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怖い話  作者: 健二
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温泉宿の十三号室


汗ばむ八月の終わり、私は仕事の疲れを癒すため、福島県の山奥にある「四季の湯」という古い温泉宿を訪れた。築百年以上という木造の本館は、昔ながらの風情を残していた。


到着したのは平日の夕方、宿は閑散としていた。年配の女将が出迎え、「ごゆっくりなさってください」と部屋に案内してくれた。


「十三号室にご案内します」


廊下を進むうち、不思議な違和感を覚えた。十号室、十一号室、十二号室と続き、次は十四号室。十三号室の表札はなかったが、女将は何もないドアの前で立ち止まった。


「こちらでございます」


部屋に入ると、窓からは山の緑が見え、心地よい風が入ってきた。しかし壁の古い柱時計が止まっていることに気づいた。針は八時十三分で止まっていた。


「この時計、壊れているようですが」


女将は少し困ったように笑った。「あら、すみません。ずっとそのままで…直しておきます」


夕食は部屋食で、地元の山の幸が並んだ。食事を運んできたのは二十代くらいの仲居さんだった。


「お客様、ゆっくりお召し上がりください」


彼女が去った後、ふと天井を見上げると、黒いしみのようなものが広がっていた。雨漏りの跡だろうか。


食事を終え、大浴場に向かった。古い湯船には私一人だけ。源泉かけ流しの湯は心地よかった。湯船に浸かっていると、脱衣所からかすかな足音が聞こえた。誰かが入ってくるのかと思ったが、音はすぐに消えた。


湯上がり後、部屋に戻ると妙な違和感があった。確かさっきまで窓際にあった座椅子が、今は違う位置にあった。気のせいだろうか。


布団に入ったものの、なかなか眠れなかった。真夜中の二時頃、廊下から話し声が聞こえた。声は次第に近づいてきた。


「十三号室、今日は誰?」


「知らない。一人客」


声は私の部屋の前で止まった。ドアの隙間から、影が二つ見えた。しかし、ノックの音はなく、しばらくして影は去っていった。


ようやく眠りについたが、明け方、誰かが畳を歩く音で目を覚ました。薄目を開けると、浴衣姿の少女が窓際に立っていた。十代前半くらいだろうか。長い黒髪を背中に垂らし、窓の外を見ていた。


「誰?」


声をかけると、少女はゆっくりと振り返った。その顔は奇妙なほど白く、目は異様に大きかった。


恐怖で声も出ない私を見て、少女は微笑んだ。そして「ごめんなさい、間違えました」と言うと、壁に向かって歩いていき、そのまま壁を通り抜けて消えた。


震える手で電気をつけると、部屋には誰もいなかった。時計は相変わらず八時十三分のまま。


朝食の時、昨夜のことを仲居さんに話すと、彼女は顔色を変えた。


「すみません、お客様。実は…この部屋は本当は十三号室ではないんです」


彼女の説明によると、かつてこの宿には十三号室が存在したが、二十年前に起きた火災で消失したという。その火災で、修学旅行中の女子中学生一人が亡くなった。


「それ以来、この宿では十三号室という表示をなくしたんです。でも、たまにお客様が『十三号室に泊まった』と言われることがあるんです」


チェックアウト時、フロントにいた女将に昨夜のことを尋ねた。


「あらあら、またですか」


女将は深いため息をついた。「あの子は、時々現れるんですよ。特に夏の終わりに。あの子が亡くなったのが八月三十一日でしたから」


「私を案内したのは…?」


「案内?私はお客様を十二号室にご案内しましたよ」


背筋が凍る思いで、宿を後にした。帰りの電車で宿のパンフレットを見ると、建物の平面図には確かに十二号室から十四号室へと番号が飛んでいた。


三ヶ月後、宿からの手紙が届いた。先日の台風で屋根が一部損傷し、修理の際に壁の中から何かが見つかったという。同封されていたのは古い腕時計。裏には「美咲へ 13歳の誕生日に」と刻まれていた。


時計の針は、八時十三分で止まっていた。


---


福島県の某温泉旅館で1992年8月31日に実際に起きた火災事故と、その後に報告された怪異現象。この火災では中学校の修学旅行生1名が犠牲となり、以後、旅館では部屋番号の表示方法が変更されました。


特に興味深いのは、事故から数年後から現在に至るまで、定期的に「存在しない部屋に案内された」という宿泊客の証言が報告されていることです。こうした証言は主に8月下旬から9月上旬に集中しており、中には「浴衣姿の少女を見た」という報告も複数あります。


温泉旅館における怪異現象は全国各地から報告されており、古い建築物特有の音響効果や温泉地の地質による微量のガス発生が幻覚を引き起こす可能性など、科学的な説明も試みられています。特に日本の木造建築は「記憶を保存する」という民間信仰があり、強い感情や出来事が「建物に刻まれる」という考え方は、心理学的には「場所の記憶」として研究されています。


2015年には、この旅館の大規模改修工事の際、壁の中から1992年の日付のある少女の遺品と思われる品々が発見されたことが地元紙で報じられました。旅館では現在、犠牲者の冥福を祈る小さな祠を敷地内に設け、毎年8月31日には供養を行っているそうです。

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