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怖い話  作者: 健二
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朱の海水浴場


炎天下の八月中旬、私は大学の研究で訪れた三陸海岸の小さな漁村で、地元の民俗調査をしていた。研究室の教授から「あの浜には近づくな」と厳命されていたが、その理由は明かされなかった。


村の中心部から少し離れた宿で三日目の夜を過ごした時だった。窓の外から子供たちの歓声が聞こえてきた。時計を見ると夜の十時半。こんな時間に子供が外で遊んでいるはずがない。


好奇心に駆られて窓を開けると、月明かりの下、浜辺へと続く小道を子供たちの列が進んでいくのが見えた。十人ほどの子供たちは皆、古めかしい水着姿で、手には浮き輪や網、バケツを持っていた。


不思議に思った私は、彼らの後を追った。子供たちは、村人から「立ち入り禁止」と言われていた北側の浜辺へと向かっていた。


「あの、こんな時間にどこへ行くの?」と声をかけたが、子供たちは振り返りもせず歩き続けた。


やがて立ち入り禁止の浜辺に到着すると、子供たちは歓声を上げながら海へと走り出した。満月の光が波間を銀色に照らす中、子供たちは水しぶきを上げて遊び始めた。


その光景は一見穏やかだったが、何かが違和感を覚えた。波の音が聞こえないのだ。そして子供たちの足元を見ると、彼らは海水の上を歩いているようだった。


恐る恐る浜辺に足を踏み入れると、砂浜が妙に赤みがかって見えた。かがんで触れてみると、それは砂ではなく、無数の小さな貝殻の欠片だった。


「おにいさん、一緒に遊ぼう」


気づけば、一人の少女が私の前に立っていた。顔色の悪い少女は、片手に古ぼけた貝殻を握りしめていた。


「どうして皆さんはこんな夜中に海で遊んでるの?」と私が尋ねると、少女は首を傾げた。


「夜中じゃないよ。お昼だよ。今日は遠足の日なんだ」


不安を覚えながらも、私は少女に連れられて浜辺を進んでいった。遠くに灯台が見え、その下に何か大きな影があった。


近づいてみると、それは古い木造船だった。船体には「第三鶴丸」と書かれている。少女は嬉しそうに船を指さした。


「あれに乗って、みんなで遠足に行くの」


その時、私の足元から水が引いていくのを感じた。振り返ると、海が奇妙な形で引いていき、沖に向かって壁のようになっていた。津波だ。


「逃げなきゃ!」と叫んだが、子供たちは笑いながら船に乗り込んでいった。少女も私の手を振り払い、船へと走り出した。


「また来てね。私たちはいつもここで遊んでるから」


次の瞬間、巨大な波が私を飲み込んだ。


気がついたときには、村の診療所のベッドの上だった。村の漁師が早朝の漁の準備中に、浜に打ち上げられた私を発見したという。


「よく生きてたな。あの浜で助かったのは君が初めてだ」


老漁師は震える手で写真を見せてくれた。それは古びた白黒写真で、「第三鶴丸遠足記念」と書かれていた。写真には先生らしき人物と共に、二十人ほどの子供たちが写っていた。そして、前列の端に私が見た少女の姿があった。


「1933年、昭和三陸津波の日だ。村の小学生が遠足で船に乗った直後に津波が来た。全員が犠牲になった。それからというもの、毎年8月15日の夜になると、あの子たちは浜辺に現れて、一緒に遊ぶ人を船に誘うんだ」


診療所を出た後、私は教授に連絡を取った。教授は、「だから言っただろう」と絞り出すように言った後、ある事実を告げた。


「君の祖父は、あの遠足の引率教員だった。唯一の生存者だったが、罪悪感から自ら命を絶った。だから君を行かせるのを躊躇ったんだ」


それから数年が経った今でも、8月15日が近づくと、私の耳には波の音と子供たちの笑い声が聞こえてくる。そして夢の中で、あの少女が「もう一度来てね」と微笑みかけるのだ。


---


1933年3月3日に発生した昭和三陸地震津波は実際の災害です。この津波により、三陸沿岸の多くの村が壊滅的な被害を受け、死者・行方不明者は3,000人を超えました。特に岩手県の小さな漁村では、小学校の児童20名と教員2名が遠足中に津波に遭遇し、教員1名を除いて全員が命を落としたという悲劇が記録されています。現地では今でも、津波の来襲する夜に子供たちの笑い声が聞こえるという言い伝えがあり、地元の漁師たちは8月の満月の夜には海に出ないという風習が残っているといいます。船の名前や細かい状況は創作ですが、津波の犠牲となった子供たちの霊が現れるという目撃談は、被災地域で複数報告されています。

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