お祭りの帰り道
残暑の厳しい八月下旬、私は実家のある千葉県の館山市に帰省していた。東京の大学に通う私にとって、故郷の夏祭りは特別な思い出の場所だった。
今年も例年通り、八月二十五日に白浜神社の例大祭が行われた。夜店の賑わいと花火が終わり、人混みがようやく引いた午後十時頃、私は中学時代の友人・明日香と共に祭りの帰り道を歩いていた。
「久しぶりに会えて嬉しかった」
浴衣姿の明日香は、スマホで撮った祭りの写真を見せながら言った。
「ねえ、この写真、変じゃない?」
彼女のスマホには、私たちが神社の境内で撮った自撮り写真が表示されていた。しかし、私たち二人の間に、知らない女性の顔が写り込んでいた。
「誰か後ろにいたのかな」
しかし、写真を拡大してみると、その女性の顔は奇妙にぼやけていた。さらに不思議なのは、私たちの後ろには確かに誰もいなかったことを覚えていた。
「気味悪い…消そう」
明日香が写真を削除しようとした時、突然彼女のスマホが真っ暗になった。
「あれ?電池切れた?」
その瞬間、私たちの周囲の街灯が一斉に消え、辺りは闇に包まれた。
「停電?」
まだ人気のある通りならまだしも、ここは神社から集落へ続く、街灯が疎らな山道だった。
懐中電灯代わりに私のスマホのライトを灯すと、道の前方に白い着物を着た女性が立っているのが見えた。夏祭りだから浴衣姿の人がいても不思議ではない。しかし、彼女は動かず、こちらを見ているようだった。
「あの人、誰だろう」
明日香が小声で言った。
女性に近づこうとした瞬間、彼女はくるりと振り返り、森の中へと消えていった。
「ちょっと…待って!」
なぜか私は反射的に声をかけていた。背筋が寒くなるような恐怖を感じながらも、その女性に引き寄せられるような感覚があった。
「行っちゃダメ!」
明日香が私の腕を掴んだ。「変だよ、あの人…」
その時、私のスマホに通知音が鳴った。見ると、知らない番号からのメッセージだった。
「お祭り、楽しかった?もっと遊ぼう」
送信者名はなく、添付されていたのは、今日祭りで撮ったはずの写真。しかし、その写真は明日香のスマホで撮ったもので、私のスマホには保存されていなかったはずだった。
さらに不気味なことに、写真の中の私の顔が黒く塗りつぶされていた。
その瞬間、森の中から笑い声が聞こえた。女性の笑い声、そして複数の子供の笑い声。
「帰ろう、早く!」
明日香に手を引かれるまま、私たちは急いで山道を下った。
翌朝、明日香から電話があった。彼女の声は震えていた。
「昨日の写真、消したのに復活してる…しかも、あなたの顔が…」
彼女が送ってきた写真を見て、私は凍りついた。昨夜の自撮り写真に写り込んでいた女性の顔が、今は私の顔のあった場所に移動していた。そして私の姿は完全に消えていた。
不安になった私は、地元の古老に昨夜のことを相談した。老人は顔色を変えて言った。
「白浜神社の祭りは、本来は鎮魂の儀式じゃ。特に今年は、五十年に一度の大祭の年…」
老人によれば、この地域には古くから伝わる言い伝えがあった。大祭の夜に現れる「先触れの女」に出会うと、その人は次の大祭までに姿を消すという。
「特に写真に写ったら、もう逃れられんよ」
半信半疑ながらも、私は不安を感じた。その日の夕方、再び同じ知らない番号からメッセージが届いた。
「今夜も、お祭りに来てね」
添付されていたのは、白浜神社の境内写真。そこには私と同じ浴衣を着た女性の後ろ姿が写っていた。
恐怖に駆られた私は、急いで実家を出て東京へ戻ることにした。しかし駅に向かう途中、突然激しい頭痛に襲われた。意識が遠のく中、白い着物の女性が近づいてくるのが見えた。
気がつくと、私は白浜神社の境内にいた。周囲には誰もおらず、暗闇の中で提灯だけが風もないのに揺れていた。
スマホを確認すると、日付は八月二十六日、時刻は午前零時を回っていた。画面には一通のメッセージ。
「お待ちしていました。さあ、私たちの祭りを始めましょう」
その時、背後から多くの足音が聞こえた。振り返ると、白い着物を着た人々が無数に集まっていた。皆の顔は奇妙にぼやけていたが、その中の一人の女性だけは、はっきりと見えた。
それは昨夜の写真に写り込んでいた女性だった。彼女は私に近づき、冷たい手で私の手を取った。
「一緒に、永遠のお祭りを楽しみましょう」
その夜以来、私の行方は誰にも分からなくなった。明日香が最後に受け取ったのは、白浜神社の鳥居の前で撮られた一枚の写真。そこには浴衣姿の私が写っていたが、顔はぼやけていた。
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千葉県館山市の白浜地区で実際に伝わる「大祭の先触れ」の伝承と、2018年に起きた女子大学生失踪事件。白浜神社の例大祭は実際に8月下旬に行われ、五十年に一度の「大祭」は特別な儀式が執り行われます。地元では「大祭の年に姿を消す人がいる」という言い伝えがあり、特に若い女性が注意すべきとされています。
2018年8月、大祭の夜に一人の女子大学生が行方不明になり、彼女のスマートフォンから送信された最後の写真には、本人とは思われない白い着物の人影が写り込んでいたことが地元紙で報じられました。その後、彼女の所持品だけが神社近くで発見されましたが、本人は見つかっていません。
興味深いのは、この地域の祭りには、かつて「身代わり」の風習があったとされていることです。疫病や災害から村を守るため、「神の花嫁」として若い女性が捧げられたという言い伝えが残っています。現代の心理学では、こうした集団的な記憶や伝承が、特定の場所や時期に「集合的幻覚」を生み出す可能性が指摘されています。
また、デジタル写真に写り込む「霊的存在」の報告は、フィルム時代より増加しているという研究もあります。カメラの高感度センサーが、通常は目に見えない光や電磁波を捉えるという科学的説明がある一方で、説明のつかない事例も数多く報告されています。特に夏の終わりから秋にかけて、そうした不可解な写真の報告が増えるという統計もあります。