第十話
四人がムーアメルトを脱し、南の都ウィンレスタへ到着した時には日付が変わっていた。駅にはまばらな人影があったが、都は深夜でも大勢の人々が出歩いていて、夜の顔を見せている。
エリオットとクラリスはアルフレッドらが遭遇した事件を聞いて、魔剣やグラッドストンのことを知る。
「とにかくも、追手をかなり引き離すことが出来たはずだ」
エリオットは言って、周囲を見渡す。
「ここには軍が駐屯しているんだ。魔物との南部戦線の後方に当たるからね。馬を頂戴しようと思う。神殿までは一日もあれば着く」
「軍にも君たちのことが伝わっているんじゃないか」
アルフレッドの問いにエリオットは頷く。
「何とも言い難いが、その可能性もなくはない。大丈夫。ちょっと厩舎に忍び込んで、妹の魔法で衛兵に眠ってもらうだけだ」
「悪くない話だが、そんなに簡単にいくのか?」
「簡単ではないかもしれないが……夜の方がまだましだろう」
「俺達も陽動をしかけようか? ムーアメルトを脱した時みたいにさ」
「そうだな、そうしてもらえると助かるな」
「決まりだな」
四人は都の郊外にある軍の駐屯地に接近した。駐屯地の周りには柵が張り巡らされている。出入口の数は限られている。
「アルフレッドたち、大丈夫かしら」
クラリスは兄と共に待機していて、入口の衛兵の様子を伺っている。
「彼らは既に魔剣を持っているし、パワーストーンというものは凄い力を持っているようだ。大丈夫だろう」
そうして、程なくすると、反対側から爆発音が鳴り響いた。エリオットらが見ている前で、見張りの衛兵たちが駆けていく。アルフレッドらは火薬を積んである荷車を炎の魔法で爆破したのだった。
「敵襲だ!」
「襲撃だ! 備えろ!」
怒号が飛び交う。
「今だ」
エリオットとクラリスは動き出した。勝手知ったる何とやらだ。身を隠しながら厩舎に辿り着く。
「クラリス」
「分かっています」
周囲には思ったよりも多くの衛兵が残っていたが、クラリスが催眠の魔法で次々に眠らせていく。
「よし、急ぐぞ」
二人は軍馬を四頭盗むと、すぐに転移の魔法で駐屯地を出た。
それから待ち合わせ場所でアルフレッドとアリシアと合流を果たす。
「うまくやったようだな」
「ここまではな。追手がかかる前に逃げるとしよう」
四人は夜の闇に紛れてウィンレスタを後にする。
主要な街道は軍と出くわすことが多い。アリシアとクラリスが千里眼で先を見通しながら四人は街道を避けて進む。それから真夜中、四人はキャンプを張って仮眠を取ることにした。
アリシアが料理を担当し、適当な食材でスープを作った。体が温まる。ぬくもりが五臓六腑に染み渡る。
「あり合わせのものでよく作れるね。おいしい」
エリオットはスープのお代わりをした。
「まあね。村じゃ毎日料理してたからこれくらい出来て当然よ」
「私は駄目ね」クラリスは肩をすくめた。「料理とか家事は全部使用人任せだから、それに前線に立つこともあるし……戦いの方が得意かも」
「凄い。さすが王族ね。本気で言ってるのよ」
アリシアは言って笑みをこぼした。
「こんな機会でもなければ言葉を交わすこともないだろうしな」
アルフレッドが肩をすくめる。
その時だった。近くの木立がざわめき、影が幾つか現れた。四人は戦闘態勢をとる。
オークたちだった。敵を発見してオークは咆哮して仲間を呼ぶ。
クラリスが無数の風の刃を放ってオークたちの首を切り飛ばす。
それでも、ばらばらと暗闇の中からオーク達が姿を現す。
聖騎士のエリオットは盾を構えると、それを勢いよく地面に突き立てた。
「聖なる光、邪悪を滅せし!」
