第三十八話
フォルティクス大陸へ向かう船上で、アルフレッドは甲板にいて、携帯端末でオラトリエクス神聖国の情報を調べていた。しかし、かの国の情報はネットにはほとんど掲載されていない。
「随分と秘密主義かしらね」
彼の傍にいたアリシアが言った。
「どうにも閉鎖的な感じだな。あんた知らないかエイブラハム」
アルフレッドの問いに元傭兵王が答える。
「神権政治を敷く国だな。確かに最近のオラトリエクス神聖国は確かに閉鎖的なことで知られる。どうにも政府首脳は都合の悪い情報はカットしたいらしい。そう透けて見えるが、以前はそんなことはなかったのだがな」
エイブラハムが応じると、エリオットがやってきた。
「オラトリエクス国が変わったのは確かに最近になってのことだな。国内の情勢は分からないが、少なくともネットは遮断されているっぽいな。どうしてそんなことをするのか分らんが」
ところで少し離れたところではライオネルが海原を見つめていた。
「何を黄昏れてるのライオネル」
クラリスであった。
「ああ。クラリスか。いや、とんでもない旅に参加することになったなと思ってね。闇の帝王に相対することになるんだろう」
「正直私たちだってどうなるか分からないのよ。ここまで来たのも目の前の戦いを一つ一つ潰していっただけだから」
「それにしたって驚きだよ。この魔剣のパワーは驚異だな」
そこへエスメラルダがやってくる。
「私も随分長いこと生きてきたが、これほどの神通力に遭遇するのは初めてだ」
「エスメラルダはエルフだったな。エルフにしても、この戦い、どう見る」
ライオネルの問いにエスメラルダは首を振った。
「分からないな。正直これほどの光と闇の戦いは私も経験が無い。敵は強力だ。四天王だの七騎士だの。ただ、我々にも勝ち目はある。光の神々の援護があるからな。尤も、神々の思惑もどこにあるのかは分からないがな。神を非難するつもりはないが、どうにも、長く生きていると神の手のひらでゲームに付き合わされている感も否めない」
「そういう感じ方もあるか……」クラリスは言った。「神様のゲームか。今の聞かれてないわよね」
「さあな」
エスメラルダは肩をすくめる。
「何れにしても、まずはオラトリエクス神聖国の謎を解き明かす必要があるな」
ライオネルが言って、クラリスとエスメラルダは「違いない」と頷く。
それから順調な航海が続き、セシーナブレッド号はオラトリエクス国の東の港町ポートマイルに到着する。
神光の戦士たちはベネディクトに見送られて船を降りる。
それから彼らは魔弾鉄道の駅に向かう。
「で、どこから攻略する」
アルフレッドは仲間たちに問うた。
「聖都グラストベルへ向かってもいいが、ひとまず東の都レトレシス辺りで情報収集でもしていくのが無難な気もするが」
エイブラハムが言った。
「ま、そんなところだろうな……」
エリオットにエスメラルダも思案顔だった。
そうして、一行は東の都レトレシスへ魔弾鉄道で向かうことにする。
レトレシスへはその日のうちに到着する。今や定番になりつつある新聞や雑誌を買い込んでのカフェで情報収集を行う。
どの媒体も一面を飾っているのは「光の神カレ=デボラ」についてであった。とにかく光の最高神カレ=デボラ、ブラブラブラとこの神を賛美する記事が紙面のほとんどを占めている。
「何を言ってるんだこの記事は?」エリオットは呆気にとられた。「光の最高神なんていないし、ましてやカレ=デボラなんて聞いたことも無い」
「そうなのか?」
アルフレッドは問うた。
「ああ。カレ=デボラなんて神の名は聞いたことが無いけどな」
「一体どうなってるんだ?」
「さあ、何が何だか」
アルフレッドは行動を起こした。他の客に適当に聞いてみたのだ。すると、客は「カレ=デボラ様万歳! 光の最高神最高ですよ!」と言い残して去ってしまった。
「何だありゃ」
一同あっけらかんとしてその客を見送る。すると、アルフレッドらを見ていた他の客たちはさっと視線をそらしてみんなカフェから出て行ってしまった。
「どうやら……何事か事情があるようだな」
エスメラルダは言って、納得がいかない様子である。
アルフレッドらはカフェを後にすると、教会を探すことにした。虎穴に入らずんば虎子を得ず。
と、その時である。通りの向こうから何やら魔法らしき音がしてこっちに近付いてくる。こちらに向かってくるのは若い女性の神官戦士だ。その背後から黒衣の神官戦士たちが追撃している。黒衣の連中は魔法の光線を放っているが、女性もシールドを展開していて逃げている。
「どうする?」
アルフレッドの問いに、アリシアがミスティルテインを抜いた。
「もち、女の人を救出でしょ」
「まあ、普通そうなるわなあ」
「私一人で十分よ。任せて」
アリシアは歩き出すと、女性の前に立って声をかける。
「何で追われてるか知らないけど、助けてあげるわ。さ、下がって」
「え?」女性は突然のことでびっくりする。「助けるって……あなた達一体」
「話はあとよ。私たちは正義の味方なんだから」
アリシアは言うと、ミスティルテインを構えて、追手の三人の神官戦士らに剣技・烈風迅雷で駆け抜けた。三人の追手はばたばたと倒れた。
「安心なさい。急所は外してあるから。私は人斬りじゃないの」
