第六話
世界地図の北西にアーゲルハルス大陸は存在する。ドルシアム王国が統治するその大陸では、王都メラヴィンデルを含む主要都市は健在であるものの、多くの領地が魔物に制圧されていた。
国王デリックは最近になって全国に触れを出していた。曰く、闇の帝王ザカリー・グラッドストンがもたらした呪われた魔剣を持つ者こそ世界を破滅に追いやる脅威である、と。魔剣とのつながりを持つと疑われる者は速やかに処刑するというのである。国民にも怪しげな剣を帯びている者を発見次第通報すること、との触れが出ていた。
その日も、通報を受けて捕縛されたとある剣士が王都の中心にある広場で公開処刑されようとしていた。詰めかけた民衆は熱狂的に処刑台の罪人に向かって叫んでいた
闇の帝王の手先を殺せ!
悪魔を許すな!
殺せ! 殺せ!
無実の剣士は「助けてくれ!」と叫んでいたが、その声は空しく民衆の声にかき消された。
首切り役人が斧を振り上げる。「悪いな。これも仕事なんでな」そうして、斧が剣士の首を切り落とした。役人はその首を拾って、民衆に向かって晒した。
「見よ! これが魔剣に呪われし者の末路だ! だがここに悪は成敗された!」
処刑役人の雄たけびに、民衆から歓声が上がる。
国王デリックは、王の間にて処刑が無事執り行われたと報告を受けていた。
「そうか。呪われし悪魔は死んだか。しかし、これで十人目だな。バルナルド、どう思う。これで悪の根は断ち切られたのだろうか」
バルナルドと呼ばれた男は宮廷魔術師で、デリックの側近であった。
「陛下……それは何とも。呪われし魔剣は噂ではかなりの数があるとか。それを追跡する術を我々は持っていないのです」
「ふうむ……」
デリックは玉座から立ち上がると、後方にある巨大なガラス窓を開けてバルコニーに出た。処刑が終わったばかりの広場の歓声がまだ聞こえてくる。
バルナルドは王の横に並んだ。
「陛下、我々はかつてない脅威に晒されております。もし魔剣を持つ者が結託したならば、それは闇の帝王に匹敵する存在となるでしょう。何としても奴らを見つけ出し、光の神々への冒涜として抹殺せねばなりません」
「確かに恐るべき存在だ。だが、まだ我々は魔剣を見ていない。処刑された十人はいずれもただの剣士や傭兵であった。無実の者を処刑するのも如何なものか」
「陛下、魔剣を取り逃がしては後の祭り。一時の罪悪感も、大義の為とあれば致し方ありますまい。引き続き、魔剣を持つ者を捕縛せねばなりません」
「うむ、そなたの言う通りかも知れんな。この件は引き続き卿に一任する」
「はは……」
そこへ侍従長のエルマーがやってきて王に声をかける。
「陛下、御前会議のお時間です。各騎士団長、会議室に揃っております」
「うむ、分かった」
デリックは踵を返すと、歩き出した。
王妃ドロシーは、また処刑が執行されたと聞き、結果を聞いた。侍女のパティは「恐れながら」と、答えた。
「どうやら今回処刑された者も無実であったそうです……」
「そう……」
ドロシーは吐息した。
「王妃陛下……」
「分かっているわパティ。でも陛下が決断なさったことですよ。異論を唱えるつもりはありません。でも……亡くなった者には気の毒な事をしましたね」
ドロシーは吐息した。こんなことが続くのも闇の帝王グラッドストンのせいだ。最近は国王も魔物との戦争に忙しく、自分と顔を合わせることも少なくなった。また平和が来るのはいつの日になるのだろうか。ドロシーはそこまで考えて、しかし犠牲になった民を思い起こし、光の神々に祈りを捧げるのだった。
「神々よ、一体なぜこのような試練を私たちに課すのか……世界はもっと光輝に満ちていていいはずなのに」
デリックとドロシーの間には双子の王子と王女がいる。エリオットとクラリスである。二人とも二十歳である。エリオットは聖騎士でもあり、クラリスは魔法の才を持っていた。
エリオットとクラリスは魔物討伐の任をいったん終えてメラヴィンデルに帰還したところであった。
「クラリス、父上に報告に上がるぞ」
「はい兄上」
二人とも仲が良く、国民の人気も高い。そして実戦において陣頭指揮に立つその姿は騎士や兵士たちからも尊敬の念を抱かれていた。
今回の戦いでは南方地方の砦を奪還して魔物の勢力を後退させている。
二人は王の間にてデリックの御前に控える。
「陛下、南方ロドラティア砦の魔物をひとまず退けて参りました。此度の戦で、南部戦線をいくらか押し上げることが出来ましょう」
王子の言葉にデリックは満足そうに頷く。
「ご苦労であったなエリオットにクラリス。そして何より無事に帰ってきたことを喜びとしよう。お前たちの存在は臣民にとっても希望。これからも王家の責務を果たせ」
「はい」
「では下がれ。今夜は夕食を共にしよう。ドロシーともな」
「それは母上もお喜びになります」
クラリスは笑顔を見せた。
「では陛下、私たちはこれにて」
双子は王の前を辞した。
部屋を出ると、エリオットとクラリスはグーパンチをぶつけ合った。
