第一話
辺境の村、イズの外れ広場。アルフレッドは幼馴染のクリストファーと木刀で打ち合っていた。二人とも十八歳で、イズの村の数少ない若者である。
アルフレッドは裂ぱくの気合とともにクリストファーに打ち掛かる。クリストファーはそれを回避すると鋭い一撃を繰り出してくる。アルフレッドは「しまったっ」とよけきれずにその一撃を食らった。アルフレッドは痛恨の痛みにその場に崩れ落ちた。
「今日も俺の勝ちだなアルフレッド。これで七勝だ。約束通りアリシアには俺が告白するからな」
「ちっ……くそ。しょうがないな。だが見てろ。アリシアはきっと俺を選ぶからな」
「大した自信だな」
アリシアもまた二人とは幼馴染であり、幼少期のころは友情で結ばれ三人仲良く遊んでいたものである。だがやがて子供たちは自分たちが男と女であることに気づき始める。それからだった、三角関係が始まったのは。
クリストファーは手を差し出し、アルフレッドを引っ張り上げる。
「大丈夫か」
「平気だこれくらい」
その時だった。二人を呼ぶ声が近づいてくる。
「アルフレッド、クリストファー」
それはアリシアだった。
「やあアリシア」とアルフレッド。
「おっす、愛しのアリー」クリストファーは軽くおどけてみせる。
「まーた二人で剣の修行? 飽きないわね」
「何言ってんだ。俺たちは王都に上がって騎士になって魔物をやっつけるんだ。そのためにはもっともっと強くならないと」
アルフレッドが応じると、クリストファーもまた頷いた。
「俺はこの村も、世界も守りたいんだよ。そして、お前のことも」
アリシアは肩をすくめる。
「分かったわよ未来の騎士様。でもひとまずその棒切れを置いて、祭りの準備を手伝いに来てくれない? みんな男手が足りないって愚痴ってるわよ」
今夜はイズの村の伝統行事で、年に一度の光の神々に平穏無事を願う祭りがあるのだった。
「さあさあ、行くわよ二人とも。みんな待ってるんだからね」
アリシアにそう促されてはアルフレッドもクリストファーも行かざるを得ないところだ。
三人は広場を出て村に向かう。
「よーしみんな! 一、二の、三で持ち上げるぞ!」
村一番の力持ちブレットの掛け声で、ご神体の石像が祭壇まで運び出される。アルフレッドとクリストファーもそこにいた。
「気をつけろよ! 祭壇まで慎重に行くんだ!」
そうしてご神体が無事に祭壇に立てられると、ブレットは感慨深げにそれを見上げる。
「いつ見ても凄い作品だ。心が神聖な感覚に包まれるな」
このご神体は光の神を模していて、ずっと昔からイズにあるのだが、その起源を知る者はもう村にはいない。
それから男たちは儀式の舞が行われる演舞台の設置に取り掛かる。
女たちは総出で祭りための食事を作り上げていく。
そうして夕刻、準備を終えた村人たちは、村長の老婆ラモーナの邸宅前に集まった。ラモーナは杖をついていて、娘のスージーの介助を受けて皆の前に立った。
「皆の者、今日この日を無事に迎えることが出来たことを光の神々に感謝しよう」ラモーナは言って、吐息した。「だが……知っての通り、世界は闇に包まれてしまった。今や外界は魔物たちが跋扈する世界だ。我々人間に出来ることは、神に祈ることくらいしかないのかも知れん。ともあれ、今夜は生あることを喜び、闇を忘れよう。さあ皆の衆、祭りを始めよう」
ラモーナが言うと、村人たちは歓声を上げてキャンプファイヤーの燃え盛る炎に集まっていった。
クリストファーは早速アリシアを踊りに誘った。二人が炎をバックに踊る様子を、アルフレッドは見つめていた。
クリストファーはアリシアの手を取って、その言葉を口にする。
「アリシア、俺は決めたんだ。三角関係は終わりさ。心は一つ。俺はお前が好きだ。付き合ってくれ」
「クリストファー……」アリシアは困った様子だった。「アルフレッドは何て言ってるの?」
「何であいつのことなんか気にする。今は俺の言葉に答えてくれ」
「そんなこと言われても。すぐに答えは出ないわよ」
「それとも、あいつのことが好きなのか」
「アルフレッド?」
「ああ」
「それは……分からない。私、今でも二人が好きだから」
「何でさ。俺たちはもう子供じゃないんだぜ。そんなのずるい」
「ごめんねクリストファー」
アリシアの言葉に、クリストファーは吐息した。
「ったく……でも俺は諦めないからな」
すると、クリストファーはアリシアの手を放し、「選手交代みたいだ」そう言ってアルフレッドのもとへ歩いた。
「それで?」
「駄目だ。アリシアはまだ俺たち二人とも好きなんだとさ。子供なんだから」
「成程ね」
アルフレッドはクリストファーの肩を軽く叩いて、アリシアのもとへ向かった。
「アリシア、踊ってくれ」
「ええ……いいわ」
二人はキャンプファイヤーの赤い炎に溶け込むように踊った。
「クリストファーから聞いたよ。まだ心が決まらないんだって?」
「ごめんなさい。私最悪の女よね」
「いいんだ。今は踊ろう」
「アルフレッド……」
「何も言わなくていい。炎に身を任せよう」
そんな三人の様子をラモーナが見つめていた。ラモーナは吐息した。あの子らを辛い世界に送り込まなければならない。だが、それこそが光の神からの神託なのだった。
演舞台では巫女に扮したスージーが、儀式の舞を披露していた。人々はその優雅で神秘的な世界観に引き込まれて、スージーの一挙手一投足に目が釘付けだった。
「いつ見ても凄いなスージー」
クリストファーの言葉にアルフレッドもアリシアも賛同である。
と、そこへ鬼の仮面を付けたブレットが壇上に登場する。村人たちはざわめく。ブレットの舞とスージーの舞が交錯し、鬼と巫女の戦いを表していた。人々は拍手を送った。やがて、舞は最終局面に差し掛かり、巫女の剣が鬼を貫き、その邪悪な魂を浄化する様が演じられた。
ブラボー! ブラボー!
ブレットとスージーは観客にお辞儀する。
その夜、イズの村は平和な祭りの炎に染まり、人々は飲んで食べて神への感謝を捧げた。