第八話
第三層へ降りて歩いていると、先に光が見えてくる。
「何だ?」
二人は警戒しながら進んだ。そして。
光の先にはイズの村が広がっていた。何一つ変わらない、平和な故郷の風景がそこにあった。子供たちの弾けるような笑い声、人々の姿。
「これは……」
と、子供が二人やってきて、笑った。
「アルフレッド兄ちゃん、アリシア姉ちゃん、相変わらずお似合いだね!」
「アルフレッド」
アリシアが彼の腕をつかむ。
「これ、幻覚よ。分かるでしょう」
「確かに、な……村は死んだ」
「問題は、どうやってこの幻覚を破るかね」
そこへ、アルフレッドの母ルビーが通りがかった。
「おや、二人とも、もうすぐお昼ご飯よ。アリシア、よかったら家に寄って行くかい」
すると、アリシアはミスティルテインでルビーの首を切り飛ばした。煙となって消滅するルビー。
そこで、アルフレッドはエクスカリバーが光っていることに気づいた。剣を抜く。ミスティルテインも光っている。
「魔剣が反応している。アリシア、もしかしてこれでいけるかも知れないぞ」
「そうね、やってみましょう」
頷くと、二人は魔剣を掲げた。エクスカリバーとミスティルテインが強く輝く。光は空間を圧倒し、幻覚を打ち砕いた。
幻覚が消滅し、迷宮の広間が視界に戻ってくる。そこで、彼らの前に、上級貴族のような衣服を着た男が姿を現す。男の外見は人間だ。
「これはこれは……こんな簡単に私の幻術を破るとは、よほど強い意志を持っていますねえ。大方の挑戦者はまずここで脱落するのですよ」
「私たちは故郷を滅ぼされた。それを見たのよ。あれ以上に辛い現実ってある? 幻術なんかで誤魔化せないわ」
アリシアはミスティルテインを突き出す。男、魔物キュイ=レラは笑った。
「成程……幻覚の世界は無意味というわですか。では、これどうですかな」
キュイ=レラの背後から闇が沸き上がり、そこから黒い手が四本現れた。
「いかがです? これも幻覚に見えますか? お友達を連れ去った闇の手」
「貴様……」
アルフレッドは超人化で加速すると剣技・風陣連弾を放った。怒涛の連撃がキュイ=レラを襲う。しかし、この魔物はバリアに覆われていて、風陣連弾は全て弾かれた。
そこへ黒い手が襲い掛かかる。アルフレッドは黒い手に拘束される。アリシアも超人化のパワーストーンをセットして加速する。黒い手を一本切断する。しかし、彼女もまた別の黒い手に拘束されてしまう。
「申し遅れました。私はキュイ=レラ。この第三層の番人です。お二人には気の毒ですが。ここまでのようですね。黒い手はやはり恐ろしいでしょう?」
二人は足掻いたが、黒い手から逃れる術は無かった。そのままその邪悪な巨手は、アルフレッドとアリシアを握りつぶした。鮮血が炸裂する。
「うわ!?」
アルフレッドは目を覚ました。アリシアも起きていた。二人は第一層へ戻されていた。
「どうやら私たちあそこで死んだみたいね」
「黒い手に何も出来なかったな……」
「何か方法があるはずよ」
「とにかく、もう一度あのキュイ=レラとやらに立ち向かうか」
「うん……何とかしないと。こんなところで負けてられない」
そうして、二人は再び第三層へ転移した。
今度はイズの村の幻覚はなく、最初からキュイ=レラが待ち受けていた。
「おやおや……これはまた早いお着きで。まだやるというのですか?」
「今度は簡単にはいかないぞ」
「そうですかねえ」
すると、キュイ=レラは再び黒い手を召喚した。先刻の倍以上の黒い手が闇の空間から現れる。
「馬鹿な……」
アルフレッドは絶望した。
「やるしかないのよ!」
アリシアは加速する。黒い手の接近をミスティルテインで弾き返し、キュイ=レラに迫る。しかし、またしても黒い手に拘束される。
「くそっ……アリシア!」
アルフレッドは突撃したが、彼もまた黒い手に捕まった。
そうして、二人はまたしても握りつぶされた。
それから二人は十回以上続けて握りつぶされてしまう。
「今はここまでかな……俺達には倒せないよ」
アルフレッドはパンを食べながら肩をすくめた。
「待って。コーストは言っていた。自分との戦いだと。それにキュイ=レラは幻術師よ。あいつの幻術は私たちの心の中にある」
「それで?」
「あの黒い手だって幻術だってことよ」
「何か考えがあるのか?」
「魔剣の力を見たでしょう? 邪悪な幻術を打ち消したわ。私たちには魔剣がある。幻術なんかに負けない。もう一度思い出して。黒い手がここに来るはずがないのよ。だってここは悟りの迷宮よ。現実はそれなのよ。ここにグラッドストンがいるわけがない」
「成程な……そう言われるとそうだな。やってみるか。だがあのキュイ=レラには物理攻撃が効かないみたいだ。見たろ? 風陣連弾を弾かれた」
