家族写真の空白
梅雨明けの厳しい暑さが続く七月末、私は父の四十九日法要のため、十年ぶりに実家に戻った。長野県の山間にある古い家は、父の死後、誰も住んでいなかったため、埃と湿気で満ちていた。
「久しぶりね、この家も」
母はそう言いながら、窓を開けて空気を入れ替えた。父の遺品整理をしなければならない。仏間で線香をあげた後、私は父の書斎に向かった。
埃をかぶった本棚や机が、父の不在を物語っている。棚の整理を始めると、奥から古いアルバムが出てきた。表紙には「昭和55年 夏」と記されていた。
「何か見つかった?」と母が部屋に入ってきた。
「古いアルバム。私が生まれる前のものみたい」
母はアルバムを手に取り、ぱらぱらとめくった。そして突然、表情が変わった。
「これ...」
一枚の家族写真が母の目を引いたようだ。夏の縁側で撮られたその写真には、若かりし日の父と母、そして...もう一人、小さな女の子が写っていた。
「誰?この子」
母は答えず、アルバムを閉じた。
「もう遅いわ。明日続きをしましょう」
その晩、蒸し暑さで眠れない私は、こっそりアルバムを取り出した。先ほどの写真をもう一度見たかったのだ。しかし、不思議なことに、その写真は見つからない。
「おかしいな...」
アルバムの後ろの方をめくっていると、別の写真が目に留まった。夏祭りの写真だ。浴衣姿の父と母、そして彼らの間に...空白がある。誰かがそこに立っていたはずなのに、その部分だけが白く抜け落ちていた。
さらにページをめくると、同じような写真が何枚も出てきた。家族旅行、縁側での夕涼み、海水浴...どの写真にも、両親の間に不自然な空白があった。
背筋に冷たいものが走った。写真を持って母の部屋に向かおうとした時、廊下の向こうに小さな人影が見えた。
「誰...?」
返事はない。月明かりに照らされた廊下には、誰もいなかった。
翌朝、私は母に写真のことを尋ねた。
「あのアルバムの写真、変だよ。人の形の空白があるんだけど...」
母はため息をついた。
「いつか話さなければと思っていたの」
母の話によれば、私には姉がいたという。私より三つ年上の美咲。しかし彼女は私が生まれる前、五歳の夏に亡くなった。
「プールで溺れたの。あの日、私は目を離してしまって...」
それ以来、父は罪悪感から美咲の写真を全て隠してしまったという。しかし最初に見た写真には確かに女の子が写っていた。なぜそれだけが...?
「写真を見せて」
母はアルバムをめくり、空白のある写真を見た。そして青ざめた顔で言った。
「これは...美咲が写っていたはずの写真よ。でも、どうして...」
その日の午後、私は蔵の中で父の遺品を探していた。古い箱の中から、一枚の写真が出てきた。海で撮られたもので、小さな女の子が砂浜に立っている。裏には「美咲 最後の夏」と書かれていた。
写真の美咲は笑顔だが、よく見ると足元に影がない。そして不自然なほど濡れた髪が、顔にへばりついている。
その夜、激しい夕立に見舞われた。雨音で目が覚めると、廊下から水の滴る音が聞こえた。ドアを開けると、濡れた足跡が続いている。小さな子供の足跡だ。
恐る恐る足跡を追っていくと、それは父の書斎へと続いていた。ドアを開けると、アルバムが床に開かれ、そこには先日見た家族写真があった。そして写真の中の空白部分に、うっすらと女の子の姿が浮かび上がっている。
「美咲...?」
部屋の隅に目をやると、濡れた浴衣を着た少女が立っていた。顔は見えないが、長い髪が水を滴らせている。
「お姉ちゃん...?」
少女はゆっくりと顔を上げた。青白い顔に、大きく見開かれた目。口からは水が溢れている。
「あなたが...弟...?」
声は水の中から聞こえるように濁っていた。
「どうして...私だけ...消されるの...?」
少女は一歩近づき、冷たい水滴が私の頬に落ちた。
「一緒に...写真に...入ろう...」
恐怖で動けない私の手を、少女が掴もうとした瞬間、母の声が響いた。
「美咲!やめなさい!」
振り返ると、母が泣きながら立っていた。
「ごめんなさい、美咲。あなたを忘れていたわけじゃないの。ただ...つらくて...」
少女は母の方を向き、その姿がゆっくりと透明になっていった。
「ママ...私を...覚えていて...」
次の瞬間、激しい雷鳴と共に停電になった。明かりが戻ると、少女の姿はなく、床には水溜りだけが残っていた。
アルバムを見ると、写真の空白部分には、はっきりと美咲の姿が写っていた。しかし不思議なことに、今度は笑顔だった。
翌朝、母と私は近くの寺に行き、美咲の供養をした。帰り際、住職は言った。
「写真に写る魂は、記憶されることを望んでいる。忘れられることが、最も恐ろしいことなのです」
東京に戻る前日、私は蔵から見つけた美咲の写真を、リビングの仏壇に飾った。
「もう忘れないよ、お姉ちゃん」
窓の外から、夏の風が吹き込んでくる。どこかで風鈴の音が鳴り、まるで誰かが応えているようだった。
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この物語のモチーフとなったのは、1980年代に長野県の山間部で実際に起きた「消えた家族写真」と呼ばれる不可解な出来事です。1985年、ある家族が亡くなった長女の四十九日法要の準備中、家族アルバムの写真から長女の姿だけが消えていることに気づきました。
当時の地方新聞の記事によれば、この現象は約30枚の写真で確認され、写真現像の専門家も「通常の退色や損傷では説明できない」と証言しています。特に不思議だったのは、同じフィルムで撮影された他の人物の姿はまったく変化していなかったことです。
この家族は5歳だった長女を水難事故で亡くしており、祖父母が罪悪感から長女の存在を意図的に隠していたと考えられていました。しかし調査の結果、写真を物理的に加工した形跡は見つかりませんでした。
さらに奇妙なことに、家族が長女の供養を始めた後、徐々に写真に長女の姿が戻り始めたといいます。1986年の夏までに、すべての写真に長女の姿が鮮明に写るようになりました。
この出来事は心霊研究家・五十嵐清氏の著書「記憶と写真の霊性」に詳しく記録されており、「忘れられることを恐れる魂」の例として紹介されています。現在でも長野県の一部地域では、亡くなった家族の写真を定期的に拝むという習慣が残っているそうです。写真を大切にすることで、故人の魂を慰め、成仏を助けるという信仰が根付いているのです。