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怖い話  作者: 健二
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御霊祭の来訪者


七月の終わり、私は民俗学の研究資料を集めるため、鳥取県の山奥にある小さな村を訪れていた。この村では毎年、「御霊鎮め」と呼ばれる珍しい夏祭りが行われると聞き、学術的好奇心から足を運んだのだ。


村に着くと、既に祭りの準備が始まっていた。赤い鳥居をくぐると、参道の両側には提灯が並び、夕暮れ時にはそれらが一斉に灯される。山の中にぽつんとある小さな集落だが、この日ばかりは活気に満ちていた。


宿に荷物を置き、村の古老・田中さんを訪ねた。八十を過ぎた彼は、この祭りについて詳しく知っているという。


「御霊鎮めは、三百年以上続く祭りでね」


田中さんは茶を啜りながら語り始めた。


「江戸時代、この村に疫病が流行った時、多くの犠牲者が出たんだよ。特に若い女性がね。村人は疫病神を鎮めるため、この祭りを始めたと言われている」


祭りの中心となるのは、夜に行われる「送り火」の儀式だという。村の若者たちが松明を手に、神社から山道を通って川まで行列をなす。そして川に松明を流し、災いを運び去ってもらうのだ。


「今夜、見学させてもらえますか?」


「ああ、もちろん。でも、一つだけ約束してほしい」


田中さんは急に真剣な表情になった。


「祭りの間、決して振り返ってはいけない。後ろから誰かが呼んでも、絶対に振り返ってはならんよ」


私は軽く頷いたが、その言葉の真意を理解できなかった。


夜になり、村は幻想的な雰囲気に包まれた。神社では赤い装束を着た神主が祝詞を上げ、若者たちが松明に火を灯す。


「始まるぞ」


行列が動き出した。最前列に神主、続いて松明を持った若者たち、そして村人たち。私も後方に加わった。


山道を下りながら、私は周囲の様子を観察していた。松明の明かりに照らされた木々の影が揺らめき、どこからともなく鈴の音が聞こえてくる。


その時だった。背後から、かすかな女性の声が聞こえた。


「待って...」


振り返りかけた私の肩を、誰かが強く掴んだ。田中さんだった。


「言っただろう。振り返ってはいけないと」


彼の顔は青ざめ、額には冷や汗が浮かんでいる。


「でも、誰かが...」


「祭りの夜は、普段いない『何か』がこの村に戻ってくるんだ」


田中さんの声は震えていた。


行列は続き、私たちは山を下って川辺に到着した。そこで若者たちは松明を川に流し、神主が最後の祝詞を唱えた。


儀式が終わり、村人たちは三々五々と帰路についた。私も田中さんと共に村へと戻る道を歩き始めた。


「あの声は...」と私が尋ねかけると、田中さんは口に指を当てた。


「まだ終わっていない。神社に着くまでは何も言わず、振り返らないように」


山道を上りながら、次第に周囲が静かになっていくのを感じた。虫の声も聞こえなくなり、不自然な静けさが支配している。


そして再び、背後から声が聞こえた。今度ははっきりと。


「私を置いていかないで...」


女性の声だけでなく、足音も聞こえる。誰かが私たちの後をついてきているのだ。


「田中さん、後ろに...」


「無視しろ。もうすぐ神社だ」


しかし足音はどんどん近づいてくる。そして冷たい指が私の肩に触れた。


恐怖で思わず振り返った私の目に映ったのは、白い着物を着た若い女性の姿だった。月明かりに照らされたその顔には、かつての美しさの名残があったが、目は虚ろで、首筋には不自然な痣が広がっていた。


「あなたも...私と一緒に...」


女性は腕を伸ばしてきた。


田中さんが叫ぶ。「走れ!神社まで走るんだ!」


私たちは全力で駆け出した。背後から女性の泣き声が聞こえる。振り返ると、白い姿が複数になっていた。一人ではない。十人、いや、それ以上の白い姿が私たちを追ってくる。


やっとの思いで鳥居をくぐると、不思議なことに追ってきた気配は消えた。神社の境内に入った私たちを出迎えたのは、村の長老たちだった。


「見てしまったな...」


長老の一人が言った。田中さんは謝罪するように頭を下げた。


「若い衆を連れてきたのが間違いでした」


長老は私に向かって説明した。


「御霊鎮めの本当の目的は、疫病で亡くなった魂を鎮めることじゃ。彼らは毎年この日だけ、村に帰ってくる。特に若い命を好むという」


その夜、宿に戻った私は高熱に襲われた。村医者が呼ばれ、お祓いのような儀式が行われた。翌朝には熱は下がったが、医者は言った。


「あなたは『見てしまった』。もう二度とこの祭りには来ないことだ」


帰京後、資料を調べてみると、この村では昔から夏になると原因不明の熱病が流行り、特に若い女性に犠牲者が多かったという記録が見つかった。そして御霊鎮めの祭りが始まってから、それが収まったとされている。


しかし、不思議なことに、それ以降も私は毎年七月末になると高熱に見舞われるようになった。そして夢の中で、白い着物の女性たちが私を招くのだ。


「来年は...あなたも一緒に...」


---


鳥取県の山間部で今も続けられている「御霊送り」と呼ばれる特異な夏祭りです。地元の歴史資料によれば、この祭りは1720年代(享保年間)に流行した疫病をきっかけに始まったとされています。


特筆すべきは、1955年に地元の医師・田原正博氏が記録した「御霊送りの夜の異変」という報告です。この中で田原医師は、祭りの夜に山道で複数の白装束の人影を目撃したこと、そして翌日から原因不明の高熱に苦しめられたことを詳細に記しています。


地元の古文書には「御霊送りの行列には、生者と死者が混じる」という不可解な記述も残されており、民俗学者の間では「生きている参加者の後ろに、死者の霊が続く」という解釈がなされています。


実際、この地域では1990年代まで、祭りの後に村外から来た見物客が体調を崩すケースが複数報告されています。2005年には、東京の大学生グループが祭りを撮影中、カメラに映り込んだ謎の白い影が話題になりました。画像分析の結果、「通常の光の反射や埃では説明できない現象」と専門家は結論づけています。


現在でも祭りの参加者には「決して振り返らないこと」「村外の若者を連れてこないこと」という厳格なルールが課されており、特に女性の参加は制限されているそうです。地元の言い伝えでは「振り返った者は翌年までに迎えに来られる」とされています。

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