第十七話
列車の中で、アルフレッドは携帯端末で主要なニュースを見ていた。
「何だこれ」
アルフレッドはその記事に目を通した。
「傭兵団は国に仕えるべきだ」、その書き出しで始まった記事は、先日までは政権のやり方に批判的であった識者のコメントで、「魔物との戦いは国防の要であり、それはやはり国に仕える者としての責務において果たされなければならない重大事だ。傭兵団はそれだけの重責を担っており、政権の方針に従って騎士団に編入されるべきだ」と。また、「王位を退いたとはいえ、エイブラハムの責任は重く、彼にはこの混乱を収めるべき責任がある」とまで書かれていた。
アルフレッドはその記事を仲間たちに見せた。
「どういうことだ。先日までとは正反対だ。この識者は傭兵団の自由意志を尊重していたのに。それにエイブラハム、あんたのことまで悪く言うなんて」
「それだけじゃないみたいよ」
アリシアが言った。
「他のサイトでも、傭兵団を批判する記事が出てるみたい」
「本当だ。どうなっているんだ」
エリオットは携帯端末に目を落とす。クラリスも言った。
「何かおかしいわね。こんな急に口調が変わるなんて」
「ふむ……どうもきな臭いな。明らかに俺を陥れようとしているかに見える」
エイブラハムは言って思案顔。
不穏な気配を感じる中、彼らはノイザラファルトに到着する。
傭兵団支部モーニングスターに到着した一行は、そこで傭兵たちから歓待を受ける。みな乾杯の音頭を取ってエイブラハムらを祝福する。相も変わらずの騒ぎっぷりで、男も女も酒を飲み交わしてはどんちゃん騒ぎである。
「これで傭兵王の選挙戦をやろうってんだからな。その点は心配にならないのか」
エリオットの問いにエイブラハムは肩をすくめた。
「まあ、なるようになるだろう。何だかんだで残った者はうまくやるものさ」
「それはそうかも知れないが」
そうして、一同は傭兵団長トラヴィスのもとを訪れる。体格のいい大男である。
「ようエイブラハム! 出立前に最後の視察中だってな。それに、神光の戦士らを紹介しておきたいとか」
「そうだ。彼らが神託を受けた神光の戦士たちだ」
するとトラヴィスはアルフレッドらを見渡して、「先の闇オーガとの戦いは見せてもらった。大したもんだ」そう言って肩をすくめた。
「どうだ、ここでも仕事を一つしていかないか。報酬は弾むぜ」
アルフレッドが真っ先に口を開いた。
「どんな仕事だ」
「北の渓谷にあるヴォールトン古遺跡からエンダー族に伝わる『女神の涙』と呼ばれる銘酒を手に入れてきてくれ。エンダー族にしか作れない」
「ただのお使いか?」
「それはどうかな。エンダー族がただでくれるとは思えないからな」
「その仕事だと、傭兵たちでもこなせそうなものだが」
エリオットが疑問を呈する。
「俺からの個人的な依頼だ。今は傭兵たちをそっちに回す余裕はないんでな。これでも魔物との戦で人員はいっぱいだし、余裕を見ておきたいからな。で、どうする、引き受けてくれるのか」
「報酬額は?」
「百万クレジットだ」
「酒にそこまで出すのか」
「無論知るはずもないが、『女神の涙』は愛好家の間ではコレクションとして高値が付くレアものなんだよ」
「分かった、引き受けよう。エイブラハム、構わないか」
「ま、好きにしろ。こいつも何らかの天命かも知れんしな」
かくして、一同は北の渓谷に向かって出立する。
魔弾鉄道を乗り次いで行けるところまで行くと、アルフレッドらは傭兵団の野営地に入った。傭兵たちはエイブラハムの姿を見て歓声を上げる。この元傭兵王は、指揮官に声をかける。
「どうだ戦況は」
「一進一退です。ですが、ここは絶対抜かせません」
「頼んだぞ。俺は行かねばならん」
「あなたが王を退くのは残念です」
「天命というやつだ。許せ。国を出る前には全てを公表する」
そうして、エイブラハムら一行は馬を調達すると、ヴォールトン古遺跡に向かう。
深い森を抜けた先、視界が開け、目の前に古代都市の遺跡が広がる。人影も見える。エンダー族であろう。アルフレッドらは馬を進め遺跡に入る。人々はこの失われた古代都市に住んでいる様子である。外部からの客を警戒してか、その表情にはどこか恐怖があった。一行を見るや子供をさっと引き寄せる親の姿もある。
