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怖い話  作者: 健二
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真夏の骨壺


福島県の山間部にある祖父の家に私が帰省したのは、うだるような暑さが続く八月上旬のことだった。祖父は前年に他界し、遺品整理のため、私は東京からこの田舎町を訪れていた。


祖父の家は古い日本家屋で、周囲を山に囲まれ、最寄りの民家まで徒歩で十五分ほどかかる。夕方に到着した私を迎えたのは、がらんとした家と庭に生い茂る草木だけだった。


「智也、よく来てくれたね」


玄関を開けると、父が疲れた表情で出迎えてくれた。父はすでに一週間ほど前から遺品整理を始めていたという。


「祖父の部屋から、いろいろ出てきてね。明日から手伝ってもらいたいんだ」


その夜、私は祖父が使っていた八畳間に布団を敷いて寝ることにした。真夏の夜だというのに、部屋は妙に冷えていた。


「この部屋だけ、なぜか冷えるんだよ。クーラーなしでも快適だ」と父は言ったが、私には不自然な冷たさに感じられた。


床に就いて間もなく、私は奇妙な音で目を覚ました。「カラカラ」という乾いた音が、部屋の押し入れから聞こえてくる。


「ネズミかな」と思いながらも、なぜか背筋が寒くなった。音は次第に大きくなり、何かが動いているような気配がした。


恐る恐る押し入れを開けると、そこには古びた骨壺が一つ置かれていた。父が言っていた祖父の遺品の一部だろうか。しかし、なぜ押し入れに?


骨壺に触れると、中から何かが動くような音がした。恐怖で固まる私の耳に、微かな囁き声が届いた。


「出してください…暑いんです…」


声は、若い女性のものだった。


震える手で骨壺の蓋を開けると、中には白い骨ではなく、黒く焦げた骨の欠片が入っていた。そして一瞬、その骨から煙が立ち上るように見えた。


恐怖に駆られた私は、父の寝ている部屋へと駆け込んだ。


「押し入れに骨壺が…声が聞こえて…」


眠そうな顔で起きた父は、私の話を聞くと、深いため息をついた。


「やっぱり出たか…実は、あれは祖父の遺骨ではないんだ」


父の話によれば、その骨壺は三十年以上前から祖父が保管していたものだという。中に入っているのは、若い女性の遺骨だった。


「昭和四十年代の終わり頃、この辺りで山火事があったんだ。その時、一人の女性が逃げ遅れて亡くなった。彼女は都会から来た写真家で、一人で山に入り、火の手に囲まれてしまったんだ」


遺体は激しく焼けており、身元を特定できなかったという。身寄りのない彼女の遺骨は、火災現場近くに住んでいた祖父が預かることになった。


「祖父は『彼女は火で亡くなったんだから、涼しく安らかに眠らせてやりたい』と言って、毎年夏になると特別に供養していたんだ」


しかし祖父の死後、その骨壺のことは忘れられていた。


「明日、きちんと供養しよう」


そう言って父は再び眠りについたが、私は眠れなかった。部屋に戻ると、骨壺は元の場所にあったが、なぜか蓋が開いていた。


「閉めたはずなのに…」


恐る恐る近づくと、骨壺の中から微かな熱気が立ち上っていた。そして再び、あの声が聞こえた。


「助けて…熱いんです…」


その夜、私は別の部屋で眠ることにした。しかし夢の中で、炎に包まれた山の中を走る女性の姿を見た。彼女は振り返り、私に向かって叫んだ。


「どうして見捨てるの?」


目が覚めると、全身が汗でびっしょりだった。窓の外はまだ暗く、時計は午前三時を指していた。


そのとき、廊下からカラカラという音が聞こえた。骨壺が動いているような音だった。恐怖で体が硬直する中、私の部屋の戸がゆっくりと開いた。


そこに立っていたのは、焦げた肌と髪を持つ若い女性だった。彼女の体からは、今にも炎が立ち上りそうな熱気を感じた。


「助けて…」


彼女は私に向かって両手を伸ばした。その手は黒く焦げ、皮膚が剥がれ落ちていた。


「火を…消して…」


恐怖で声も出ない私の前で、彼女の体から突然炎が立ち上った。部屋は一瞬で熱気に包まれ、彼女の悲鳴が響き渡った。


次の瞬間、父が駆け込んできて、私を部屋から引きずり出した。振り返ると、炎も女性の姿も消えていた。


翌朝、父と私は骨壺を持って地元の寺へと向かった。住職に事情を話し、きちんとした供養をしてもらうことにした。


「この骨壺、三十年以上も正式な供養をされていなかったのですか」


住職は眉をひそめながら、骨壺を開けた。しかし中は空だった。


「遺骨が…消えた?」


驚く私たちに、住職は静かに語りかけた。


「時々あることです。特に火災で亡くなった方の場合、夏の暑さで霊が不安定になることがあります。おそらく昨夜、彼女の魂は成仏したのでしょう」


その日の夕方、祖父の家に戻った私たちを驚かせたのは、突然の夕立だった。カラッと晴れていた空に、急に雲が広がり、激しい雨が降り始めた。


「おかしいな、天気予報では晴れのはずだったが…」


父がつぶやく中、私の鼻をかすかな香りが刺激した。それは焦げた木の匂いではなく、ほのかな花の香りだった。


その夜、私は祖父の部屋で眠ることができた。部屋はもう冷たくなく、夏の夜らしい温かさだった。


帰京の日、駅へ向かう途中、私はふと山の方を見上げた。そこに一瞬、若い女性が立っているように見えた。彼女は微笑み、小さく手を振っていた。


---


福島県の山間部で1970年代に実際に起きた山火事があります。1978年8月、記録的な猛暑と乾燥が続いた時期に発生したこの火災では、一人の女性写真家が命を落としました。


当時の新聞報道によれば、東京から来ていたその女性(当時26歳)は、山の風景を撮影中に突然の火災に遭遇し、逃げ場を失ったと推測されています。遺体は激しく焼けており、身元の特定は困難を極めましたが、現場に残されていたカメラバッグから身元が判明しました。


地元の古老の証言によれば、女性の遺骨は親族が現れるまでの間、火災現場に近い家の住人が預かることになりましたが、結局身寄りがなかったため、そのまま民家で保管されることになったといいます。


奇妙なことに、その遺骨を預かった家では、毎年夏になると特定の部屋だけが異常に冷え込み、「カラカラ」という音が聞こえるという現象が報告されています。2005年には、その家の住人が亡くなった後、遺品整理に訪れた親族が「焦げた女性の幽霊」を目撃したという話が地元で話題になりました。


さらに不思議なことに、その目撃があった夜、予報にない突然の夕立が地域一帯を襲い、長く続いた猛暑が一気に和らいだといいます。現在、その家があった場所には小さな祠が建てられ、毎年8月には地元の人々が花を手向け、「火消しの雨」を願う風習が残っています。

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