第七話
しばし時をさかのぼる。
ラモーナの魔術によってイズの村から転移したアルフレッドとアリシアは、アーゲルハルス大陸東方に広がるユサの大森林にいた。ともあれ、この時二人は自分たちがどこにいるかは知る由もない。
とにかく出口を探すこと半日、二人は森の中の一軒家に身を寄せる。そこには老人が一人住んでいて、二人を快く出迎えてくれた。老人の名はコーストと言って、隠居の身であるという。
アルフレッドらは一晩コーストに世話になって、出立しようとした。その時である。
「待ちなされ若者たち。お前さん方、アルフレッドとアリシアであろう」
「なぜそれを?」
「ラモーナから話は聞いていた。ここへたどり着いたのも天命であろうな」
「ラモーナ様が!?」
「ラモーナ様は生きているのですか?」
「…………」
コーストは肩を落とした。
「ラモーナは死んだ。あの後、全ての魔物を道連れにして自爆したのだ」
「死んだ……くそ……」
アルフレッドは拳を固く握った。
アリシアはコーストに問うた。
「コースト様と仰いましたが、では、私たちの境遇は御存じなのですね。私たちは道を探しています。ですが、ここからどこへ向かえばいいのか……天命だけでは測りかねます」
するとコーストは言った。
「わしは光の神賢者とも呼ばれておった。ラモーナとともに神殿に仕える身であった頃だ。見るに、お前たちはまだ鍛錬が必要であろう。ラモーナがここへお前たちを寄越したのも分かる」
「と言いますと?」
「この森には悟りの迷宮と呼ばれる場所がある。多くの戦士が迷宮に挑み、鍛錬を積んできた。いまだ最下層に達した者はおらんが、魔物を倒すことで様々な道具や武器、それにお前たちであればパワーストーンを手に入れることが出来るのだ。そして致命傷を負っても死ぬことはない。迷宮の中で死ねばまた第一階層に戻されるだけじゃ。それゆえ、自身の技を磨き、パワーストーンを強化するにも最適の場所なのじゃ。だが一つ忠告しておくならば、悟りの迷宮での修業は、己との戦いでもある。人間最後は自分との戦いじゃ。それを忘れなきよう。さて、ここで話していても仕方あるまい。来るがいい。今のお前たちではグラッドストンには到底かなわぬことは分かっていよう。修業が必要だ」
アルフレッドとアリシアは驚いた。だが、コーストはラモーナとともに神職であったという。信じていいだろう。これが天命であるというならば……。
コーストは家からすぐに近くに開いている洞窟の入り口に二人を案内した。
「ここが悟りの迷宮じゃ。食糧や水は入口にある祭壇から手に入れることが出来る。祭壇はチェックポイントにもなっておる。一度クリアしたフロアの魔物は復活しない。祭壇から他の祭壇までの間を瞬間移動できるから、ショートカット出来る。準備を整えて行くがよい。わしは帰ってお前たちを待つとしよう。それではな」
コーストは立ち去った。
アルフレッドとアリシアは、コーストを見送り、洞窟を覗いた。
「とにかく、行くしかないな」
「祭壇があるわ」
二人は洞窟入り口にある祭壇に手をかざした。すると、水やパンなどの食料が出現した。それらを回収して、二人は洞窟に踏み込んだ。
一回の最初の広間ではゴブリンが十数体待ち構えていた。
「いきなり多数か」
「やるわよアルフレッド!」
「分かってるって!」
アルフレッドとアリシアは接近される前に炎の矢と氷の矢を連射してゴブリンの半数を倒す。ゴブリンたちは構わずに突撃してくる。
アルフレッドはエクスカリバーでゴブリンを切り捨てると、返す一撃でもう一体の首を刎ね飛ばした。アリシアもミスティルテインを軽やかに操り、ゴブリンを切り捨てていく。魔剣の切れ味は凄まじく、ゴブリンの装備を紙きれを破るがごとく裂いた。ゴブリンたちから打撃を受けるも、パワーストーンの力で回復する。残るゴブリンも二人は易々と片づけた。光の粒子となって消滅したゴブリンは回復ポーションを幾つか落としていった。アルフレッドらはそれらを回収しておく。
次の広間では、ホブゴブリンが四体待ち構えていた。ゴブリンよりも巨体である。頑丈そうな武装をしている。
