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怖い話  作者: 健二
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帰らざる山路


蒸し暑い八月の朝、私は北アルプスの登山口に立っていた。父を山で亡くしてから十年。その謎を解くため、同じルートを辿ることにしたのだ。


「一人で大丈夫か?」山小屋の管理人が心配そうに声をかけてきた。


「はい、大丈夫です」


しかし、その日の天気予報は微妙だった。午後から崩れるという。それでも私は登り始めた。父が最後に姿を消した稜線まで、せめて行ってみたかった。


登山道は思ったより荒れていた。案内板には「この先危険 通行注意」と書かれている。十年前、父はこの先で道に迷ったのだろうか。


正午を過ぎ、雲が急速に湧き上がってきた。休憩のため、岩陰に腰を下ろした時だった。かすかに笛の音が聞こえた。


「誰かいるのか」


声をかけたが返事はない。再び笛の音。方向感覚がつかめない。まるで四方八方から聞こえてくるようだ。


その時、霧が急速に周囲を包み込んだ。視界は五メートルも保てなくなった。不安になり、来た道を引き返そうとしたが、どちらが来た道なのか分からなくなっていた。


「落ち着け」


コンパスを取り出す。しかし針が狂ったように回転するだけだ。GPSアプリも圏外で機能しない。


そのとき、霧の中に人影が見えた。登山ウェアを着た男性だ。


「すみません、道に迷ってしまって…」


男性は無言で手招きをする。他に選択肢がなく、私はその後を追った。男性は霧の中、迷うことなく歩いていく。不思議なことに、彼の足音が全く聞こえない。


突然、男性が立ち止まった。指差す先には古びた山小屋がある。地図には載っていないはずの場所だ。


「ここで休めるの?」


振り返ると、男性の姿はなかった。


恐る恐る小屋の戸を開けると、中には古い山岳装備が無造作に置かれていた。三十年以上前のものだろうか。埃を被った登山靴、古いザック。そして壁には数十枚の写真が貼られていた。


霧に包まれた山の写真。同じ構図で、季節や天候だけが違う。そして最後の一枚に写っていたのは…父だった。


写真の隅には日付が書かれている。父が行方不明になった日だ。その写真だけが色あせておらず、父は霧の中で誰かと話している。相手の顔は霧で隠れている。


棚の上には古い日記帳があった。開くと、そこには数十年にわたる記録が残されていた。


「また一人来た。彼も道を教えてほしいと言った。教えてあげよう、私のいる場所へ続く道を」


日記の主は、自分が遭難死した登山者の霊だと書いていた。そして、霧の日に迷った登山者を、同じ運命へと導いているのだと。


最後のページを開くと、父の名前があった。


「彼は写真を撮っていた。私の姿も映っていたかもしれない。次は息子が来るだろう。待っている」


恐怖で体が震えた。写真を見ると、父の後ろに薄く人影が写っている。顔はないが、今日私を導いた男性と同じ姿だ。


その時、小屋の戸が開く音がした。振り返ると、父が立っていた。十年前と同じ姿のまま。そして父の後ろには、顔のない登山者たちが何人も並んでいた。


「お前も道に迷ったのか」父の声は虚ろだった。「大丈夫、もう迷わなくていい。ここにいればいい」


必死に小屋から飛び出した。霧の中を、方向も分からず走った。足元の岩が崩れ、私は斜面を滑り落ちる。落下の衝撃で意識を失った。


目が覚めたのは山小屋のベッドの上だった。遭難対策のパトロール隊が私を発見したという。


「君は運がいい。あの霧の中で滑落したのに、大きな怪我もなく」


そう言いながら、隊員は私のカメラを返してくれた。


「写真、撮ってたのかい?」


記憶にない。帰宅後、カメラの中の写真を確認した。霧に包まれた山の風景。そして最後の一枚。顔のない登山者たちの中に、父の姿と、そして私自身が写っていた。


***


北アルプスでは夏場、急な天候悪化による遭難事故が毎年発生しています。特に霧による視界不良は方向感覚を完全に狂わせ、経験豊富な登山者でも命を落とすことがあります。


さらに不思議なのは、複数の山小屋管理人が報告する「遭難者の霊」の目撃談です。2008年、ある山小屋の管理人は「既に亡くなったはずの登山者が小屋に泊まりに来て、翌朝には姿がなかった」と証言しています。また、遭難事故現場付近では、実際に霧の日に笛の音が聞こえるという報告が複数あり、地元では「道に迷った魂が仲間を呼んでいる」と言われています。


行方不明者を探す救助隊が、時折「誰もいないはずの場所に人影を見た」と報告することもあり、中には「その人影に導かれて遭難者を発見できた」という不思議な証言も存在します。山には私たちの知らない何かが、今もなお存在しているのかもしれません。

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