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怖い話  作者: 健二
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向日葵の咲く田


北陸地方の小さな農村に、私の祖父母は暮らしていた。毎年夏になると、両親に連れられて一ヶ月ほど過ごす習慣があった。都会で育った私にとって、田んぼと山に囲まれた祖父母の家は、冒険心をくすぐる格好の遊び場だった。


私が十二歳だった夏、一人で祖父母の家に預けられることになった。両親が海外出張で留守になるためだ。初めて親元を離れる不安はあったが、祖父母の温かさと、田舎の自由さに期待を抱いていた。


祖父母の家は集落のはずれにあり、裏手には広大な田んぼが広がっていた。その田んぼの向こう、小高い丘の斜面には、鮮やかな向日葵畑があった。毎年、祖父が丹精込めて育てていたものだ。


「よく来たな、健太」


祖父は相変わらず日に焼けた顔で、優しく私を迎えた。八十を過ぎた祖父は、今でも農作業を続けている現役の農夫だった。


「今年の向日葵はな、特別なんだ。見せたいものがある」


祖父は目を細めて、向日葵畑の方を指さした。


到着した日の夕方、祖父に連れられて向日葵畑へ向かった。黄金色に輝く向日葵の群れは、夕陽に照らされてさらに鮮やかさを増していた。しかし、畑の中央に近づくと、祖父は足を止めた。


「ここだ」


祖父が指さした場所には、普通の向日葵と違う一群が咲いていた。白い向日葵だった。数十本ほどが集まって咲いており、周囲の黄色い向日葵とは明らかに異なっていた。


「白い向日葵なんて珍しいね」


私の言葉に、祖父は深刻な表情で頷いた。


「これはな、普通の向日葵じゃない。人が生まれ変わったものだ」


半信半疑で聞いていると、祖父は続けた。


「この村にはな、昔から言い伝えがある。非業の死を遂げた者の魂は、時として白い向日葵になって現れるという」


「ほんとに?」


「信じるかどうかはお前次第だが…」祖父の声が低くなった。「三年前からこの白い向日葵が現れ始めてな。村で亡くなった人の数と、ちょうど同じなんだ」


帰り道、田んぼの中の一本道を歩きながら、祖父は村の古い話をしてくれた。この辺りは昔から水害に悩まされてきたこと、時には田んぼが墓場になることもあったこと。そして、村には「迎え火」という風習があったこと。


「迎え火というのはな、亡くなった人の魂を迎えるために、田んぼの畦道に灯す火のことだ。お盆の時期になると、家族はこうして火を灯して、先祖の魂を家まで導く」


祖父の話は神秘的だったが、同時に心地よく、私は田舎の夏の夜を満喫していた。


しかし、その夜から不思議なことが始まった。


夜中に目が覚めると、窓の外に光が見えた。田んぼの方から小さな明かりがいくつも動いている。最初は蛍かと思ったが、それには大きすぎた。


翌朝、祖父に尋ねると、


「気のせいだろう」と笑って取り合わなかった。


その日から、私は村の探検を始めた。田んぼの畦道を歩き、小川で水遊びをし、昆虫採集に夢中になった。しかし、どこへ行っても、白い向日葵畑が気になってしょうがなかった。


三日目の午後、私は一人で向日葵畑に行ってみることにした。黄色い向日葵の海を抜けると、そこに白い向日葵の群れがあった。近づいてよく見ると、白い向日葵には一つの特徴があることに気づいた。花の中心部が、通常の茶色ではなく、漆黒だったのだ。


