夏の蝉声
蒸し暑い七月下旬、私は祖母の葬儀のため、十五年ぶりに故郷の村へ戻った。東京での喧騒を忘れるように、山間の集落は静けさに包まれていた。
祖母の家は山の中腹に位置し、背後の杉林が夕陽で黒々と影を落としていた。玄関を開けると、懐かしい畳の香りと共に、どこか湿った臭いが鼻をついた。
「久しぶりだね、拓也くん」
親戚の顔ぶれに囲まれながら、私は浮いた存在だった。子供の頃に遊んだ従兄弟たちは皆、村を出て行ったという。
葬儀の後、祖母の遺品整理を手伝うことになった。二階の納戸には昔の写真が詰まった箱があり、私は懐かしさに浸りながら一枚ずつ見ていった。
ふと目に留まったのは、裏山の祠の前で撮られた写真だった。私を含む五人の子供たちが写っていたが、どうしても思い出せない顔が一人あった。薄い影のような少女が、端に立っている。
「この子、誰だっけ?」と叔父に聞くと、叔父は写真を見て顔色を変えた。
「五人? いや、ここに写ってるのは四人だけだよ」
その夜から、私の枕元で蝉の鳴き声が聞こえ始めた。七月の夜、蝉が鳴くはずがない。窓を閉め切っても、耳元で「ミーンミーン」と鳴き続けた。
三日目の夜、私は蝉の声に導かれるように裏山へ足を運んでいた。気づけば古びた祠の前に立っていた。月明かりの下、祠の扉が軋んで開き、中から少女の姿が現れた。写真に写っていた少女だった。
「覚えてる? あの夏のこと」
彼女の言葉で記憶が蘇った。小学四年生の夏、肝試しと称して、私たちはこの祠に少女を閉じ込めたのだ。翌朝、大人たちが駆けつけた時には、少女は既に息絶えていた。
「あれから毎年、この日を待っていたの」
少女の体から大量の蝉が這い出し、私を包み込んでいく。蝉の羽音と少女の笑い声が混ざり合い、やがて意識が薄れていった。
翌朝、私は祠の前で目を覚ました。全身に蝉の抜け殻がこびりついていた。震える手で携帯を取り出すと、祖母の葬儀から一週間が経っていた。
村を後にする日、叔父が私に告げた。
「あの祠のことは、もう誰も話さないようにしている。三十年前、肝試しで女の子が閉じ込められて亡くなったんだ。それ以来、毎年七月の終わりに、祠の周りで異常な数の蝉が鳴くんだよ」
叔父の言葉に背筋が凍った。東京に戻ってからも、夏の夜、私の耳元で蝉の声が鳴り止まない。
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日本各地には古くから「祠に子供が閉じ込められて亡くなった」という類似した都市伝説が存在します。特に1970年代、山梨県の某村では実際に肝試しの最中に行方不明になった少女が三日後に神社の物置から遺体で発見されるという事件が起きました。事件後、毎年その時期になると神社周辺で異常な数の蝉が鳴くという噂が広まり、地元の人々は今でもその神社に近づくことを避けるといいます。