「やったね兄上。家族全員で夕食なんて、何日ぶりかしら」
「ああ、俺も嬉しいな。そして、もっと魔物たちを倒して、平和を取り戻さなくてはな」
「父上もお喜びでした」
「そうだよな」
「そうだ兄上、母上の下にも報告に上がりましょう。きっと待っていると思います」
「よし、行こう」
二人はドロシーの下へと向かった。
王妃は無事に戦場から帰還した子供たちの訪問を受けて喜色満面だった。
「ああ、エリオットとクラリス、お帰り」
「母上におかれましては、ご機嫌麗しゅう」
「まあエリオット、母をからかうのは良くないわよ」
「すみません母上、私が兄上の代わりに謝りますね。兄上はほんと、気が緩むとお調子者なんだから」
「せめて親の前くらい仮面を外したっていいだろ。クラリスは大げさなんだよ」
エリオットは言って肩をすくめた。ドロシーは微笑みを浮かべていた。
「まあ何にせよ、無事でよかったわ。お帰りなさい」
ドロシーは子供たちの頭を撫でた。
その時だった。突如室内にゆっくりと光が差し込み始め、コーラスが聞こえてきた。
「何だ?」
エリオットは天井を見上げる。光が眩しい。
そして声が降ってくる。
「エリオット、クラリス、使命を帯びた神光の戦士よ、よく聞くのです。我々は光の神々。今まで国王が処刑を命じた魔剣使いの言葉は全て偽りです。魔剣こそ、闇の帝王を封じる神霊封印のために必要な聖なるパワーを頂く神器。エリオット、クラリス、神光の戦士であるあなた達に魔剣を授けましょう。大陸南方グラーネルト大神殿跡地に向かうのです。私たちはそこで待っています」
だが三人ともパニックに陥っていた。
「一体何者なんだ、光の神々だって?」
「兄上、よく話を聞いてみましょう」
「クラリス……お前」
そこでクラリスが口を開いた。
「光の神々と言われましたね。父上のことを偽りだと仰いましたが、それを証明できますか?」
「それはあなた達自身で見定めるべきことですよクラリス。これだけは伝えておきましょう。今のデリックには闇が巣食っています。このまま放置しておけば暴君と化すでしょう。今より自体が深刻になるのは明白。あなた達が魔剣を手に取るのは、父の為でもあるのです。デリックに巣食う闇を打ち払うのも、また魔剣使いの使命なのです」
そこで、光が室内を圧倒し、三人を圧倒的な神霊パワーが包み込んだ。
「これは……」
エリオットは目の前に展開する映像を見る。
デリックがいる。その前にもう一人、漆黒の甲冑に身を包んだ謎の剣士がいる。
「デリックよ」剣士は言った。「魔剣使いを殺すのだ。魔剣は我らが帝王グラッドストンにとって目障りなものだ。我が声を聞け、デリックよ。魔剣使いを殺せ」
剣士は手を上げると、黒い波動をデリックに放った。それはデリックに吸い込まれ、王を暗黒の衣で包み込んだ。するとデリックは言った。
「分かりました。これから我が意は闇の帝王と共にあり。魔剣使いを探し出し、抹殺してみましょう」
「それでいいデリックよ。お前の言葉であれば家臣の誰も疑うこともあるまい。全ては闇の帝王のために」
「闇の帝王のために」
デリックは言って、剣士に敬礼した。
映像はそこで終わった。
「そんな……父上が……」
クラリスは唇を震わせた。
そこで神々の声が言った。
「時間がありません。エリオット、クラリス。急ぎなさい」
「分かりました」
王子は決断した。神の神霊力は双子の心を動かした。
そうして、光は唐突に消え去った。
「あの、父上に闇を吹き込んでいた剣士は何者でしょう」
「分からない。ただ、あれが真実ならば……」
その時だった。部屋の扉を激しく叩く音がした。
「ドロシー! 扉を開けるんだ! エリオットとクラリスがいるのは分かっている! さあ扉を開けろ!」
「父上……」
デリックであった。双子はどうすべきか分かっていた。そしてドロシーは言った。
「逃げなさい二人とも、すぐに」
「分かりました母上、行くぞクラリス。グラーネルト大神殿に向かうんだ」
「そうですね」
クラリスが飛行の魔法をかけると、二人は窓を開けて空へ飛び出した。
それから程なくして、扉が破壊されて、デリックが室内に踏み込んできた。
「あなた……一体何の騒ぎ……」
狼狽するドロシーはデリックにぶたれて床に転がった。
「あなた……」
「消えたか。ドロシー、二人はどこへ行った。逃げたのは分かっているぞ。隠すと例え我が妻であろうと容赦はせぬぞ」
「ああ……あなた……一体どうしてしまったの」
「聞こえなかったかドロシー。衛兵! 王妃を別室へ!」
国王の命令とはいえ、衛兵たちは狼狽した。だがデリックは抜刀して衛兵に命じる。
「王の命令が聞こえなかったのか。王妃を別室へ移すのだ!」
「は! ははっ!」
衛兵たちは恐る恐るドロシーの腕に手をかけ、連行していった。
「愚かな我が子め……神々にたぶらかされおって……だが逃がさんぞ」
そうして、デリックは踵を返した。王は王妃を尋問するつもりであった。