不思議に思って一輪を手に取ろうとした瞬間、背後から声がした。


「触っちゃだめだよ」


振り返ると、私と同じくらいの年の少女が立っていた。黒髪を二つに結い、白い夏服を着ていた。


「どうして?」


「これは特別な花だから」


少女は真剣な表情で言った。


「あなた、健太くんでしょ?村でうわさになってたよ、都会から来た男の子がいるって」


彼女の名前は美月といった。この村に住んでいるが、学校が違うので会ったことがなかったという。


その日から、美月は私の遊び相手になった。彼女は村のことを何でも知っていて、秘密の場所や面白い伝説を次々と教えてくれた。


「ねえ、迎え火って知ってる?」ある日、美月が尋ねた。


「うん、おじいちゃんから聞いたよ」


「今度のお盆の夜、一緒に見に行こうよ。すごくきれいなんだ」


美月との日々は楽しく、あっという間に時間が過ぎた。しかし、一つだけ気になることがあった。祖母が美月のことを知らないようだったのだ。


「美月ちゃん?この辺りにそんな名前の子はいないはずだよ」


祖母の言葉に戸惑いながらも、私は美月と遊び続けた。彼女は決して私の家には来ず、いつも田んぼの向こうで待っていた。


お盆の前日、私たちは約束通り夜の田んぼに向かった。月明かりの下、田んぼの畦道には小さな提灯が並べられ、幻想的な光景が広がっていた。


「きれいだね」


美月は嬉しそうに微笑んだ。


「これが迎え火。亡くなった人の魂を迎える光なんだよ」


提灯の光に照らされる美月の顔は、どこか切なげだった。


「健太くん、あのね…」彼女は真剣な表情になった。「明日、白い向日葵のところに来てくれる?大事な話があるの」


翌日、お盆の初日。私は向日葵畑に向かった。夕暮れ時、白い向日葵たちは夕陽を受けて、不思議な輝きを放っていた。


美月は既にそこで待っていた。しかし、今日の彼女は少し違っていた。全身が薄く光っているように見えたのだ。


「美月…?」


「健太くん、ありがとう。ずっと一緒に遊んでくれて」


彼女の声が風のように揺れた。


「実はね、私…もういないの」


私の頭が混乱する中、美月は静かに話し始めた。三年前のこの日、彼女は田んぼで遊んでいて溺れたのだという。豪雨で水かさが増した田んぼが彼女を飲み込んだ。


「でも私の体は見つからなかった。だから魂が迷って…」


彼女の姿が徐々に透明になっていくのが分かった。


「私の体はね、あの白い向日葵の下にあるの。だから白い花が咲くんだよ」


恐怖と悲しみで言葉が出なかった。


「今日でお盆が始まるから、私はもう行かなきゃいけないの。でも、一つだけお願いがある」


美月は白い向日葵を指さした。


「私のお母さんに伝えて欲しいの。もう心配しないでって。私はここにいるって」


震える声で場所を聞くと、美月は村の反対側にある家を教えてくれた。


「もう行くね。ありがとう、健太くん」


美月の姿は風に溶けるように消えていった。同時に、白い向日葵たちが一斉に私の方を向いた。風もないのに、まるで頭を下げるように。


祖父に全てを話すと、彼は深刻な表情で頷いた。


「やはりそうか…」


翌日、祖父と村の人たちが向日葵畑を掘り返すと、そこから小さな白骨が発見された。美月の遺体だった。DNA検査で身元が確認され、三年前の水害で行方不明になっていた少女だと判明した。


美月の母親に会った時、彼女は涙を流しながら私に感謝した。そして私は美月の言葉を伝えた。


「娘はもう大丈夫だって。白い向日葵になって、ここで見守っているって」


その夏以来、村では毎年お盆の時期に、白い向日葵を田んぼの畦道に飾るようになった。魂の道標として。そして迎え火と共に、故人を迎える新しい風習が生まれたのだ。


今でも夏になると、私はあの村を訪れる。そして白い向日葵が咲く畑で、かつての友人に語りかける。風に揺れる花々は、まるで応えているかのように、静かに頭を垂れるのだ。


***


新潟県の農村地帯に伝わる実際の出来事があります。2004年の新潟豪雨で被災した某村では、洪水で流された9歳の少女の遺体が3年後、向日葵畑から発見されました。


特に注目すべきは、遺体が発見された場所に白い向日葵が自生していたという事実です。通常、向日葵は黄色い花を咲かせますが、この場所だけ白い花が咲いていたのです。地元の植物学者も説明がつかないとして話題になりました。


さらに興味深いのは、遺体発見後も白い向日葵は毎年咲き続け、次第に数を増やしていったという点です。地元では「少女の魂が向日葵になった」と信じられるようになり、今では「霊花」として大切に保存されています。


農村地帯には古くから「田の神様」の信仰があり、水田は生命の源であると同時に、時に命を奪う場所でもありました。特に水害の多い地域では「水死者の魂は植物に宿る」という言い伝えが残っています。


また「迎え火」は実際に日本各地に残る風習で、お盆の時期に先祖の魂を家まで導くために灯す火のことです。近年では提灯や電気を使うことが多いですが、かつては藁や薪を燃やしていました。


北陸地方を中心に、今でも夏になると白い向日葵の目撃情報が寄せられることがあります。それは単なる珍しい突然変異なのか、それとも誰かの魂の現れなのか。日本の夏の田園風景の中に、私たちの知らない物語が隠されているのかもしれません。

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