通過儀礼だった。
倉敷の郊外、小高い丘の上に建つ私たちの高校は、百年以上の歴史を持つ由緒ある学校だ。校庭の片隅には、苔むした一対の石の鳥居が佇んでいた。かつてそこに神社があったのだという。しかし、校舎の拡張工事の際に神社は移転し、何故か鳥居だけが残されたのだ。
三年前、私は転校生として、この学校にやって来た。最初に鳥居を見たとき、何か奇妙な違和感を覚えた。二基並んで立つ鳥居は、どこか不格好で、向きも微妙に異なっていた。一つは校舎に向かって立ち、もう一つは山の方を向いている。まるで互いに背を向けるかのように。
「あれが噂の石の鳥居か」
初日、同じクラスになった河野が教えてくれた。
「毎年夏休みの最後の夜、三年生が肝試しをするんだ。二つの鳥居を同時に通過すると、願いが叶うんだって」
不思議に思って詳しく聞くと、二つの鳥居は一直線上にはなく、約三十メートルほど離れていた。「同時に通過」というのは物理的に不可能なはずだ。
「だから、二人一組でやるんだよ。時計を合わせて、同時に通過する。でも、片方は誰も通った試しがないんだって」
河野の説明によれば、山側の鳥居は「裏鳥居」と呼ばれ、近づこうとすると必ず何かが起きて断念するのだという。頭痛や吐き気、突然の恐怖感。あるいは、単純に足が前に進まなくなる。
「でも、本当に二つの鳥居を同時に通れたら、どんな願いも叶うんだって」
半信半疑だった私だが、夏休み最後の日、河野から電話があった。
「石の鳥居試し、一緒にやらないか?」
こうして、私たちは夜の学校に忍び込むことになった。校門を乗り越え、懐中電灯の明かりを頼りに校庭へと向かった。そこかしこから聞こえる虫の声と、遠くの町の灯りだけが、真夏の闇を彩っていた。
「じゃあ、俺が表の鳥居を通るから、お前は裏の方を頼む」
河野の提案に、私は渋々同意した。腕時計を合わせ、十二時ちょうどに同時に通過することにした。
表の鳥居へ向かう河野を見送り、私は裏鳥居へと歩き始めた。懐中電灯の光が揺れ、木々の影が不気味に踊る。裏鳥居は薮の向こう、小さな空き地にあった。正面の鳥居よりもさらに古びて、苔と蔦に覆われていた。
近づくにつれ、噂通り、奇妙な感覚が襲ってきた。頭が重く、足が鉛のように感じる。それでも、約束した時間が迫っていた。
懐中電灯を鳥居に向けると、一瞬、何かが動いたような気がした。蔦の間から、白い何かが見えた。顔だろうか。いや、気のせいだ。
時計を見ると、十一時五十九分。あと一分。
「大丈夫、何も起きない」
自分に言い聞かせながら、鳥居の前に立った。すると突然、背後から声が聞こえた。
「やめておけ」
振り返ると、そこには老人が立っていた。校舎の管理人だろうか。しかし、その姿は少し透けて見えた。
「二つの鳥居を同時に通ると、扉が開く。それは望まない結果を招く」
恐怖で声も出ない私に、老人は続けた。
「六十年前、二人の生徒が同じことをしようとした。彼らは永遠に帰ってこなかった」
時計の針が十二時を指した瞬間、遠くから河野の声が聞こえた。
「今だ!通れ!」
咄嗟に、私は鳥居に背を向けた。老人の姿はすでになく、そこには小さな石碑があるだけだった。
その後、河野と再会し、事情を説明した。彼は残念そうにしていたが、
「まあ、噂は噂さ。試さなくてよかったかもな」
と笑った。
その夜を境に、私は奇妙な夢を見るようになった。二つの鳥居が向かい合い、その間に無数の人影が行き交う夢だ。みな、生気のない顔で、どこかへ急いでいる。
気になって、学校の古い記録を調べてみた。すると、驚くべきことがわかった。かつてその場所にあった神社は、「境神社」と呼ばれ、この世とあの世の境を守る神を祀っていたのだ。二つの鳥居は、それぞれが別の世界への入口だったという。
さらに、六十年前の記録には、確かに二人の生徒が失踪した記録があった。夏休み最後の日に姿を消し、二度と見つからなかったという。
学期が始まると、河野の様子がおかしくなった。やつれた顔で、常に何かに怯えているようだった。
