第十九話
某所。都内の高級レストランで再び首相補佐官ハーマンと傭兵団の支援者デイモンが密会していた。
「ことは順調に進んでいるようだな」
ハーマンの言葉にデイモンは頷いた。
「はい、傭兵団を解体するべきだという政府方針に賛同する世論は形成されつつあります」
「うむ。あとはどのタイミングでエイブラハムを排除するかだが」
「それについてはお任せ下さい。政府におかれては順当にことを進めて下さい。エイブラハムの件はこちらで処理しますので。ハーマン様の手を煩わせることはありません」
「頼んだぞ。こっちはなるたけ手を汚すわけにはいかんのでな」
「心得ております。お任せを」
ハーマンとデイモンの密談はそれから数時間に及んだ。
南の都サーレシアフットに到着したアルフレッドらは、傭兵団「ドラゴンブレス」に向かうことにする。これで全ての傭兵団に顔を出したことになる。
例によって支部の広間は明るいうちから酒の入った傭兵たちの騒動で満たされていた。
「相変わらずの騒ぎだな」
アルフレッドは言って広間を見渡す。
「こっちだ」
エイブラハムは一同を団長のマイルズのもとへと案内する。
マイルズの執務室に入った面々を見て、傭兵団長は席を立った。
「エイブラハムか、それと、例の魔剣使いだな」
「ああ。マイルズ、傭兵団の視察を兼ねてな、最後のお別れと、神光の戦士たちを紹介して回っている」
「そうか。クラウドの映像は見たよ。やるじゃないか。聞くところによると、仕事を請け負っていたようだな」
「何だマイルズ。お前からも依頼があるのか」
「仕事というわけじゃないが、少し耳に入れておきたいことがあってな。デイモンの件だ」
「デイモンがどうした」
「デイモンが政府寄りなのは知ってるだろう? だがやっこさん、それに留まらず、フェイクニュースや買収工作でメディアに手を回しているらしい」
「なぜそれが分かった」
「買収を持ちかけられた俺の情報源から連絡があってな。どうやらデイモンは直接メディア工作に関わっているようだぜ」
「そういうことか」
エイブラハムは思案顔。
アルフレッドは納得がいかない。
「このまま放置しておいていいのか。好き勝手にメディアを使って世論形成されたんじゃあんたに勝ち目はないぞ」
「デイモンを捕まえてこれ以上の介入を止めさせるべきね」
アリシアは言ったが、エリオットやクラリスは懐疑的であった。
「とは言え、俺たちに何が出来るかな。デイモンの行動を止めるには、奴を捕縛でもしないといけないが、そんなことは無理だろう」
「警察権力だってあっちの味方だろうし。どうしたものかしら」
するとエイブラハムが言った。
「マイルズ、デイモンは今ここにいるのか」
「デイモンか。ああ、まだいる。監視を付けているからな。動きがあれば連絡が入るはずだが。だが何にしてもそういつまでも留まってはいないだろう」
「よし、デイモンと会う」エイブラハムは言った。「アルフレッド、アリシア、エリオット、クラリス、来てくれ」
「どうする気だ」
「メディアへの介入を撤回させる。説得する。マイルズ、デイモンは今どこにいる」
「ホテル、ベラリッツァの最上階のスイートルームに滞在中のはずだ」
すると、エイブラハムは携帯端末を取り出してデイモンと連絡を取った。デイモンは通話口に出た。
「デイモンだ」
「デイモンか。少し話がしたい。今ベラリッツァのスイートに滞在中とのことだが。今から会えるか」
「他ならぬ友人のことだ。時間を空けよう」
「分かった。すぐに行く。待っていてくれ」
エイブラハムは通話を切った。
「よし、デイモンは捕まえた。行こう」
「エイブラハム、俺が言うのも何だが手荒な真似はするなよ。相手は俺たちの支援者でもあるんだからな」
マイルズは言うのに、エイブラハムは頷く。
「分かっている。話をするだけだ。さあ、急ぐぞ」
そうして、アルフレッドらはホテル、ベラリッツァに馬車で向かった。
