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怖い話  作者: 健二
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灯籠流しの夜に


真夏の暑さが少し和らいだ八月十五日、私は祖父の七回忌のために十年ぶりに故郷の島根県の漁村を訪れていた。東京での忙しい日々から解放され、久しぶりに聞く波の音に懐かしさを覚えながら、実家へと向かった。


「お帰り、航太。久しぶりね」


母の声は変わらなかったが、その背はずいぶん丸くなっていた。父は三年前に他界し、今は母一人がこの古い家に住んでいる。


「お盆の灯籠流し、今年も手伝ってくれるよね?」


母の言葉に、私は頷いた。子供の頃から続けてきた家族の伝統だ。


夕方になり、私たちは先祖の霊を送る灯籠を海へ流す準備を始めた。浜辺には既に多くの地元の人々が集まっていた。


「航太君、大きくなったねぇ」


振り返ると、かつての隣人・佐藤さんが立っていた。


「あの子も来てるよ。覚えてる? 美咲ちゃん」


その名前を聞いた瞬間、胸がキュッと締め付けられた。美咲。小学校の同級生で、初恋の相手だった。彼女の家族は私が中学に上がる直前、突然この村を離れた。


「え、美咲が? どこにいるんですか?」


佐藤さんは砂浜の向こう、岬の方を指さした。


「さっきまであそこにいたよ。白い浴衣を着てね」


灯籠を母に任せ、私は岬へと向かった。夕暮れの浜辺を歩く人々の中に、白い浴衣の後ろ姿を見つけた時、心臓が高鳴った。


「美咲さん?」


彼女はゆっくりと振り返った。十五年の歳月が流れていたが、その顔は私の記憶の中の美咲そのままだった。まるで時が止まったかのように。


「航太君...久しぶり」


声も覚えていた通りだった。


「東京から帰ってきたの?」彼女が尋ねる。


「うん、祖父の法要で。美咲こそ、いつ戻ってきたの? 家族はどうしてる?」


彼女は少し寂しそうに微笑んだ。


「私ね、ずっとここにいたんだよ」


夕闇が深まる中、私たちは幼い頃の思い出話に花を咲かせた。夏休みに二人で探検した洞窟のこと、花火大会で迷子になったこと、そして...彼女が突然姿を消す前の日のこと。


「あの日、航太君に言えなかったことがあるの」


彼女は私の目をまっすぐ見つめた。


「私、航太君のことが好きだった」


心が高鳴ると同時に、奇妙な違和感が胸をよぎった。


「美咲...君の家族は、どうして急にこの村を出たの?」


その瞬間、浜辺では灯籠流しが始まっていた。無数の灯りが海に浮かび、波に揺られている。


「知らないの?」彼女の声が変わった。「私、あの日...」


彼女の言葉が途切れた時、遠くから母の声が聞こえた。


「航太!そろそろ灯籠を流すわよ!」


美咲に「少し待っていて」と言い残し、母のもとへ戻った。灯籠に火を灯し、祖父の名前を書いた札を取り付け、海へと流した。


再び美咲のいた場所に戻ると、そこには誰もいなかった。岬まで行ってみたが、彼女の姿は見当たらない。


「美咲ちゃんなら、もう帰ったよ」通りかかった村の老人が言った。


「どこに住んでるか知りませんか?」と尋ねると、老人は不思議そうな顔をした。


「住んでる?美咲ちゃんは、ここには住んでないよ」


混乱する私に、老人は続けた。


「あの子は十五年前、お盆の灯籠流しの日に、あの岬から落ちて亡くなったんだ。知らなかったのかい?」


血の気が引く思いだった。


「でも、さっきまで話していたんです...」


老人は深くため息をついた。


「毎年この日になると、白い浴衣を着た美咲ちゃんが現れるという噂はあるよ。でも実際に会った人は...」


その夜、眠れぬまま私は母に尋ねた。美咲のことを。


母は長い沈黙の後、押し入れから古い新聞の切り抜きを取り出した。そこには「灯籠流しの日に中学生女子が岬から転落死」という見出しがあった。


「あなたに言えなかったの。あの子があなたを呼びに来ていたから...」


母の言葉に、冷たい汗が背中を伝った。


翌朝、私は岬に向かった。そこには小さな石碑があり、美咲の名前が刻まれていた。碑の前に置かれた花瓶には、新しい朝顔が活けられていた。


風が吹き、耳元で囁くような声が聞こえた。


「航太君...また来年」


---


1985年に島根県の小さな漁村で実際に起きた悲劇です。その年の盆の時期、13歳の少女が灯籠流しの後、岬から誤って転落し命を落としました。地元の新聞によれば、彼女は友人に「大切な話がある」と伝えた後、一人で岬に向かったとされています。


以来、毎年お盆の時期になると、白い浴衣を着た少女の姿が岬で目撃されるようになりました。特に彼女と近しい関係にあった人々の前に現れるという証言が複数残されています。地元では「未練の残った魂」として、今でも灯籠流しの際には彼女の名前を書いた灯籠も一緒に流す習慣があるそうです。


2010年には地元の高校生たちが彼女の石碑を建立し、毎年8月15日には朝顔の花が誰かの手によって供えられています。花言葉は「束の間の愛」。村の古老たちは「言い残した思いがあるから帰ってくるんだ」と語り継いでいます。

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