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怖い話  作者: 健二
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夏の峠道


大学の夏休みを利用して、私は祖父母の住む静岡県の山村を訪れていた。都会の喧騒を離れ、緑深い山々に囲まれた静かな村で過ごす時間は、いつも心を落ち着かせてくれる。


祖父は今年で八十五歳になるが、まだ元気に自分の畑を耕している。夕食時、祖父は私に尋ねた。


「明日、隣町の祭りに行くかい?車で送ってやるよ」


「ありがとう。でも自転車で行こうかな。運動不足だし」


祖父の顔色が変わった。


「自転車?あの峠を越えるのか?」


「うん、高校の時によく通った道だよ」


祖父は深いため息をつき、母に目配せした。


「あの峠は昼間だけにしなさい。絶対に日が暮れてからは帰らないように」


翌朝、私は祖父の忠告を軽く受け流し、自転車で隣町へと向かった。二つの山村を隔てる峠道は、車が一台やっと通れるほどの細い道で、両側は深い森に覆われている。夏の日差しが木々の間から漏れ、蝉の声が響く中、私は気持ちよく坂を上っていった。


祭りは予想以上に賑わっていた。屋台を巡り、旧友と再会し、すっかり時間を忘れてしまった。気がつけば午後六時を回っていた。


「やばい、帰らなきゃ」


急いで自転車に飛び乗った私は、すでに西に傾きかけた太陽を見て焦りを感じた。峠を越える頃には、きっと日が沈んでしまう。


予感は的中した。峠の中腹に差し掛かった頃、周囲はすっかり薄暗くなっていた。森の中は昼間よりも涼しく、時折吹く風が首筋を冷やす。


その時だった。前方から、自転車のベルの音が聞こえてきた。カランカランと、規則正しく鳴り響く音。しかし、道は狭く、対向車線もない。どこで擦れ違うのだろうかと思いながら、私はスピードを緩めた。


カーブを曲がると、白い服を着た少年が自転車に乗って近づいてきた。十三、四歳くらいだろうか。夕暮れの中、不自然なほど白く見える半袖シャツと短パン。少年は無表情で、一定のリズムでベルを鳴らし続けている。


「こんにちは」と声をかけたが、少年は黙ったまま私の脇を通り過ぎた。振り返ると、少年の姿はもうなかった。不思議に思いながらも、私は峠を上り続けた。


峠の頂上近くで、ふいに自転車のチェーンが外れた。「ついてないな」とつぶやきながら修理していると、再びカランカランという音が聞こえてきた。さっきの少年だろうか。


しかし現れたのは、今度は白い服の少女だった。同じように無表情で、同じようにベルを鳴らしながら、私の前を通り過ぎていく。


「待って!どこから来たの?」


少女は振り返らず、闇の中に消えていった。背筋に冷たいものが走った。


急いでチェーンを直し、峠を下り始めた私は、ヘッドライトを頼りに暗い道を進んだ。すると前方に、複数の自転車のライトが見えた。カランカランという音が、今度は何重にも重なって聞こえてくる。


恐怖で足がすくみ、道端に自転車を止めた。ライトが近づいてくる。三台、四台...次々と白い服を着た子供たちが現れる。皆、同じ表情で、同じリズムでベルを鳴らしている。


「あなたも一緒に来るの?」


一番前の少女が初めて口を開いた。声は風のように冷たい。


その瞬間、遠くからエンジン音が聞こえ、車のヘッドライトが闇を切り裂いた。子供たちは一斉に森の中へと消えていった。


車から降りてきたのは祖父だった。


「やっぱりまだ帰ってないと思って...」


震える私を車に乗せ、祖父は黙って家路についた。しばらくして、祖父が静かに語り始めた。


「四十年前、この峠で遠足の帰りの子供たちが事故に遭ったんだ。学校の自転車遠足で、隣町の祭りに行った帰り道、トラックが暴走して...十二人の子供が亡くなった」


祖父の言葉に、背筋が凍る思いだった。


「それ以来、夏の夕暮れ時、この峠ではベルの音が聞こえるという噂があってな。見た者もいるという。白い服を着た子供たちが、永遠に帰れぬ家を目指して自転車をこぐ姿を」


家に着くと、祖母が門で待っていた。私の顔色を見て、何も言わずに抱きしめてくれた。


その夜、窓の外から微かにカランカランという音が聞こえた気がした。カーテンを開けると、月明かりの下、白い姿が村の外れへと続く列を作っていた。


朝になって祖父に聞くと、「あの子たちは誰かを道連れにしようとしているわけじゃない」と言った。「ただ、自分たちと同じ思いをする人が出ないよう、警告しているんだ」


---


1974年7月に静岡県の山間部で実際に起きた「白い自転車列事故」と呼ばれる悲劇です。当時の新聞報道によれば、小学校の自転車遠足で隣町の夏祭りを訪れた児童たちが、帰路の峠道でブレーキの効かなくなったトラックに次々とはねられ、11名の児童と1名の教師が犠牲になりました。


事故現場となった峠道は「白石峠」と呼ばれ、事故以降、特に夏の夕暮れ時になると、自転車のベルの音や子供たちの話し声が聞こえるという目撃証言が相次ぎました。1980年代には地元のタクシー運転手が「白い服を着た子供たちの列が道路を横切るのを見た」と証言し、地元紙で取り上げられたこともあります。


峠の入り口には現在も小さな慰霊碑が立てられており、毎年7月28日の事故の日には地元の学校関係者や遺族が集まって供養が行われています。地元の小学校では今でも自転車安全教室の際に、この事故のことが語り継がれているそうです。


不思議なことに、この峠では事故以降、夏場の夕方以降の交通事故が激減したといいます。地元の古老たちは「あの子たちが守ってくれている」と信じています。2015年に地元テレビ局が心霊スポット特集で取材した際には、撮影した映像に複数の白い光の軌跡が映り込み、話題になりました。専門家による分析でも「通常の反射や埃ではない動きをしている」と結論づけられています。


現在でも地元の人々は「白石峠は日が暮れる前に通過するもの」という暗黙のルールを守っているそうです。

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