ホテルに到着したアルフレッドらはスタッフの応対もそこそこに振り切って最上階までエレベーターで上がった。
スイートルームの前に到着すると、エイブラハムが扉をノックした。
「デイモン、エイブラハムだ」
ややあって、ドアが開いて、デイモンその人がいた。
「来たか。入ってくれ」
デイモンは五人を招き入れた。
「魔剣使いの護衛付きかね」
「いや、彼らは協力者だ。この国を俺が無事に出られるまでのな」
「それは何とも、物騒なことだな。ワインでもどうだ」
「いや、それは遠慮しておく」
「そうか」
デイモンは短く答えると、自身はグラスにワインを注いでソファに腰かけた。エイブラハムらも腰掛ける。
「単刀直入に言わせてもらう」
エイブラハムは口を開いた。
「何かね」デイモンは穏やかに言った。
「メディア操作に手を出すのを止めてもらいたい。一体どういうつもりだ。傭兵団を潰すつもりか。あんたが政府寄りのコメントを出しているのは知ってるが、やり過ぎだとは思わないのか。買収工作まで」
「成程。単刀直入に言ってきたな。だがな、私にも理由がある。これは私個人の勝手な行動ではないということだ。私のような立場にいると、この政治という大きな機械の一部なのだよ。私は歯車の一つに過ぎん。私は私の役割を果たすだけのことだ。エイブラハム、それに魔剣使いの若者たち。君たちは私を説得するつもりで来たのだろうが、私が手を引いても他の誰かが役割を引き継ぐだろう。君たちに勝ち目はないのだ。君たちはたった五人で国を相手にするつもりかね」
「たった五人じゃない。傭兵団のみんながいる」
アルフレッドは言ったが、デイモンは肩をすくめる。
「だがそれでは彼らは国賊ということになる。救われないとは思わないのかね。傭兵団は今や国軍と言ってもいい。であれば、政府の言う通りに、騎士団に編入されて然るべきだろう。それに騎士団に編入されるのは悪いことばかりではない。公僕として正式な身分が保証されるのだ。責任も伴うが、収入も安定する。そして主たる仕事は魔物との戦いであり、治安維持を目的としたものだ。現状と何か大きな変化があるわけではあるまい。自由でいたいとか何とか、勝手な言い分を言い立てるのはいい加減にしたまえ」
「あんたの言葉は全く正論だが、だからと言って傭兵たちを説得できるとは思わないことだ」
エイブラハムは言った。
「本当に締め付けすぎると、部下たちは何をしでかすか分からんぞ」
「口を慎みたまえ。君は私を脅すつもりかね」
「事実を言ったまでだ。俺や幹部たちは部下たちを抑えているが、政府がいよいよ行動によって傭兵団を解体するとなれば、その時はどうなっても知らんぞ。あんたは言ったな。政治の機械の一部だと。だったら、ことを穏便に済ませるべく、立ち回るのもあんたの仕事じゃないのか」
その時だった。
突如室内の空間から闇が溢れ出してきて、魔法陣が発動した。魔法陣から、二体の漆黒の異形戦士が出現してくる。
「何だこいつらは。デイモン」
「私は何も知らんぞ。どうにかしてくれ」
デイモンは避難した。
アルフレッドらは魔剣を抜くと戦闘態勢をとった。
異形戦士は咆哮すると、いきなり口から闇の波動を放ってきた。アルフレッドらは回避する。闇の閃光がホテルの壁を突き破る。
クラリスが多重詠唱に入る。仲間たちにバリアと攻撃防御アップの魔法を付与する。
エリオットは先陣切って突撃し、剣技・光剛破断の光の盾を爆発させる。破裂した光の盾が異形戦士を切り裂く。
アルフレッドは切滅八連による連続クリティカルヒット、アリシアは風陣連弾からの豪壮氷帝で異形の最大生命値を削り取る。
エイブラハムも超人化を有しており、狭い室内をアクロバットに動くと、剣技・衝烈風牙による風の刃で異形戦士を切り裂いた。
異形戦士たちは容赦なく全方位に闇の波動を放つ。壁や天井が吹き飛び、家具が落下していく。
