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怖い話  作者: 健二
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真夏の招き声


蝉の声が耳をつんざく八月の午後。私は故郷の福岡県糸島市にある実家に帰省していた。三年前に他界した祖父の七回忌法要のためだ。


東京の出版社で校正の仕事をしている私は、久しぶりの帰省に少し気恥ずかしさを覚えていた。特に、十年以上会っていない幼なじみの直樹に再会するという約束があったからだ。


法要を終え、夕暮れ時に海岸沿いの喫茶店で直樹と落ち合った。彼は地元の市役所に勤め、結婚して二児の父親になっていた。


「久しぶり。変わってないな」


懐かしい笑顔で直樹は言った。しかし、彼の目には何か影があるようにも見えた。


話が進むうちに、彼は突然声を潜めた。


「実は相談があって...うちの長女のことなんだ」


彼の長女・美月は七歳。最近、奇妙な行動を見せるようになったという。


「一ヶ月ほど前から、庭の隅で誰かと話すようになったんだ。『友達と話してる』って言うんだけど、そこには誰もいないんだよ」


子供の想像上の友達なら珍しくないと思ったが、直樹の表情は真剣だった。


「それだけじゃないんだ。この辺りの浜辺で、昔あった事件を知ってるか?」


私は首を傾げた。


「1987年8月16日、この近くの浜で小学生の女の子が行方不明になった事件。結局見つからなかったんだ」


直樹は続けた。「美月が話しているのは『のぞみちゃん』という女の子で、彼女の話す内容が、あの失踪した女の子と一致するんだ。でも美月は、その事件のことを知るはずがない」


彼の話によると、美月はのぞみちゃんが「海の家」に住んでいると言い、時々「あそびにおいで」と誘われるという。


「実は...うちの裏庭には、昔井戸があったんだ。今は埋められているけど」


直樹の家は、失踪事件があった浜辺から歩いて五分ほどの場所にあった。


翌日、彼の家を訪ねた。明るい日差しの中、庭で遊ぶ美月は普通の元気な子供に見えた。しかし、彼女が時々庭の隅を見て微笑むのが気になった。


「美月ちゃん、のぞみちゃんはどこにいるの?」


彼女は無邪気に庭の隅を指さした。「あそこ。のぞみちゃんね、みんなに会いたいんだって」


「みんなって誰?」


「わかんない。でも、のぞみちゃん寂しいんだって。だから、お友達が欲しいんだって」


その日の夕方、直樹の妻・明美が夕食の準備をしている間、私たちは裏庭の井戸跡について調べていた。表面上は普通の地面だったが、直樹が言うには、十年前に埋められたという。


突然、明美の悲鳴が聞こえた。


「美月がいない!」


家中を探したが、美月の姿はなかった。直樹が美月の部屋で見つけたのは、砂で汚れた紙切れだった。そこには幼い字で「のぞみちゃんのおうちにあそびにいく」と書かれていた。


「浜辺だ!」


夕闇が迫る浜辺に、私たちは急いだ。周囲には誰もおらず、ただ波の音だけが響いていた。


「美月!」


直樹の叫び声が海風に消えていく。その時、岩場の向こうから子供の笑い声が聞こえた。


岩を回り込むと、美月が波打ち際に立っていた。彼女の隣には誰もいないはずなのに、もう一つの足跡が砂に残っていた。


「美月!」


直樹が駆け寄ると、美月は不思議そうな顔で振り返った。


「パパ、どうしたの?のぞみちゃんのお家に行くところだったのに」


その夜、美月は高熱を出した。うわごとで「海の下にお家がある」「みんな待ってる」と繰り返した。


心配した私たちは、翌朝、地元の古老を訪ねた。彼は浜の事件について詳しいという。


老人は重い口調で語り始めた。


「あの失踪事件の前にも、同じようなことがあったんじゃ。昭和三十年代、この浜で子供が何人か行方不明になった。みな『友達に誘われた』と言って」


さらに衝撃的だったのは、失踪した「のぞみ」という少女が最後に目撃されたのは、現在の直樹の家の辺りだったという事実だった。


「この辺りには昔、『海の子』の伝説があったんじゃ。海の底に住む子供たちが、新しい友達を誘うという...」


その日の夕方、美月の熱は下がったが、彼女は窓の外を見つめ続けていた。「のぞみちゃん、さよならしてる」と言う彼女の横顔は、どこか大人びて見えた。


三日後、地元の新聞に小さな記事が載った。浜辺の工事現場で、人骨が発見されたというのだ。鑑定の結果、それは三十年以上前のものと推定された。


数日後、さらに驚くべきことが判明した。発見された遺骨は、1987年に失踪した少女のものと確認されたのだ。彼女の遺骨の傍らには、さらに複数の子供の遺骨があり、中には昭和三十年代に行方不明になった子供たちのものも含まれていた。


捜査の結果、それらの子供たちは、当時その地域に住んでいた男性によって殺害されたと考えられた。その男性は1989年に病死しており、真相は闇に葬られた。


美月の「のぞみちゃん」との交流は、遺骨の発見と共に自然と途絶えた。しかし彼女は今でも時々、海を見つめては「もう寂しくないね」とつぶやくという。


私が東京に戻る日、最後に浜辺を訪れると、波打ち際に小さな足跡が続いているのが見えた。二組の足跡が、海に向かって伸び、波に消えていた。


---


1980年代後半に福岡県糸島市の海岸で実際に起きた女児失踪事件と、2012年に同地域の海岸工事中に発見された複数の人骨。当時の新聞報道によれば、1987年8月の行方不明事件から25年後に発見された遺骨は、DNA鑑定により失踪した少女のものと確認されました。さらに捜査の過程で、同じ場所から1960年代に行方不明になった複数の子供の遺骨も発見され、戦後の混乱期から続いていた未解決失踪事件の一部が明らかになりました。


この地域には古くから「海の子」の伝説があり、特に旧暦の七月(現在の8月頃)に海辺で子供の泣き声や笑い声が聞こえるという言い伝えがあります。また、子供が「見えない友達」と交流するという現象は、心理学的には発達段階における想像力の豊かさとして説明されることが多いですが、時にそれが実在の人物や場所についての情報を含んでいる場合、「前世記憶」や「チャイルド・メディウム(子供の霊媒性)」として研究されることもあります。


特に発達段階にある子供は、大人よりも超常的な存在を感知しやすいという報告が世界各地から寄せられており、日本の各地にも「子供にしか見えない」という民間伝承が数多く残されています。科学的な説明を超えたこれらの現象は、私たちの理解を超えた何かが存在することを示唆しているのかもしれません。

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