第4話 新たな日々の始まり②
「嶋崎センセー、今日はいつも以上に張り切ってたねぇ…」
赤城が2つのお団子と疲れ果てた顔で言う。
冬の部活終わりの街灯が薄暗い田舎道、俺と寿一と赤城は揃って帰る。今までは吹奏楽部終わりの香奈と一緒に帰っていたが、もうそんなことは2度とないだろう。
「そういえば珍しいね、星川が一緒に帰るなんて。愛しの香奈ちゃんはどうしたの?」
うぐ…香奈という名前に反応してしまう。というかこの感じ、浮気の話をまだ知らないようだな…
「赤城、お前は知らないかもしれんが、その話は今はやめてあげな」
寿一がフォローに入った。
香奈と付き合う前、高校1年の初夏までの僅かな時間だけ香奈も含めて4人で帰っていた。寿一は中学から香奈と関わりがあったが、赤城は別の中学だったため香奈と関わりは無かった。だが、なんだかんだ仲良くなっていた。あの頃の帰り道は遠い記憶だけど心地よかった。もう戻らない話だ。
「ふーん…まあ、いいけどさ。今月末にどこかでご飯食べない?ほら、今年もお疲れ様、って感じでさ〜」
「おっ!良いねえ〜ラーメン屋でも行くか?」
寿一がいつも通りラーメン屋に行きたがった。
「まーたラーメン?もっと別のところ行こうよ〜」
赤城は少し不満な顔をした。主に俺と寿一のせいで、柔道部のメンツだけでどこかの飯屋に行く時はいつもラーメンになっている。
「確かにそろそろ俺も他の店に行きたいな。焼肉とか」
「いいね〜そうしようか。あっ、もうこんなところか、じゃあみんなまた来週〜!」
俺たちは赤城が別れる場所までいつの間にか歩いており、赤城は俺たちに手を振って交差点を右に進んだ。俺と寿一は直進する。
それからというもの、ずっとくだらない話をして田舎道を抜け、あの踏切に差し掛かる。
「じゃあな翔、また来週な〜」
「おう、またな!」
寿一と別れる。明日の土曜は珍しく練習がない。だから次に会う時は来週になる訳だ。
踏切の先の狭い路地の分岐点で別れた俺は1人で家路を辿る。香奈がいない帰り道は全く寂しいものではなく、むしろ俺は気が楽になっていた。
それにしても、今週は疲れた。人生で1番長い1週間になるのかもしれない。
ここを新たなスタート地点として頑張っていこう。
——そう自分に言い聞かせていると、ふと背後にゾワっとする気配を感じた。
「っ!」
危険を感じた俺が後ろを振り向くと、暗闇の路地の中にある黄色い2つの目。黒猫のようだった。俺が振り向くとサッと逃げていった。
「なんだ…ただの野良猫か…」
一体何に怯えているんだ俺は。猫が人になったところを見たから、あの黒猫を人だと誤認したのか?疲れて感覚がおかしくなったのか?今日はゆっくり休もうっと。
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それから疲れでトボトボと歩き、しばらくして家に着いた。いつも通り玄関の鍵を開けて中に入ると…
「ご主人さまぁぁぁ!おかえりなさぁぁぁい!」
待ってました!と言わんばかりの声とともに目の前に大きく広がるシロネコが飛び込んでくる光景。
「うおっ!」
抱きっ!ぎゅー!!
真っ先に俺の胸筋に飛び込んで顔をうずめ、ぎゅーっと俺を抱きしめている。その顔を見ようと下を見ると頭の上で猫耳がぴょこん、ぴょこん、と嬉しそうに動き、甘いシャンプーの香りがする。
「すぅぅぅぅぅ…はぁ…ごしゅじんさまの匂い…たっぷり…にゃ…」
シロネコはなんと、俺の臭いを嗅ぎ始めた!
