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怖い話  作者: 健二
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古井戸の囁き


八月の蒸し暑い夜だった。東京の喧騒から逃れ、私は祖父の家がある岐阜の山間の集落に一人で帰省していた。祖父は五年前に他界し、古い日本家屋は私が年に一度訪れる以外はほとんど空き家同然だった。


集落はかつての賑わいを失い、過疎化が進んでいた。私が子供の頃には十数軒あった家も、今では半数以下になっていた。


到着した日の夕方、窓を開けて風を入れながら部屋を片付けていると、縁側の外から子供の笑い声が聞こえた。不思議に思って外を見ると、夕暮れの庭に人影はなく、ただ風に揺れる草木があるだけだった。


「気のせいか」


その夜、私は祖父の形見の古い日記を読んでいた。ページをめくると、昭和四十年の夏の記述に目が止まった。


「今日も井戸から声がする。村の者は誰も信じない。しかし確かに聞こえる。助けを求める声が」


私は首を傾げた。祖父の家に井戸があったという記憶はなかった。


翌朝、隣家の老婆を訪ねた。彼女は集落に残る最古参の住人だった。


「おじいさんの日記に井戸の話が出てきたんですが」


老婆は茶碗を置き、目を細めた。


「あぁ、裏山の古井戸のことね。今は埋められてしまったけど、昔はあの井戸で色々あったのさ」


「色々と言いますと?」


「昭和三十九年の夏だったかね。村の子供が三人、行方不明になった。必死で探したが見つからなかった。一週間後、古井戸の中から子供の声が聞こえるという者が出てきてね。村人総出で井戸を調べたが、底は乾いていて何もなかった。でも、それからというもの、夏になると井戸から子供の声が聞こえるという噂が絶えなかった」


老婆は続けた。


「おじいさんは特に、その声を聞くと言っていたね。誰も信じなかったが、あの人だけは『助けてくれ』という声が聞こえると言い張っていた。結局、十年後に井戸は埋められてしまった」


その話を聞いて、私は裏山へ向かった。藪や雑木を掻き分けながら進むと、うっすらと道の跡が見えた。さらに進むと、雑草に覆われた石組みを発見した。これが古井戸の跡だろう。


近づいてみると、中央部分がわずかに陥没していた。耳を澄ますと、風の音だけが聞こえる。


その夜、激しい夕立があった。窓の外では稲光が光り、雷鳴が轟いた。雨音に紛れて、どこからか「助けて」という声が聞こえた気がした。私は布団から飛び起き、耳を澄ました。


「ここ」


確かに聞こえた。子供の声だ。音の方向に耳を傾けると、それは家の裏側から聞こえているようだった。


恐る恐る縁側に出て、雨の中、声のする方へと歩いていくと、裏庭の地面が異様に沈んでいるのに気がついた。大雨で土が流されたのだろうか。懐中電灯を照らすと、そこには小さな穴が開いていた。


「助けて、暗いよ」


穴から確かに声が聞こえた。私は恐怖で足がすくみ、家に引き返した。


翌朝、雨は上がっていた。恐る恐る裏庭に行くと、昨夜見た陥没は確かにあった。村の駐在所に連絡すると、すぐに警察が来て周囲を調査し始めた。


陥没部分を掘り進めると、古い井戸の跡に行き着いた。さらに掘り進めたその底から、三体の子供の白骨死体が発見された。警察の調査によると、それは四十年以上前に失踪した三人の子供の遺体だった。


後日、老婆から聞いた話によると、当時の村では水源を巡って対立があり、隣村の者が意図的に井戸を汚したという噂があったという。子供たちはその真相を偶然目撃してしまったのかもしれない。


祖父の日記の最後のページには、こう書かれていた。


「いつか誰かが彼らの声を聞き、真実を明らかにしてくれる日が来ることを願う」


---


1960年代から70年代にかけて日本各地の山間部で実際に起きた失踪事件と、2005年に岐阜県の過疎地で発見された古井戸遺構からの遺体発見事件。大雨による地盤沈下で偶然発見されるケースは実際に複数報告されており、何十年も解決しなかった失踪事件の真相が明らかになることがあります。また、「心霊現象」として報告される事例の中には、後に科学的・社会的背景が判明するものも少なくありません。しかし、亡くなった人の「思い」が何らかの形で現世に影響を与えるという体験談は、現代でも日本各地から報告されています。特に夏場は地盤の変化や気圧の変動により、長年埋もれていた遺構が発見されることが多い季節でもあるのです。

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