後編 ルンガ沖の栄光
当初は前後編にする予定でしたが、思いのほか長くなってしまったので前中後編としました。
「了解、左魚雷戦!面舵!」
「魚雷戦用意!」
「ヨーソロー!おもーかじー!」
号令に合わせ、「竹」以下11隻の艦首が右に振られる。被弾し炎上する「松」も何とか追従する。
主砲も敵巡洋艦隊に向けられる。しかし、命中弾はなかった。
「煙幕展開!」
さらに煙幕が張られる。被弾を最小限にとどめるための処置であったが、その展開には時間がかかった。
煙幕が展開する前に敵弾が飛来する。当たるなよ——全員がそう願った。
しかし、現実は非情である。水柱とともに巨大な炎が上がり、轟音が鳴り響いた。見張り員が悲鳴をあげる。
「『松』轟沈!」
魚雷か、主砲弾薬庫か。そのどちらかが誘爆し、基準排水量1,260トンの船体は211名の乗組員もろとも吹き飛んだ。魚雷発射目前でのことだった。
そして21時32分、その時は訪れた。
「全艦、魚雷発射始め!」
「松」轟沈から十数秒後、「竹」以下10隻が魚雷を発射する。必殺の酸素魚雷が44本、「松」の無念を晴らすかのように敵巡洋艦隊に向かって突進する。
「全艦、離脱急げ!」
「面舵一杯、急げ!」
魚雷を打ち尽くした駆逐艦は巡洋艦にはかなわない。急いで離脱を試みるも、敵弾は降り注ぐ。
「総員、衝撃に備え!」
「弾着、今!」
艦橋に居る全員が身構えたその瞬間、艦橋の真横に倍近くある水柱ができ、同時に後方より突き上げるような衝撃が襲った。さらに、後続艦の艦上に閃光が走る。
「被害報告!」
「艦後部に至近弾、舵故障!」
「見張りより艦橋へ、後続艦に直撃弾!」
敵8インチ砲弾は「竹」に直撃こそしなかったものの、艦尾付近に着弾、舵を吹き飛ばしてしまった。
また、後続艦の一隻——駆逐艦「桑」の艦中央部に8インチ砲弾が直撃、舷側に大穴が空き急速に右舷へと傾いていく。
さらに、敵弾が七水戦を襲う。今度は「桃」の二番煙突が吹き飛ばされ、「樅」の艦橋が潰され、「楢」も艦尾に直撃弾を受ける。
しかし、七水戦への攻撃は収まった。敵艦隊——TF67が己に忍び寄る危険に気が付いたからだ。
「砲撃止め!回避行動、面舵!」
TF67が七水戦の魚雷発射に気づいたのは1分32秒後、1分で約1,500メートル進む酸素魚雷を前に、これは迂闊としか言いようがなかった。
「左舷より推進音!」
「サーチライト照射、航跡を探せ!」
艦長が声を張り上げる。サーチライトによって照らされた海面を見張り員や機銃手は海面を血眼になって見つめた。しかし……
「航跡、ありません!」
「なっ、バカな!よく探さんか!」
「ないものはありません!」
日本海軍の秘密兵器「酸素魚雷」、その最大の特徴は航跡が目立ちにくいことである。昼間でも航跡の視認は困難、夜間であればなおさらである。
米海軍は酸素魚雷の存在とそのカラクリについて、察知していなかった。もっとも、知っていたとしても回避できるかはわからないが……
「ミネアポリス」CICでライト少将は茫然としていた。まさか駆逐艦隊、それもマツクラスに我が巡洋艦隊が翻弄されるとは——そう言いたげだった。
21時36分、破局が訪れる。「ミネアポリス」艦首に巨大な水柱が立ち昇った。
最初に被雷したのは「ミネアポリス」だった。艦前部に2本の魚雷を受けた彼女は、艦首が引きちぎられ流れ込んだ大量の海水によって艦全体が前に傾いた。これだけの損害を受けるも、沈没は免れ帰還に成功している。米海軍の優れたダメージコントロールの賜物であった。
二番艦の「ニューオリンズ」には艦の前後に2本の魚雷が命中した。このうち、前部の1本が一番主砲の弾薬庫を誘爆させ、「ミネアポリス」同様艦首を引きちぎった。「ミネアポリス」と違い後方にも被雷した「ニューオリンズ」はダメコンが追い付かず、総員退艦命令が発せられた。その後、22時30分ごろに横転、艦尾を上に沈んでいった。
「ホノルル」にも魚雷は迫った。しかし、信管の調整ミスにより魚雷は早爆、損傷を受けることなく海戦を終えた。
「ノーザンプトン」は不幸であった。左舷に3本もの魚雷を受けた彼女は急速に傾斜し、退艦命令を発する間もなく転覆してしまった。
後衛の駆逐艦も無事ではなかった。マハン級駆逐艦の四番艦「ラムソン」は艦中央部に被雷、船体が真っ二つになり轟沈した。
この海戦で米海軍は重巡洋艦2隻、駆逐艦1隻沈没、重巡1隻大破の大損害を被った。第67任務部隊はここに壊滅したのである。
22時38分
「本艦はこれまでです。司令部は『杉』に移乗願います」
駆逐艦「竹」の姿はガダルカナル島北岸、より正確にはルンガ岬より西に100メートルほど進んだ所にあった。舵を破壊された「竹」は、ガダルカナル島に意図的に座礁し、救助を待っていたのだ。
ここからさらに数百メートル進んだ先では、輸送船が揚陸作業を始めている。第七水雷戦隊は揚陸部隊を守り切ったのだ。
「ありがとう、君も無事に戻ってくるように」
「竹」駆逐艦長に対し、梶岡司令はこう返した。皆、どこか晴れやかな顔をしている。それは、作戦を成功させたからだろうか、それとも「雑木林」で敵巡洋艦隊に勝利を収めたからか。
移乗の準備を始める七水戦司令部を見守りながら、「竹」駆逐艦長は思う。
(この艦はどうなるのだろう)
すでに第四十三駆逐隊の僚艦「梅」が横付けし、曳航準備を始めている。しかし、無事に帰れるかはわからなかった。
彼らはまだ知らない。「竹」が無事に本土まで戻れることを。そして、新たな伝説を創ることを……
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。「貧者の水雷戦隊」はここで完結です。
最後になんか続きそうなことを書きましたが、これでおしまいです。(気が向いたら世界観を共有した短編を書くかもしれません)
それでは、また次の作品で。




