1.愚問
1.愚問
異形僧“ヌエ”は頭を抱えた。
一番馬鹿だと思っていた兄弟子が一番賢しかった。
「シスターカエデ…またかね? 」
「今度は店外ですよ!」
足元には真っ青でガクガク震える悪漢。
抜き身の“酷刀“を必死になって押さえている。
それを嬉々として押し付けようとしているシスター服。
異形僧“ヌエ”は、悪漢を無視してカエデの足元を指差す。
「店の前を封鎖してどうする。」
「あっ…」
ひらけた方を指差しながら、続ける。
「あと2m彼方でやれば、道も店の前も封鎖しない及第点だった。」
「次は、もっと配慮します!今はこの悪漢を成敗します!」
「もう十分だ。オイ、そこの頑張ってる奴。」
微妙な酒気が残っている悪漢に言う。
「酒は程々にするか、迷惑にならん様にせよ。」
「は、はいい…」
・ ・ ・
腰を抜かした悪漢が這う様に逃げて行った後、飯処に入った。
カエデとヌエは調べ事があり、この町に暫く長居したままになっている。
“語り部”として、他の世界でヌエは活動しているが、この世界のヌエは必要に駆られて、この町に居る。
奥の席にシスターが座り、ヌエは二人は向かい合って座る。
「それで、このシスターは? あんまり元気が無いですけど。」
「…お前も聞いた事はないか? “救済の聖女”、シスターアニラ。」
「超有名人じゃないですか? 教会内部でも、“救済”ができる人は少ないんですから。しかも、”救済“は使えても燃費は最悪。通常一回で使用者は昏倒。」
壁の献立を見ながら、カエデが続ける。
「けれど、“救済の聖女”はその特異体質故に“救済”を連発出来る。ただし、自身は“救済”の効果を受けられないんですよね。あ、天ぷら蕎麦一丁。」
「その本人だ。沢山の人間に“救済”を使えるが故に、教会の威光を高め、求心力を強めていた。“救済”の術式は小康状態の身体的な病気、怪我、欠損、それに先天性疾患まで治療し、精神負荷を打ち消す。般若湯と天丼を。」
「……お、お茶を」
ガツガツと食事を貪る。
「何処から拉致って来たんですか? 」
「拉致したのは兄弟子の方だ。刑場に入り込んで、無理をしたアニラを連れてきた。」
カエデは蕎麦をゾゾゾとすすり、ヌエは天丼の二割ほどを一回の箸で取り出し、顔布の下から口へ。
ヌエをカエデはよく観察しているが、ヌエは頑なに自分の身体を隠している。
しかし、腕くらいは見たことがある。
やたら筋骨粒々だが、左腕と右腕が明らかに違う。
まぁいいか、と思いながら飯をかき込む。
そこでアニラがヌエに問う。
「…何故、そんな。」
「“軽々しくして居られるのか? ”と聞きたいのか? 」
とヌエが答える。
しかし、発音は明らかに食事中の口ではない。
何だったら、今咀嚼している。
「全く、お前は気負い過ぎだ。何故あれだけ死罪の人間を見ておき、若い女性と若過ぎる罪人に困惑するのだ? 」
「それは…私に関係して…」
「そいつ等の顔を思い出せるか? 」
「……思い出せません。」
「救済のし過ぎの弊害だ。優しいのは美徳だし、忘れろとは言わない。だが、”八杖“をそんな事に使うな。」
ごっくん、と蕎麦の残りを飲み干し、カエデが口を開く。
「あれ? 彼女は杖なんですね。私は刀なのに。」
「お前ほど性格が変化した訳ではないし、攻撃される訳ではないからな。救済を求めてくる無責任な手を“打ち払えれば”いいからな。」
・ ・ ・
七つの想念は罪に繋がる。だが、本当に七つだけか?
その中に含まれていなければ、罪にならないと?
ならば、名の無い想念を一つ加えて八つとして戒める。
杖は打ち払う物、危険を察知する物、道を探す物、一人で真っ直ぐ立つ物。
是ら故を持って、“八杖”と名を持つ。
・ ・ ・
「…仕方ない。まだ早いとは思っていたが、“接続”させるか」
「え? いつ渡したんです? その八杖は? 」
カエデは隣に座っているアニラの持つ黒い杖を見る。
「…二十日前か。」
「早すぎません!? 私の時は二ヶ月は空けてましたよね? 」
杖をヒョイと取るって、眺める。
金属製で、石突きは鋭く、杖頭はメイスの様になっているが、パーツを押し込めば、T型の杖になる。
しかし、完全に金属で出来ている重量ではない。
何処かが空洞になっているのだろうとカエデは考える。
「お前は渡した次の日には、迷いも無く振り回していたろう。親和性が高い程、時間を空けた方がいい。特にお前は“刀”だったからな。」
「“接続”とは、なんですか? 」
アニラの一言にカエデがぐるっと顔の向きを変える。
「説明もしてないんですか? 」
少し、ばつの悪そうな口調でヌエが返す。
「…先日“遊び人のボンクラ”の兄弟子が『ちゃんと教えとけ』と言って来た。」
「兄弟子って言ってましたけど…“遊び人のボンクラ”なんですか? 」
「…師事された順番だけ考えたら兄弟子だが、奴は正真正銘の“遊び人のボンクラ”だ。だから、お前たちの様に“黒具”も渡していない。」
「だが、奴の方がお前達よりも上に居る。アニラは当然ながら、カエデよりも上だ。奴は清濁併呑の極致、教会では厳禁な手法も、法の網も無視し、悪の敵を初志貫徹できるだけ器がある。」
「武器は持ってましたよ?」
「奴も一応は“語り部”だ。武器位は自前だ。」
「そうだな…食休みに、兄弟子と“黒具”について教えよう。」
・ ・ ・
「アニラを見に行った“兄弟子”…まだ、私も修行中の身。本来、弟子など取れる訳はないが、便宜上はそうなる。博徒“ラット”と言うボンクラだ。」
「何でボンクラなんです? 」
「奴は名前の通り、賭博ないし遊戯が大好きだ。まぁ、奴は正真正銘の神官だがな。」
「神官が賭け事してるんですか?」
「奴の信仰対象は“宿天神”、つまりは運命や偶然の神だ。そして、奴は信じがたい事に、“神々との賭博”にて勝利した。」
「人間、ですよね? 」
恐る恐るカエデが聞く。
「奴は混じり気無しの人間だ。とは言え奴には、積むべき徳が足りなかった故に、知人から私に預けられた。」
・ ・ ・
「へっくし!」
「風邪か? 」
「いや、これは噂されているな。」
・ ・ ・
「次には“黒具”だ。これの特徴は何だ? カエデ。」
「はい!痛みは数倍ですが、相手にダメージを負わせません!」
“酷刀”はかなり特殊で、人体をすり抜ける。
“罰枝”と“八杖”は穿たなければならず、すり抜けも発生しない。
「そうだ。カエデの“酷刀”、アニラの“八杖”、私の“罰枝”は同様の素材で出来ており、痛覚のみを与える。そして、この素材は? 」
「はい!獄卒衆の武器素材、地獄でしか産出しない鋼、“獄鋼”です!」
「えっ…?」
アニラが固まる。
「これ、そんな恐ろしい物なんですか? 」
「ん? 当たり前でしょ? じゃなきゃこんな不思議メタルありえませんよ。」
そうカエデが言った時、表が騒がしくなり、どやどやと何かの一行が店に入って来た。
チンピラに制服着せた様なボディガードを連れた、小太りの男。
「探しましたよ。“救済の聖女”さま? 」