エイブラハムはかつてここを訪問したことがあり、長老の下へ一同をいざなう。
と、そこで槍を持った戦士たちがやってきて彼らを止めた。
「戦う気はない」エイブラハムは言った。「族長のドルフに会いたい。『女神の涙』の件だ」
すると、戦士たちの中から隊長が出てきて、「エイブラハムか」そう言って槍を下ろすよう部下たちに命じた。
「イーデンか」
「そうだ。久しいなエイブラハム」
イーデンと呼ばれた隊長は、エイブラハムと握手を交わす。
「女神の涙が必要なのか」
「ああ、どうしても取引したいという奴がいてね。在庫はあるか」
「分かった、ドルフ様のもとへ案内しよう。話はそれからだ」
そうして、五人は族長のドルフの下へ通された。
「ドルフ様、あのエイブラハムがやって参りました。『女神の涙』の件でお話があるとか」
ドルフはイーデンからの報告を受けて、一同を見やる。
「久しいのエイブラハム。もう何年振りになるか」
「あれから魔物の攻撃はあったか」
「いや、お前さんたちがオークを徹底的に叩いてくれたおかげで、ここを狙う魔物はいなくなった。感謝している。だが……」
「何か問題が?」
「『女神の涙』は作ってやれん」
「どういうことだ」
「一週間ほど前じゃ。『女神の涙』を作るために必要な霊薬『光の雫』の採取場である岩山の泉が突如魔物に制圧されてしまった」
そこでアルフレッドが言った。
「そういうことなら任せてくれ。魔物は俺たちが倒す。『光の雫』があれば『女神の涙』は復活出来るんだろう?」
「そう簡単な相手ではないぞ若者よ。魔物は言っておった。間もなく神光の戦士達がやって来る。そなたらを岩山の泉まで案内するように、とな。神光の戦士とはそなたらのことであろう?」
「何だって俺たちのことを知っているんだ」
「罠かしら」
アリシアは思案顔。
「だとしても、行くしかないだろう。そんな危険な奴を放置は出来ない」
「やるしかないわね」
エリオットとクラリスは気合十分。
「決まりだな。ドルフ、そのふざけた魔物の下へ案内してくれるか」
エイブラハムは言って、ドルフに道案内を頼んだ。
「おおそうか、助かるぞエイブラハム」
「いや、俺たちのために貴重な聖酒を失うわけにはいかないからな。それにその魔物、俺たちを名指しで来るとは、上級の魔物だろう」
そうして、アルフレッドらは岩山の泉に向かって遺跡を発った。
岩山を進む道は静かなものだった。千里眼で先を索敵するが、どこにも魔物の気配はない。それから何の抵抗を受けることもなく、一同は岩山の泉に到着した。
「どこにも魔物はいないぞ」
「泉って……あれのこと?」
アルフレッドとアリシアは祭壇から湧き出る泉を覗き込む。
「何だこれ……」
泉は闇の力に汚染されており、真っ黒でどろどろの液体になっていた。
「ドルフ、泉はここだけしかないのか」
「…………」
エリオットにクラリス、エイブラハムはドルフの異変を察知する。
「お前、ドルフではないな」
すると、ドルフだった者は、黒いオーラを放って変身していった。長身の漆黒の異形戦士へと。何もない空中から鎌を取り出すと、正体を現した魔物は、笑った。
「族長はとうに死んでいる。俺が殺した。神光の戦士たちよ、命令により貴様らを殺すことにする。我が名はレ=リテア。死ぬまでの間、記憶するがいい」
レ=リテアは鎌を一閃する。衝撃波が来て、アルフレッドらは吹き飛ばされた。クラリスがすぐに全員にバリアを付与する。
ダメージを回復すると、戦士たちは反撃に転じる。アルフレッド、アリシア、エイブラハムらの剣技が炸裂するが、レ=リテアはそれらをシールドで弾き返した。
エリオットは神聖魔術で光の槍を連射するが、魔法は反射されて逆に痛打を被った。
クラリスが放った爆炎魔術も反射され、大ダメージを受けてしまう。
「何てこと!」
クラリスは回復しながら罵った。そこでクラリスは魔力・極で味方の攻撃防御を上昇させ、他にもステータスを底上げする。
レ=リテアは鎌を連続で一閃し、衝撃波で戦士たちのバリアを破壊する。しかしクラリスはすぐにバリアを再付与する。