二人は散開すると、まずは炎と氷の矢を連射して二体のホブゴブリンを撃破する。残るホブゴブリンは怒りも露わに突進してくる。その一撃をアルフレッドは魔剣で受け止めた。そのまま押し返すと、アルフレッドはエクスカリバーを一閃。ホブゴブリンの胴を切り裂いた。だがホブゴブリンは構わずに剣を振り下ろす。アルフレッドはその一撃を受けて膝をついた。ホブゴブリンに蹴り飛ばされるアルフレッド。この魔物が剣を突き立てたところでアルフレッドは反転してその足を切り裂いた。ホブゴブリンが怯んだ隙に傷を回復させ、反撃に転じる。ホブゴブリンはでたらめに剣を振り回すが、アルフレッドは至近距離から炎の矢を顔面目掛けて連射する。炎の矢はホブゴブリンの頭部を爆砕した。アリシアもダメージを受けながらもホブゴブリンを撃破していた。ホブゴブリンたちはポーションを落としていく。二人は体力を回復させて奥へと進む。
次の広間へ向かう。待ち受けていたのは漆黒の邪悪な兵士、オークである。オークが五体。魔物たちは笑い、襲い掛かってくる。アルフレッドらは例によって散開して炎の矢と氷の矢を連射する。魔法では倒しきれない。オークは咆哮して突進してくる。アリシアは一撃を受けて床を転がった。回復の魔法を使ってから、オークの剣を弾き返す。裂ぱくの気合と共にアリシアはミスティルテインを突き入れた。魔剣はオークの鎧を貫通し、魔剣の刃は背中から飛び出した。オークは光の粒子となって消滅する。
アルフレッドもオークの反撃を受けて、後退する。回復魔法を使って、逃げながら炎の矢を連射する。炎の矢をオークの頭部に集中させ、この魔物を一体葬る。
「残りは三体」
アルフレッドは炎の矢を連射する。怯むことなく突進してくるオークの攻撃を回避して、エクスカリバーを万力を込めて一閃した。オークの胴体は切り裂かれ、上半身が下半身から分離してオークは絶命した。
アリシアはオークと打ち合い、その懐に入り込むと、ゼロ距離から氷の矢を連射する。オークの胴体に十本以上の氷矢が貫通する。しかし、オークはダメージを受けながらも剣を振り下ろす。アリシアはその一撃を受けてよろめいた。回復魔法で負傷を治癒する。
「しぶといっ」
アリシアは突進し、氷の矢をオークの顔面に放ってから、すれ違いざまにミスティルテインを振り切った。オークは真っ二つになって消滅した。
残るオークを二人は魔法の連射で撃破した。
「ふう……」アルフレッドは一息ついた。「五体のオークは手強いな」
「あら、アルフレッド、パワーストーンが……」
そこで、二人が持つパワーストーンが光を放った。パワーストーンは持ち主にレベルアップを告げていた。回復のパワーストーンは回復量がアップし、炎と水の魔石からは新たに範囲攻撃である炎の魔弾と氷の刃を取得した。
そして、オークは雷のパワーストーンと魔力回復ポーションをいくつか落としていった。
すると、二人の目の前に光が降ってきて、祭壇が出現し、次なる下層へと通じる道が開いた。
「へえ……こういう仕掛けなんだな」
「休んでいこうぜ。魔物がくる心配はないからな」
二人は食事をとって休息した。体力と魔力を十分に回復し、次のフロアに挑む。
第二層の最初に待ち受けていたのは、ゾンビたちであった。二人はアンデッドモンスターを見るのは初めてである。ゾンビは何十体といる。ひとまず炎の魔弾と氷の刃を放ってみる。炎はゾンビに着弾すると爆発し、周囲のゾンビを巻き込んで炸裂した。氷の刃は、猛烈な氷の嵐となって範囲内のゾンビを切り裂き打ち倒した。
「魔法の威力は上がっているのか……」
「アルフレッド、ここは魔法で突破しましょう。この魔物たちは動きも鈍い」
「よし」
アルフレッドとアリシアは魔法でゾンビたちを全滅させる。ゾンビたちは大量のポーションを落としていった。体力や魔力、精神力、状態異常などを回復させるポーションだった。
そうして次の広間で待ち受けていたのは幽霊の群れであった。
「何だここは……」
幽霊たちは侵入者を発見すると、おぞましい悲鳴を上げた。
「何これ……っ」
アリシアは膝をつく。
「大丈夫アルフレッド?」
「いや……こいつは精神攻撃だな……くそっ。体が言うことを聞かない。アリシア、魔法だ」
「了解」
二人はどうにか立ち上がると、炎の魔弾と氷の刃を放った。幽霊たちは断末魔の雄たけびを上げて消滅していく。
魔法で幽霊をどうにか倒した二人は、その場に座り込んだ。幽霊たちは同じように大量のポーションと、肉体超人化と魔盾の魔石を落としていった。アルフレッドらは回復してから奥へと進む。
