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怖い話  作者: 健二
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灯籠川の約束


あの夏の出来事を、私はまだ誰にも話していない。十五年前、私が中学二年生だった頃の話だ。


祖母の住む山形の村は、川沿いに細長く伸びる典型的な農村だった。夏休みになると、両親に連れられて毎年訪れる場所。近所の子どもたちとの川遊びと、おばあちゃんの漬物が毎年の楽しみだった。


その年の八月十六日、村では年に一度の灯籠流しが行われた。お盆の最終日、先祖の霊を送り出す儀式だ。村人たちは思い思いに灯籠を作り、夕暮れとともに川に流していく。


「灯籠が沈まないよう祈るんだよ。途中で沈むと魂が成仏できないって言われてるからね」


村の古老の一人、佐藤さんが教えてくれた。


「灯籠の火が消えないうちに川の曲がり角を曲がれば、魂は無事に帰れるんだ。だから皆、あそこまで見送るんだよ」


佐藤さんが指さす方向には、川の大きな湾曲部があった。確かに多くの村人が、流した灯籠がその曲がり角を曲がるまで見届けていた。


その夜、私も祖母と一緒に灯籠を流した。うちの灯籠には、二年前に亡くなった祖父の名前が書かれていた。祖母は泣きながら灯籠を川に流した。


「おじいちゃん、また来年ね」


灯籠が流れていくのを見届けた後、祖母は先に帰った。私はもう少し他の灯籠を見ていたいと思い、川辺に残った。


そのとき、川の対岸に女の子が一人で立っているのに気がついた。白い浴衣を着た、私と同じくらいの年頃の子だ。彼女も灯籠を手に持っていたが、流そうとはせず、ただじっと川を見つめていた。


「あの子、誰だろう」


村は小さいから、たいていの人の顔は知っていた。でも彼女は見覚えがない。興味が湧いて、私は近くの橋を渡って対岸へ向かった。


「こんばんは。灯籠流し、もう終わっちゃうよ」


声をかけると、女の子はゆっくりと顔を上げた。青白い顔で、瞳が異様に輝いていた。


「わたし、流せないの」


彼女はそう言って、手に持った灯籠を見せた。普通の灯籠とは違い、色鮮やかな折り紙で作られている。中に火はなく、代わりに小さな人形が入っていた。


「これ、あの子のもの。でも、流せないの」


「あの子って?」


「弟。あの曲がり角で、沈んじゃったの」


女の子は川の曲がり角を指さした。


「一緒に流してくれない? わたし一人じゃ、怖くて」


なぜか断れなかった。私は彼女と一緒に灯籠を持ち、川の縁まで歩いた。


「明かりがないけど、大丈夫?」


「うん、これは特別な灯籠だから」


私たちは灯籠を水面に静かに置いた。不思議なことに、その灯籠は暗闇の中で青白く光り始めた。


「ありがとう。これで弟も帰れる」


女の子はにっこり笑った。その笑顔が、妙に印象に残っている。


その後、私は祖母の家に帰った。祖母に対岸で会った女の子のことを話すと、祖母の顔色が変わった。


「対岸? あそこには誰も住んでないはずだよ」


翌朝、私は気になって佐藤さんを訪ねた。昨夜の女の子のことを話すと、佐藤さんは重々しい表情になった。


「青い灯籠を持った女の子…」


佐藤さんは古い新聞の切り抜きを見せてくれた。二十年前の地元紙だ。そこには「灯籠流し中の兄妹が事故 妹は救出されるも弟は行方不明」という見出しがあった。


「この子たちのことかい?」


写真には浴衣姿の女の子と男の子が写っていた。確かに昨夜会った子だ。記事によると、灯籠流しの最中に女の子は弟と一緒に川に落ちたが、女の子だけが救助され、弟は見つからなかったという。


「でも、この子は三日後に亡くなったんだ。弟の名前を呼びながら…」


私の背筋が凍りついた。


「ところで、君は彼女に何か頼まれなかったかい?」


佐藤さんの問いに、私は昨夜の出来事を詳しく話した。


「そうか…彼女は毎年現れては、弟の灯籠を流してくれる人を探しているんだ。一人では流せないからね」


「でも、どうして僕に?」


「君が見えたんだよ。彼女が見える人には、彼女も見えるんだ」


その日の夕方、私は再び川辺に行った。昨夜の場所には誰もいなかったが、川底に何かが光るのが見えた。近づいてみると、それは小さな人形だった。灯籠の中に入っていたものと同じだ。


手を伸ばして拾い上げると、それは古びた水中メガネだった。子供用の小さなものだ。


帰り道、地元の古老に会った。水中メガネのことを話すと、彼は「あの事故の日、男の子は川底で何かを探していたという話がある。大事なものを落としたらしい」と教えてくれた。


その夜、私は祖母に相談し、翌日の灯籠流しに参加することにした。通常、灯籠流しは一日だけだが、特別な事情がある場合は追加で行うこともあるという。


私は水中メガネを小さな灯籠に入れ、川に流した。灯籠は静かに流れ、曲がり角を曲がっていった。その時、対岸に二つの影が見えた気がした。手を振っている。


翌朝、村を出る前に佐藤さんに会うと、彼は静かに言った。


「昨日の夜、不思議なことがあってね。川の曲がり角で、二つの青い光が天に昇っていくのを見たんだ。まるで星になるみたいにね」


それから十五年、私は毎年その村を訪れている。あの曲がり角で、時々二つの小さな灯りが見えることがある。それを見ると、あの夏の約束を果たせたのだと安心できる。


***


実際に各地で伝えられている「灯籠流し」にまつわる不思議な体験があります。特に東北地方では、灯籠が川の曲がり角を曲がるまで見送る風習が残っており、途中で灯りが消えたり灯籠が沈んだりすると「魂が成仏できない」という言い伝えがあります。


2005年、山形県のある村での灯籠流しの際、複数の参加者が「二人の子どもの姿が対岸に見えた」と証言しています。しかし写真には何も写っておらず、地元では「昭和40年代に起きた水難事故の犠牲者ではないか」と噂されました。


また、灯籠流しの際に「自分が流していないはずの灯籠が、家族の名前入りで流れてきた」という不思議な体験も複数報告されています。東日本大震災後の2011年夏には、被災地の海岸で「行方不明者の名前が書かれた灯籠が突然現れ、すぐに消えた」という目撃証言も多数ありました。


日本の夏の風物詩である灯籠流しには、今もなお私たちの知らない不思議な力が宿っているのかもしれません。先祖の霊を送り出す儀式が、時に魂の救済につながることもあるのでしょう。

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