「じゃあ魔法のパワーストーンの出番ね。幻術を破ってからね」
「よし、行くか」
そうして、新たな挑戦を試みるアルフレッドとアリシア。
キュイ=レラは余裕で浮かんでいた。
「あなた方も懲りない方ですねえ。どうやら見込みもないようですがねえ」
「どうかな」
アルフレッドとアリシアは魔剣を構える。
「何度やっても同じことですよ」
キュイ=レラは無数の黒い手を召喚する。襲い掛かってくる黒い手。アリシアはアルフレッドの手を取った。
「アルフレッド、集中。心を開放して」
「ああ」
二人は手を握って、黒い手を見据える。アリシアの信じる心はアルフレッドを勇気づけた。すると魔剣が輝きだす。接近してくる黒い手はことごとく魔剣の神霊力の光によって打ち砕かれる。アルフレッドとアリシアは光に包まれた。
「行くわよアルフレッド、反撃開始!」
「よし!」
二人は散開すると、アルフレッドは紅蓮火の竜巻を放ち、アリシアは雷撃を連射した。
「何だとっ」
キュイ=レラは魔法の直撃を受けて狼狽する。
「そんなはずはない」
幻術師は再び黒い手を召喚するが、魔剣の光によってすぐにかき消される。
「やりますねえ。ですが、本当に幻術には恐れがありませんか?」
笑声を上げると、キュイ=レラは腕を一振りした。広間に凄まじい炎の渦が巻き起こり、溶岩のように足元を埋め尽くした。
「無駄よ!」
アリシアは輝く魔剣を床に突き刺した。神霊力の爆発的な波動が広間に伝播し、炎の幻術は破られた。
そこへアルフレッドは再度紅蓮火の竜巻を打ち込む。凄まじい火炎がキュイ=レラを包み込む。この魔物は悲鳴を上げた。アリシアが追撃の雷撃を連射する。
「待った!」
キュイ=レラはそこで白旗を掲げた。アルフレッドとアリシアは手を止めた。
「これくらいでいいでしょう。合格です。第四層へ向かいなさい。私のような幻術使いなど取るに足りない魔物がまだまだ続きますよ。武運を祈っています。ふふふ……」
そうして、キュイ=レラは光の粒子となって消滅し、光と共に祭壇と第四層への道が開いた。キュイ=レラは幻術使いのパワーストーンと、地水火風の四つのパワーストーン、それにバリア、状態異常回復、千里眼、開錠の四つのパワーストーンを落としていった。ポーションも十本ほど回収できた。炎と雷、体力回復、剣技・風陣連弾、超人化のパワーストーンがレベルアップする。
「ようやくか……手こずったな」
アルフレッドはアイテムを回収して肩をすくめる。
「いい経験になったわね」
「それは言えてるな」
そうして、二人は休息ののちに第四層へと向かう。
果たして、第四層から、難易度が格段に上昇する。漆黒の異形の亜人兵が最弱で、中ボスの亜人指揮官は今の二人にとっては激烈な強さであった。亜人兵ですら魔法と武器スキルを操る強敵で、亜人指揮官になると問答無用で全方位攻撃を連発してくる。
「駄目だこりゃ」
「ええ。残念だけど基本パワーが違いすぎるわね」
アルフレッドとアリシアは第一層に十回ほど戻されてこれ以上の挑戦を断念した。
「コーストさんのところへ戻りましょう」
コーストは二人が戻ってくるのを待っていたようで、温かいスープを用意してくれていた。
「どうやら、収穫はあったようじゃの」
二人はコーストに状況を報告した。
「ほう、キュイ=レラは倒したか。まあ仕方あるまい。第四層の亜人たちは闇の尖兵じゃ。第五層以下も更に強力になっていく」
「コースト様は最下層まで行かれたのですか?」
「いや、わしもそこまでは行っておらぬ。まあ若かりし頃の話じゃな」
「そうですか……」
「ところで、コースト様におかれては、俺たちの次なる行先に心当たりがおありですか?」
「ふむ……」コーストは数瞬してから言った。「まずは森を出て、ムーアメルトに向かうがよい。都とはいかぬが、魔物の手には落ちていない大きな町がある。そこから魔弾鉄道に乗って南の都ウィンレスタへ行くのだ。あとは天命が導いてくれよう」
それから、とコーストは続けた。
「今、この大陸を治めるドルシアム王国では、魔剣狩りが行われておる。国王の命令によって魔剣を持つ者を処刑するよう勅が下っておるのじゃ。そなたらの魔剣も人目につかぬようにするがよい。布か何かで覆っておいた方が無難じゃな」
「どうしてそんなことが……?」
「恐らく闇の手勢が関わっているのは確実じゃろう。国王もどこか人が変わったと聞く」
「分かりました。気を付けます」
「うむ。頼んだぞ。今日は休んでいけ。長旅になるぞ」
アルフレッドとアリシアはコーストの申し出を受け、一泊していくことにする。コーストが作ってくれた料理で疲労を癒し、二人は熟睡した。
明けて翌朝。二人はコーストが用意してくれた馬に乗ってムーアメルトに向かうのであった。