第二層の最奥に待ち受けていたのは、霊気をまとった四本腕の骸骨戦士であった。
「待ちわびていたぞ試練に挑みし者よ」
骸骨戦士は巨体を起こし四本の大剣を抜いた。
「我が名はゾグルド=ヘル。来るがよい。おぬしらの力、とくと見せてもらおう」
「人語を話すのか」
アルフレッドはエクスカリバーを構える。
「何かが違うわね……ただの魔物ではなさそうよ」
「あの四つ腕の大剣の間合いに入るのは危険そうだ。まずは魔法で削りながら」
「オッケー。行きましょう」
「よし」
二人は散開すると、炎の魔弾と氷の刃を放った。魔法は命中したが、骸骨は雄たけびと共に霊気の波動を放ってきた。
「何っ!?」
霊体の刃によるもの凄い衝撃で、アルフレッドとアリシアは吹き飛ばされた。
「何て攻撃……この距離で届くの」
アリシアは毒づいた。
ゾグルド=ヘルは笑った。
「どうした戦士たちよ。もうおしまいか」
「くっ……」
そうだ。アルフレッドは幽霊たちが落としていったパワーストーンを思い出す。
「アリシア! 魔盾のパワーストーンだ! 今の攻撃を防御できる! 俺は超人化を使う!」
「そうか! 了解!」
二人は炎と水のパワーストーンを外して、魔石を装備し直した。
「我は容赦しないぞ。試練を課すのが我が使命」
ゾグルド=ヘルは、再び波動を放った。
アルフレッドはジャンプすると、天井に着地した。アリシアはパワーストーンによる魔法の盾で波動を防御する。
アルフレッドは天井を蹴ってこの巨人骸骨に高速で突撃した。
「何!?」
ゾグルド=ヘルは波動を放った後の硬直状態にあり、アルフレッドのエクスカリバーを回避出来なかった。アルフレッドは骸骨戦士の腕を叩き切った。
アリシアも魔盾を構えたまま突進する。
ゾグルド=ヘルは反撃に転じ、凄まじい速さで大剣を振るい、アルフレッドに攻撃を叩き込んだ。直撃を受けたアルフレッドは大地に叩きつけられる。
「ちっ……!」
アルフレッドはアクロバットに後退すると回復魔法で治癒する。
そこへアリシアが切りかかる。
「こっちよ化け物!」
ゾグルド=ヘルは反応して大剣を振るう。魔盾がその打撃を受け止める。アリシアは反発して骸骨巨人の足にミスティルテインを叩き込む。
ゾグルド=ヘルはよろめいた。剣をついて態勢を立て直す。
アルフレッドが壁を蹴って弾丸の如く突進する。
だがこの巨人骸骨は雄たけびを上げ、再び波動を放つ。
アルフレッドは急ブレーキをかけて垂直に飛ぶ。アリシアは吹っ飛ばされた。
ゾグルド=ヘルはアリシア目掛けて大剣を振り下ろす。アリシアは転がって逃げる。
そこへ空を蹴ったアルフレッドが高速の一撃を放つ。エクスカリバーは骸骨巨人の肩口からろっ骨にかけて貫通する。
「これは……」
アルフレッドはろっ骨に隠れていたゾグルド=ヘルの心臓を見た。赤く光るそのコアは骨格とつながって脈打っている。
「おのれ!」
ゾグルド=ヘルはアルフレッドをつかんで放り投げた。そして大地を滑空すると大剣を振り回した。アルフレッドはエクスカリバーでそれを受け止めたが吹き飛ばされる。
立ち上がったアリシアが、水の魔石を装着し、氷の刃を放つ。むき出しになった心臓を無数の氷刃が切り裂く。ゾグルド=ヘルは苦し気な咆哮を上げる。そこへアルフレッドが更に高速で突進する。エクスカリバーがゾグルド=ヘルと激突する。その魔剣は、骸骨巨人の心臓を貫いた。
ゾグルド=ヘルは膝をつく。
「見事だ……久方ぶりの躍動、楽しかったぞ……ふふふふ……ふははははは!」
そうして、ゾグルド=ヘルは光の粒子となって消滅した。
大量のポーションの類と、四つのパワーストーンを、肉体超人化、超能力、地の魔石、剣技・風陣連弾を落としていった。そして、回復のパワーストーンと炎と水、超人化と魔盾のパワーストーンもレベルアップした。
そうしてまた光が現れて、祭壇と第三層への入り口が出現する。
「ふう……何とかなったな」
「第二層でこれなら、最下層にいる魔物って、どんな奴」
「まあいいさ。パワーストーンやアイテムがおいしいみたいだからな。行けるところまで行こう。例えばこの剣技・風陣連弾とか、パワーストーンの力無しじゃ無理だろ」
「そうねえ……。でも、このパワーストーン二つしか装備できないから、悩みどころよね」
「ああ、確かにな。どうにかならないものかな……」
それから二人はまた休息し、第三層へと向かう。