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怖い話  作者: 健二
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水子の夜


蒸し暑い八月の終わり、私は故郷の静岡県の山村に帰省していた。実家は母が一人で守っており、父は三年前に他界していた。


二日目の夕方、母が近くの古いお寺の施餓鬼会に行くというので、私も同行した。山の中腹に佇む小さなお寺は、私が子供の頃から変わらない佇まいだった。


本堂での読経が終わり、裏手の墓地で個別の供養が始まった。人々が三々五々に散っていく中、私は何気なく目に入った一角に足を止めた。


「あれは?」


墓地の端、藪に近い場所に、小さな石仏が十数体、整然と並んでいた。


「水子地蔵よ」


後ろから母の声がした。


「この辺りでは、昔から子供が生まれなかったり、流産してしまったりすると、あそこに石仏を建てて供養するの。特に戦後の食糧難の時代は…」


母は言葉を濁した。


帰り道、夕闇が迫る中、私は何度か振り返った。夕日に照らされた石仏の列が、まるで生きているかのように見えた気がした。


その夜、激しい雷雨が山村を襲った。私は二階の自分の部屋で横になっていたが、雨音と雷鳴の合間に、かすかな泣き声が聞こえてきた。


「気のせいか」


窓の外を見ると、豪雨で庭先はほとんど見えない。しかし、雷光が走った瞬間、庭に小さな人影が複数見えた気がした。


翌朝、母に昨夜のことを話すと、彼女は顔色を変えた。


「そういえば、今日は丑の日ね」


母は古い箪笥から一枚の白黒写真を取り出した。そこには若い頃の母と、見知らぬ少女が写っていた。


「あなたのお姉さんよ。産まれて三日で亡くなった」


私は言葉を失った。そんな話は聞いたことがなかった。


「当時はそういうことを口にするのは縁起が悪いとされていたの。でも、あなたが小さい頃、よく『お姉ちゃんと遊んだ』と言っていたわ」


その日の午後、私は一人でお寺に戻った。住職に水子地蔵について尋ねると、彼は深刻な表情で語り始めた。


「あの場所は特別なんです。戦後の混乱期、この村では食糧難から多くの子供が…そして母親たちの苦しい決断も…」


住職は言葉を選びながら続けた。


「丑の日、特に夏の丑の日には、水子の霊が親を探して彷徨うと言われています。あなたのお母さんも、よくあの場所に来られていましたよ」


私はぞっとした。母が隠していたものが、少しずつ見えてきた。


その夜も雨は降り続いた。就寝前、階下から物音がしたので降りていくと、母はリビングの仏壇の前で何かを燃やしていた。


「あら、起きていたの」


母は慌てたように立ち上がった。仏壇には見覚えのない少女の写真が飾られていた。


「今日から、ちゃんと供養するわ」


母の横顔は、悲しみと安堵が入り混じっているように見えた。


その夜、再び泣き声で目が覚めた。しかし今度は、それは庭からではなく、階下の仏壇の方から聞こえてきた。恐る恐る階段を降りると、仏壇の前に母が座っていた。


「ずっと話しかけていたのよ。あなたのこと、家族のこと、全部」


母の横には、誰もいないはずなのに、小さな凹みがあった。まるで誰かが座っていたかのように。


「お姉ちゃんね、あなたのことをずっと見守ってくれていたんだって」


翌朝、雨は上がり、眩しいほどの晴天だった。母と共に再びお寺を訪れ、水子地蔵の前で手を合わせた。帰り道、母は久しぶりに穏やかな笑顔を見せた。


それから何年か経った今でも、夏の丑の日が近づくと、実家から母から電話がかかってくる。


「また来る?二人で待ってるから」


---


日本の農村部で実際にあった「水子供養」の習慣と、それにまつわる体験談。特に1945年から1955年頃の食糧難の時代、多くの家庭で悲しい選択を強いられることがありました。当時は乳児死亡率も高く、生まれてすぐに亡くなる子供も珍しくありませんでした。そうした事実は家庭内で語られず、姉や兄の存在すら知らされないまま育つ子供も多かったのです。


各地の寺院には今も水子地蔵が残り、特に夏の丑の日には供養に訪れる人々が絶えません。また、家族に知らされていなかった「兄弟姉妹」の存在を、幼い子供が何らかの形で感じ取ったという体験談は、現代でも報告されています。特に幼い子供が「見えない友達」と遊ぶという現象の中には、こうした歴史的背景を持つケースがあるとされています。

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