中編 闇夜の激突
戦況概略図を付けてみました。
ルンガ沖夜戦 概略図
同日 21時18分
「敵艦隊、転舵。本艦に向け接近中」
重巡「ミネアポリス」CIC(戦闘指揮所)に緊張が走る。
「気づかれたか」
第67任務部隊(TF67)司令カールトン・ライト少将はつぶやいた。続いて、参謀長が口を開く。
「敵艦種知らせ」
「敵は駆逐艦4、後方にも複数の艦影あり」
「レーダーによると、敵は10以上、いずれも小型艦です」
見張り員とレーダー員が答える。報告が本当なら、敵は日本の水雷戦隊だ。
第67任務部隊 司令官:カールトン・ライト少将
【重巡洋艦】「ミネアポリス」「ニューオリンズ」「ノーザンプトン」
【軽巡洋艦】「ホノルル」
【駆逐艦】6隻
こちらは重巡3、軽巡1、駆逐6、と戦力では圧倒している。しかし、日本海軍の駆逐艦の雷装は強力であり、思わぬ損害を受けるかもしれない。また、「ノーザンプトン」は第三次ソロモン沖海戦で損傷し、射撃管制装置に異常をきたしている。なお、同海戦では重巡「ペンサコーラ」が航空魚雷2本を受け、真珠湾へ後退を余儀なくされていた。
「昼間の偵察によりますと、敵駆逐艦は『マツクラス』と思われます」
情報参謀の言葉に作戦参謀は失笑した。
「例の『貧者の駆逐艦』ですか、あのような艦など我がTF67の敵ではありませんぞ」
松型駆逐艦の存在についてアメリカ海軍が察知したのは1942年6月、輸送船団の護衛に見慣れぬ駆逐艦が混ざっている、と潜水艦隊が報告を上げたときである。
その後、ソロモン諸島の戦いにおいて件の駆逐艦がソロモン・ニューギニア方面で目撃されるようになった。この時点で、松型駆逐艦は南東方面への輸送任務に駆り出されていたのだ。
偵察と諜報によって得た情報に基づいた分析によると「マツクラス」は大きさは1,000トン前後、武装は主砲が2基に魚雷発射管が1基。従来の日本海軍の駆逐艦と比べると見ずぼらしく見えた。
日本人はこんな貧弱な駆逐艦をも投入しないといけないほど追い詰められている——そのような言説がまことしやかにささやかれ、一部の軍人の間では「マツクラス」を「貧者の駆逐艦」などと呼んでいた。
何を躊躇しているのですか、怖気つく必要などありませんぞ——作戦参謀は暗にそう主張していた。少しの思案ののち、ライトは決断を下した。
「よろしい。全艦、戦闘用意。前衛の駆逐艦は攻撃を開始せよ」
「星弾発射!」
「ミネアポリス」艦長の指示のもと星弾(日本では照明弾と呼称)が発射される。少しすると、周囲は眩い光に包まれた。闇は払われ、艦影がくっきりと浮かぶ。
「主砲、射撃用意」
続いて、艦前部に配置されている8インチ三連装砲2基が左舷前方に向けられる。砲術長が射撃開始の号令を待つ間、レーダー員が敵の位置を報告する。
「敵艦隊、島影に隠れます」
「まずいな」
参謀長が顔をしかめる。日本艦隊は島を背に反航戦を仕掛けるつもりだ。
米海軍はレーダーを実用化していたが、その性能は我々が想像するほど良くはない。特に、島影に隠れられてしまうと目標の探知は困難であった。どこまでやれるか。
「しかし、やむを得んだろう。全艦、射撃開始」
「敵さん、相当焦っているようだ。ずいぶんと狙いが甘い」
七水戦旗艦「竹」艦橋で梶岡定道少将はにやりと笑う。確かに、敵艦隊からの砲撃は見当違いの方向に飛んでいく。敵の見張り員と電探を惑わすために、島を背にしたことが功を奏したか。
「敵艦、距離80(8,000メートル)!」
「こちらも仕掛けるぞ。全艦、左砲戦始め!」
号令とともに「竹」の主砲たる八九式12.7センチ高角砲3門(連装1基、単装1基)が火を噴く。後続する「松」以下11隻も一斉に咆哮した。
「弾着、今!」
「全弾、遠!修正急げ!」
敵の照明弾によって明るく照らされているとはいえ、こちらの砲撃もそうそう当たらない。松型駆逐艦に電探はない。探照灯で照らすという選択肢はあったが、得策とは言えないだろう。探照灯を点けるということは、敵に恰好の標的を与えるようなものだったからだ。
しかし、先に命中弾をだしたのは日本側だった。TF67の各艦が空振りを繰り返す間、七水戦は前衛の駆逐艦1隻に命中弾を出したのだ。
闇夜に敵艦の炎が浮かぶ。月光のない状態においてこれは最良の光源となった。
「砲術、よくやった!」
勢いづく七水戦司令部。さらに後方を行く敵二番艦に命中弾を出す。
しかし、後方より眩い閃光が走り、爆音が響いた。
「『松』被弾、炎上中!!」
「ホノルル」が放った6インチ砲弾が直撃、「松」艦後部の機銃座を薙ぎ払い、火災を発生させた。
「敵二番艦に命中弾!」
見張り員の報告に歓声を上げる者はいない。「ミネアポリス」以下10隻はすでに五回も空振りをしている。夜戦だとはいえ、この命中率は見るに堪えないものだった。
前衛の駆逐艦部隊はもっとひどかった。攻撃は砲弾を海いばらまくだけであり、それどころか2隻が敵弾の直撃を喰らい、炎上している。
「レーダーはだめだ!光学照準だけでやれ!」
さしたる戦果を挙げることにないレーダー射撃に見切りをつけた司令部は、光学照準による旧来の射撃によって決着をつけようとする。しかし……
「だめです!目標が見えませーん!」
ここで星弾を使ったことが仇となった。近距離で使ったばっかりに、見張り員や砲術員の目をくらませてしまったのだ。
その間にも、日本の水雷戦隊は着実に近づいてくる。もうすぐ魚雷発射態勢に入るだろう。
「ええい、砲術は何をやっとる!」
作戦参謀が怒鳴り声をあげる。戦闘前の余裕はとうに消え去っていた。
そこでようやく、砲術長が朗報をあげた。
「敵一番艦に命中!」
「二番砲塔に被弾!」
「機関長より艦橋、第二機械室にて火災発生!出しうる速力20ノット!」
敵弾を受けた「竹」、その後方からは爆炎が立ち昇る。
8インチ砲弾は後部の12.7センチ連装高角砲を直撃、砲塔を瞬時にスクラップへと変えた。さらに、砲弾と船体の断片が第二機械室を襲い、機関科員を殺傷する。
しかし、「竹」が航行能力を失うことはなかった。
松型駆逐艦の機関配置は、機関を前後二つに分けて缶室と機械室を交互に配置する所謂「シフト配置方式」である。一部が破壊ないし機能停止に陥っても、航行能力を保持できる。急造品故、お世辞にも良いとは言えない工作精度で下がってしまう生存性を補うための工夫であった。
「見張り、彼我の距離は?」
「現在、距離50!」
5,000メートル、必中を期すには少し遠いがこれ以上接近するのも限界だ。梶岡司令は決断する。
「左魚雷戦用意。艦長、少し早いが魚雷発射だ」