「あの夜、俺、鳥居を通ったんだ」彼はある日、震える声で打ち明けた。「通った瞬間、別の場所に行ったんだ。そこには無数の鳥居があって、みんな違う場所につながっている。俺は必死で戻ってきたけど…何かがついてきた」
彼の告白に、私は背筋が凍る思いがした。
その週の終わり、河野は学校を休むようになった。心配して彼の家を訪ねると、両親は困惑していた。
「河野なら、一週間前に林間学校に行ったはずよ」
しかし、学校に林間学校の予定などなかった。
次の日、私は勇気を出して裏鳥居の前に立った。そこで見つけた石碑には、かすれた文字で「往来の門、開かざれ」と刻まれていた。
校長室で古い記録を調べていると、一枚の写真が目に留まった。戦前の校舎と生徒たちの集合写真だ。そして驚いたことに、後列の端に立っていたのは、紛れもなく河野の姿だった。
恐る恐る、校長先生に写真のことを尋ねると、老校長は深刻な表情になった。
「その写真は1941年のものだ。後ろの生徒は…」
校長は古い名簿を開き、指さした。
「河野誠一。終戦直前に行方不明になった生徒だ」
血の気が引いた。私が知る河野も「誠一」だった。
その夜、私は再び学校へ忍び込んだ。裏鳥居の前に立つと、石碑の文字が薄く光っているように見えた。そして、鳥居の向こう側に人影があった。
「河野…?」
その影は確かに河野に似ていたが、服装が古く、顔も少し違っていた。彼は私に手を振り、何かを言おうとしている。
「戻るな…もう遅い…」
声が風に乗って聞こえてきた。そして彼の姿は、徐々に透明になっていった。
翌日、河野の両親から連絡があった。彼が帰ってきたというのだ。急いで会いに行くと、そこにいたのは確かに河野だったが、どこか様子が違った。目の光が冷たく、笑い方も不自然だった。
「心配かけてごめん。ちょっと旅に出てたんだ」
それ以来、河野は前より明るく活発になった。しかし、時折見せる奇妙な仕草や、古風な言い回しが気になった。そして何より、彼は鳥居のことを一切覚えていないと言うのだ。
その年の夏が終わる頃、私は決意して再び裏鳥居を訪れた。石碑の文字は完全に読めるようになっていた。
「往来の門、開かざれ。通りし者、還らざれ。還りし者、もはや彼ならず」
鳥居の向こうを覗くと、そこには無数の鳥居が連なる風景が見えた。そして遠く、河野らしき人影が立っていた。彼は私に気づくと、必死に何かを叫んでいる。
「助けてくれ!俺はまだここにいる!戻ったのは俺じゃない!」
恐怖と混乱の中、私は学校を去ることにした。転校の手続きを取り、あの町を離れた。
それから十年。教師となった私は、古い神社の調査を趣味にしている。そして、全国各地に「二柱鳥居」と呼ばれる奇妙な鳥居の存在を発見した。いずれも「境神社」と関連があり、世界の境を守る神を祀っていた。
そして先日、かつての高校の同窓会の案内が届いた。差出人は「河野誠一」となっていた。封筒の中には、一枚のポラロイド写真が入っていた。そこには裏鳥居の前に立つ、本物の河野の姿があった。痩せこけ、年老いた姿だが、間違いなく彼だ。写真の裏には、かすれた文字で一行。
「まだ間に合う。夏の終わりに、鳥居で待つ」
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日本各地に実在する「二柱鳥居」と呼ばれる特殊な鳥居があります。特に西日本の一部地域では、二つの鳥居が離れて建つ神社があり、古くから「異界への入口」として畏れられてきました。
実際に岡山県の某高校では、校地内に古い鳥居が二基残されており、1963年に起きた二人の生徒の失踪事件が、これらの鳥居にまつわる都市伝説となっています。当時の新聞記事によれば、夏休み最後の日に姿を消した二人の生徒は発見されておらず、未解決事件として記録されています。
また興味深いのは、この高校では毎年、夏休み明けに一人か二人の生徒が「人が変わったように」なるという証言が多数あることです。性格が一変したり、記憶の一部が欠落したりする現象が報告されており、地元では「鳥居の呪い」と呼ばれています。
学術的な観点からは、「境界の神」を祀る神社は日本各地に存在し、特に古い時代には「此岸と彼岸の境」を守る役割があったとされています。