アルフレッド、アリシア、エイブラハム、エリオットらは超人化で怒涛の剣技でレ=リテアのシールドを打ちのめした。金属的な破砕音がして、レ=リテアのシールドは消滅する。
レ=リテアは「おのれ!」とまた衝撃波を連射するも、アルフレッドらはバリアを盾に構わず切り込む。アクロバットに飛び、剣技を連打する。手応えはあった。レ=リテアは凄絶に切り裂かれ、その場に崩れ落ちた。
「シールド、消えてない?」
クラリスは弱い火矢を放った。魔法はレ=リテアに命中した。
「オッケー! それならマックスクラスで行くわ」
クラリスは魔剣ジョワユーズに触れ、魔力・極千パーセントで、「消滅覇、滅びの斬結界」と詠唱する。
レ=リテアの周囲に四つの魔法陣が展開し、結界と結界の間を閃光がほとばしった。レ=リテアの悲鳴が鳴り響く。ぼろぼろと崩れていくレ=リテア。地水火風と回復魔法ランク二のパワーストーンを十個以上落としていく。そしてポーションの類も十本以上落とした。また、剣技・衝撃斬と、魔盾強・魔法反射を落としていった。衝撃斬はエリオットが、魔盾強はクラリスが合成した。この魔法反射は自分自身にかける魔法を反射しないレアものであった。
「ふう……」
アルフレッドは吐息した。
「それで、結局、『光の雫』は駄目ってことね」
アリシアの言葉にエイブラハムが応じる。
「ああ。こうなってしまってはな」
「エンダー族の人達は大丈夫なのかな」
「ええ……一応、今の戦いは撮影しておいたけど」
エリオットの疑問にクラリスが答える。
「ひとまずエンダー族のところへ戻ろう。族長のことを伝えないと」
アルフレッドは言った。一同、戦闘が終わったとはいえ、警戒しながら岩山を下りる。
アルフレッドらが遺跡に戻ると、イーデンが彼らを出迎えた。事の次第をクラリスが撮影していた映像を交えて話すと、イーデンは驚きと悲しみの入り混じった表情を見せた。
「族長が魔物に入れ替わっていたとはな……少しその映像を借りていいか。一族のみなにも知らせてやらねば」
「じゃあ、みんなを集めて」
「分かった」
そうして、エンダー族の人々が集められ、クラリスの携帯端末の映像が公開された。誰もみなショックを受け、悲しみに涙する者もいた。
「族長の葬儀を執り行う。みな、畏敬と悲しみを送り出そう」
イーデンは一族の者たちに言葉をかける。
「……では、俺たちは戻るよ。残念なことになったな。かける言葉は見つからない」
エイブラハムはイーデンに言って、その肩に手を置いた。
「いや、危険な魔物から一族を救ってくれたのだ。こちらこそ礼を言わねばならん」
「そうか……」
「二度とこんなことが起こって欲しくないものだ」
「ああ……」
そうして、アルフレッドらはノイザラファルトへ失意の帰還を果たすことになる。
モーニングスターではトラヴィスが待ちかねたと言わんばかりに出迎えてくれたが、事態の真相を告げると、その表情は厳しいものに変わった。
「そうか、ドルフが死んだか。だがそのレ=リテアとかいう魔物は倒せたのだな。放置しておけばエンダー族にとって災厄になったかも知れん。よくやってくれた」
トラヴィスは百万クレジットを支払ってくれた。
「いいのか」
アルフレッドは問い返した。
「ああ。エンダー族を救ってくれたんだ。当然の報酬だ。受け取ってくれ」
「そうか。分かった。では頂いていく」
「これからどうするつもりだ」
それにはエイブラハムが答えた。
「次は東の都イスカルティアに向かう。ティアズオブレインのロミーに会っておくべきだろうな」
「そうか。何にしても、あんたがいなくなるのは残念だが、神光の戦士とやらの使命があるなら仕方がないのだろうな」
「今生の別れじゃない。また帰って来るさ。多分な」
「多分、か。てことは次の指導者はあんたが帰還するまでの代理王ということになるのかな」
「どう皆に伝えるかは任せるよ」
「ああ、分かった」
「ではな。俺たちは行くよ」
「負けるんじゃねえぞ、闇の帝王にな」
そうして、一同はトラヴィスとモーニングスターの傭兵たちに別れを告げ、東の都イスカルティアに向かうべく、魔弾鉄道に乗り込んだ。