「お、おい…俺は柔道終わりでめっちゃ汗くさいぞ!」
今日は動けなくなるまで動いた。だから汗もたくさん出ている。汗拭きはしているとはいえめっちゃ臭うと思うんだが…
そういえば猫ってクンクンするみたいなことを聞いたことがあるけど、もしかしてそれなのか…?
めっちゃ温かい…
「あら、おかえり〜シロちゃんが急に飛び出すからびっくりしたわ」
リビングから母さんが出てきた。
「母さんただいま…ん?シロちゃん?」
「そう、シロネコちゃんのことよ」
そんなあだ名まで付いたのか。
「すぅぅぅぅぅはぁ〜」
まだやってる。どうしましょこれ。
それにしてもよく見ると猫耳がフサフサしてて髪もサラサラで撫でてやりたくなるな…
サラサラ…ふわふわ…もふもふ…
「ひやっ!くすぐったいよお〜ご主人さまぁ〜」
「あ、すまんすまん…」
やべえ!手が!手が勝手にシロネコの髪に行ってた!なんだこれは!!
「いえいえご主人さまぁ、もっとやってください〜」
ぐうううううううううう…
「あっすまん…俺の腹の虫が…」
「あら翔、夜ご飯にしましょうか」
「ご主人さま、お腹が空いたのですね!ごはんは出来てます!」
シロネコが俺の胸からぱっと顔を離し、俺をリビングへと案内するのであった。それを俺は少し名残惜しいと思ってしまった。
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飯も食べて風呂にも入って歯を磨いて、今が1番まったりできる幸せな時間だ。俺の部屋のベッドでごろんとしている。
飯の時に婆さんが話していたんだが、シロネコは家事の才能があり、なんでも早く学習してしまうのだと。今日の夕飯の味噌汁はシロネコが作ったようなんだが、全く違和感がなくていつも通りのものだと思っていた。作り方を教えると一発でできてしまうらしい。すげえな…下手したら莉子よりも料理が上手くなるのでは?
そんなことを考えていたら、階段を登る音がしてガチャ、と急に扉が開く。
「ご主人さま〜!」
どうやら昨日のように寝に来たようだ。母さんにもらったのであろう、莉子が小さい時に使っていた枕を持っている。
シロネコはベッドのそばにきて座る。
「シロネコ、今日はどうだった?うちには馴染めそうか?」
「はい!ご主人さまのご家族は優しい方しかいないので…わたしはご主人さまに拾ってもらえて幸せです!」
「そうか。なら良かった」
「あの…ベッドにご一緒しても…良いですか?」
緊張してちょこん…としている猫耳。
「ああ良いが…別の場所で寝なくて大丈夫か?俺のベッドはちょっと狭いぞ」
俺の体格は普通の人の1.5倍…は言い過ぎかもしれないけど、柔道のおかげでかなり大きい。
「はい!ご主人さまと寝たいんです!」
ぱあっと顔が明るくなって俺の隣に来るシロネコ。もうそろそろ寝るか。
シロネコの枕も並べ、枕元の電気のリモコンをいじって薄明かりにしてから掛け布団を身体に持ってきてシロネコと横になる。
シロネコの優しい顔が近距離で…
「っ…!」
なんだこれ、なんかちょっと落ち着かない。
しかもシロネコは俺に抱きついてきている。
「ご主人さま、どうかしたんですか?」
薄明かりでも見える、シロネコの白くてフサフサで可愛らしい猫耳。それがちょっと心配そうにちょこ、としている。
「なんでもない…ちょっとこんな近距離で人と寝る経験がなかったわけでな…」
「そうなんですね♪わたしはわたしが1番最初になって嬉しいですよ」
嬉しそう。猫耳もぴょこんとしている。
「ほら、もう寝るぞ」
最後にそんな猫耳を、落ち着きがなくて寝なかった莉子を寝かしていたようなくらいに優しく撫でた。そんな俺の撫ででシロネコはゆっくり眠った。そして俺も目を閉じ、ゆっくり眠るのであった。