直撃を食らった神光の戦士らはそれぞれに回復の魔法をかける。デイモンをかばって盾になったエイブラハムは、このパトロンの男を扉に突き飛ばした。
「デイモン、逃げろ。邪魔だ!」
アルフレッドはエクスカリバーを構える。
「狭苦しい天井が無くなってせいせいした」
剣技・無刃を発動。高加速でアルフレッドはアクロバットに敵を切り裂く。
アリシアは「嵐撃、暴風」と風斬りの竜巻を招来する。
異形戦士たちは苛立たし気に腕を振り回す。
さらにエリオットが神聖魔術「光烈、炸裂衝」と、光の爆弾を放ち、閃光で敵を貫く。
魔力・極五百パーセントを行使するクラリスは、「双竜雷舞」と、二つの魔法陣から雷のドラゴンを招来して敵にぶつけた。
「剣技・怒涛大地斬!」
エイブラハムはグラムを異形戦士に叩きつけた。地属性の剣撃だ。グラムは凄絶に魔物を切り裂き、この異形は苦悶の声を上げる。
果たして、この異形たちはそれぞれにパワーを集中すると、闇のオーラに包み込まれた。そして。異形戦士たちは自爆してホテルの上層を巻き込んで周囲を吹き飛ばした。
血まみれになりながらも、アルフレッドとアリシア、エイブラハムらは超人化で空を蹴って、どうにか着地する。クラリスとエリオットは飛行で大地に降り立つ。
地上では悲鳴が交錯しており、逃げ惑う人々で辺りはパニックになっていた。
「何てこった……」
アルフレッドは苦々し気に呟く。回復魔法で傷を癒す。
「いきなり魔物が現れるなんて」
アリシアの言葉にエリオットは「デイモンが狙われたのか、それともやはり俺達が狙われたのか」と言う。
「そうよ、デイモンは? あの人は無事なの?」
クラリスが言うと、エイブラハムは「探してくる。死なれちゃ困る」そう言ってホテルの中へ入っていった。
それから程なくして、デイモンを抱えたエイブラハムがホテルから姿を見せる。
デイモンの怪我はエイブラハムが回復させている。
「一体何がどうなっているんだ。お前たちを狙ってきたのではないのか。あれは闇の魔物であろう」
デイモンは気が立っている様子だったが、エイブラハムがなだめていた。
「とにかく、あんたが無事で良かった」
「全く……。とにかく、わしはオフィスに一度戻って、それから首都テレンスマージスに帰る。ここにいては何も出来んからな。エイブラハム、それに神光の戦士たち、傭兵団のことはよくよく考えることだ」
デイモンはそう言うと、歩いて立ち去った。
「俺達もドラゴンブレスへ戻ろう」
エイブラハムは言って、彼らは傭兵団支部へ向かう。
マイルズは室内に浮かぶホログラムのテレビ映像を視聴していて、アルフレッドらがやってきたのを見ると状況を察したようだった。
「あれ、お前たちだろう。何があったんだ」
「デイモンとは会えた。彼と話していたら、いきなり魔法陣が展開して、魔物が現れた。最後に魔物が自爆して……この有様だ」
エイブラハムの言葉にマイルズは驚いた様子だった。
「ホテルの室内で襲われたのか?」
「ああ」
「無茶なことをしやがるな。で、デイモンとの会見はどうなったんだ。進展なしか」
「それについてはその通りだな。デイモンの正論にはどうしようにも反論出来ない。あっちはあっちで譲る気が無い」
「くそっ……俺たちの支援者なのに政府に付きやがって」
そこでエリオットがエイブラハムに言った。
「あんた、本当にこの情勢を置いて出て行って大丈夫なのか。まだ事態は進行中のようだし。政府の決定とその後の展開を見届けていくべきじゃないか」
「ああ……そうかも知れん。付き合わせることになるやも知れんが、いいか」
「勿論、乗り掛かった舟だ。そうだろ、アルフレッド、アリシア、クラリス」
エリオットが促すのに、三人は頷く。
そうして、一同は共和国首都テレンスマージスへ向かうことにするのだが、事態は意外な形で急展開を見せることになるのだった。




