08.刺さらぬ釘
今日の部活を終え帰り道を歩く。沸き立つようなみんなの反応とは裏腹に、今の僕はすっかり冷めていた。さっきから、人垣に垣間見えた一瞬の、玉津姫の表情ばかりが反芻している。それがずっと気になり、寄り道もせず、さっさと帰ってしまった。
その気がかりは今、僕の横にいる。浮遊せず自分の足で歩いていた。履いている草履は意外にも、音を立てずにしずしずと。
さっきからずっと聞けずにいたがようやく口を開けた。
「……あのさぁたまちゃん」
「なんじゃあ」
「今日の部活で僕が一番だったとき、なんで嬉しそうじゃなかったの」
「あぁ……そのことかの」
どうやら本人に自覚はあったのか。
「湊人よ、先ほどの水練は見事だったぞ」
玉津姫は短く区切ると、僕を見て、諭すように言った。
「しかしの、先ほどのお主は力に溺れておったぞ。その力は扱い次第で、お主を救うものにも、脅かすものにもなる」
「…………」
「まだ覚えたばかりの力じゃ、ゆっくり時間をかけて身につければよい」
「…………何だよそれ、今朝は嬉しそうにしてたのに」
「ん?」
「いいじゃないか!少しぐらい良い気になったって――」
「好きでこんな身体になったわけじゃない、僕をこんな身体にして――今まで酷い目にも、さんざんあったよ」
「なら少しぐらい――いい思いにしたっていいじゃないか!」
いつの間に、歩みは止まっていた。何も居ない空間に怒鳴った僕を、周りの人は奇異な目を向けている。
玉津姫は、永遠に開くことがないように口をつぐんでいたが――
「そうか」
玉津姫は神社のある方向へと向くと、
「それはすまなかった、お節介……だったかの」
――足は地を離れ空中へと浮き、先へ行ってしまった。
「……今朝は嬉しそうにしてたのに」
別れる刹那――表情が髪に隠れてたが少し寂しそうに見えた。今はもう確かめるべくもなく、僕は、ただただ見送ることしか出来なかった。