助けられた女性は安堵した様子であったが、我に返ってアルフレッドらを見渡す。
「あなた達、すぐに逃げた方がいいわ。聖都の神官戦士を倒してしまった。異端審問にかけられて殺されるわ」
「あいにくと、そういう事情にも慣れているんでね」
エリオットが言った。
「事情を説明してくれないか。君ならカレ=デボラのことも知っているかも知れないな」
「あなた達……一体……」
「おい、いったんここを離れよう」エイブラハムが言った。「あの連中を倒して騒ぎになりそうだ。人目に付きすぎる」
「それはそうだ。さっさとここを離れよう」
アルフレッドが言って、みな女性を伴ってそこから逃げ出した。
都のホテルにいったん避難した神光の戦士たちは、女性から事情を聞く。
「私はスカーレット。聖都の神官戦士よ。話してもいいけどその前にあなた達のことを教えて。何者なの?」
そこで、アルフレッドがこれまでの旅のあらましを聞かせる。スカーレットは驚愕していた。
「光の神々の神託ですって? あなた達正気で言ってる?」
「君を助けられるかも知れない。こっちは話した。君のことを教えてくれ」
「分かった……いいわ」スカーレットは呼吸を整えて口を開いた。「ある夜に闇の手勢である影の魔物から襲われたの。だけど、私の体から光が湧き出してきて、魔物を撃退したのよ。信じてくれる?」
「勿論、続けて」
「それから夜が明けると、黒衣の神官戦士たちが私を逮捕しに来たのよ。私はどうにかその場で奴らを出し抜いてここまで来たってわけ。身の危険を感じて聖都を脱したの。追手は執拗に私を追跡してきて、私だってこの国の神官戦士なのに、どうしたらいいか分からなくて」
「君はカレ=デボラという神を知っているかい」
「ああ……それね。ゴドウィン法王猊下からのお告げがあってからよ。神紀大戦で闇を打ち破った光の神カレ=デボラを崇拝せよ、とね。ここだけの話、そんな神の名前は聞いたことが無いわ。最近になって法王猊下は神殿の最奥に閉じこもって、人々の前にほとんど姿を見せなくなって、どうなっているのか分からないのよ。この国はおかしくなってしまった」
「なるほど。そういう事情があったわけ」
クラリスが言った。
「さっきのカフェの客がおかしな様子を見せたのもその影響ね」
「それだけじゃないの。国民全員が本当におかしくなってしまったのよ。みんな正気じゃない。カレ=デボラのフィーバーなの」
その時だった。光とコーラスが降ってきて、光の神々の神託が降ってきた。
「まさか……」
ライオネルが驚いた。
「スカーレット、神光の戦士よ。先ほどアルフレッドが説明したことは真実です。そして何より、あなたが九人目の神光の戦士なのです。さあ、魔剣ティルヴィングを受け取る時が来たのです」
そうして、光の中から魔剣ティルヴィングが静かに降ってきた。
戦士たちはこの儀式を以てスカーレットを仲間だと確信するに至る。
「私が……神光の戦士……」
スカーレットはティルヴィングを手にした。直後、光が爆発してスカーレットの中に吸い込まれていく。圧倒的な神霊力がスカーレットを飲み込む。だがそれによって、彼女は仲間たちの戦いの記憶を継承した。
「そう……そういうこと。全部本当なのね。みんなも神託を受けて集まった」
「そういうことだ」
エスメラルダが言ってスカーレットの肩に手を置いた。スカーレットは頷く。
光りの神々の声が続いた。
「さて、この国の闇を晴らすこともあなた方の使命ですよ。確かなことは、国民が全て洗脳されているということです。どのような手段を用いたのかは分かりませんが、特に聖都は邪悪な結界によって闇の力が増大しています。法王ゴドウィンは無関係ではないでしょう。あるいは憑依されているか、それとも……。いずれにせよ、聖都の結界を破らねば、この国を解放することは出来ないでしょう。聖都は闇の中枢です」
するとスカーレットが言った。
「その結界なら知っています。古い大昔の伝説ですが。聖都を中心に五芒星の位置にある古代遺跡に結界を起動するための魔法装置があります。イリステル神殿、アルカナム聖堂、ニンラス神殿、クリスタリアム宮殿、ヴェーダーナ神殿。これらが邪悪な者に悪用されたに違いありません」
「成程。そういうことでしたか。ですが、恐らく闇の手勢が関わっている以上、何らかの手段で起動装置は守られているでしょう。警戒を怠ることのなきよう。尤も、つい先日パワーアップを果たして、いい経験が積めるかも知れませんね。それでは、スカーレットの知識が正しければ敵はそこにいるはず。行きなさい子らよ……」
そうして、光とコーラスと共に神々は去っていった。
しばらく沈黙が続いた。
スカーレットが大きく息を吐き出した。
「びっくりしたわ本当に」
スカーレットはティルヴィングを鞘から抜いて、軽く振った。
「何て軽い。まるで重さを感じない」
そこでライオネルが口を開いた。
「さっき君が言っていた五芒星の位置にある魔法装置のことだが、正確な場所も分かっているのか」
「勿論よ。神官戦士でも聖職者は歴史や考古学も学ぶのよ」
そしてアルフレッドが言った。
「よし、それじゃあ始めるとしようか。今度は俺たちの反撃だ」
かくして、神光の戦士たちはスカーレットを新たな仲間に加え、動き出すのだった。