盾が閃光を放って、漆黒のオークの群れを光がかき消した。ポーションをいくつか落としていく。
オークの残党は悲鳴を上げ逃げだした。
「エリオット」アルフレッドは驚いた。「あんたも魔法が使えるのか」
「俺は聖騎士だからな。神聖魔法には精通している。だが君達のパワーストーンには及ばないかも知れないが」
「いいや、魔剣を手にしたらあんたらもパワーストーンを使うことが出来るさ」
「そのようだがな……。さて、とんだ邪魔が入ったな。交代で見張りを立てた方がよさそうだな」
そうして、彼らは怒涛の一日を終えてどうにか次の朝を迎えるのだった。
朝が来る。四人は朝食をとって一息つくと、出立した。
街道から外れた森の中を抜ける道を進み、グラーネルト大神殿跡地を目指す。
目的地に近づくにつれ、人の気配は消えていき、荒野の匂いが鼻につく。
「そろそろ森を出るか」
エリオットが言って、四人は木々の群生を抜けた。
南へ向かう道は荒れ地に続いている。かつては町か村があった土地は荒れ果て、人影はない。ここはもう人の手が及ばぬ地域だ。
「あれは何だ……」
アルフレッドは近方に集団の影を発見してエリオットに問う。
「魔物との戦だな。ここはもう南部戦線の中にあるということだ。このままやり過ごそう」
「待って、そうもいかないみたいよ」
アリシアが視線を向ける。
十体ほどの魔狼に乗ったオーク小隊がこちらへ向かってくる。
「仕方ないな」
アルフレッドは地の魔石をセットすると、「出でよ怒涛、衝撃弾!」と魔法を開放する。大地が無数の岩となってめくり上がり、オーク目掛けて岩弾が放たれる。それらの衝撃の弾丸はオーク達を一撃で打ち砕いた。
「大地の魔法ね。やるじゃない」
クラリスは感心した様子である。
「先を急ごう。戦に巻き込まれたくはないからな」
アルフレッドは言って、肩をすくめた。
それから馬には無理をさせたが、ようやっと、四人の神光の戦士たちは、グラーネルト大神殿跡地へと到着したのだった。
大神殿跡地は、かなり荒廃していたがかつての栄華を思わせる巨大な空間であった。天井は崩れてしまっているが、広大な敷地を貫く列柱回廊に、壊れてしまった神々の彫像の数々。
「アリシア、来たみたいだな」
「そのようね」アルフレッドの言葉にアリシアは応じる。
神殿の奥からコーラスが響いてくる。エリオットとクラリスはコーラスを聞くのは二度だ。そして光が上空から降ってきている。
四人が光の下へと参ると、光の神々の声が鳴り響いた。
「来ましたね、我が子ら。神光の戦士たち。アルフレッド、アリシア、あなた達にはご苦労様でしたと言わねばなりません。天命があなた方を導いたのです。そしてエリオットとクラリス、よく辿り着きました」
その声にクラリスが口を開いた。
「光の神々よ、私たちはあなた方の言葉に従い、どうにかここまで来ました。しかし、予想だにしないこともあります。侍従長のエルマーが闇の手勢の首魁かも知れないのです。他にもあのような事態はあるのですか? 王国内部には、父上以外にもまだ闇が巣食っているのですか?」
「あの宮廷魔術師には気を付けなさい。王妃に酷い強制魔術を使った人物です。それに、国王にもよからぬことを吹き込んでいる様子。何かを企んでいてもおかしくはありません」
「バルナルドが?」
「闇が深くなっています。さあ、エリオット、クラリス、魔剣を受け取る時が来たのです」
神々の声が響き渡ると、コーラスが高まり、二つの光が降りてきた。
「さあエリオット、あなたにはクラウ・ソラスを授けましょう。生命回復と剣技・光剛破断のパワーストーンを付けておきましょう」
「はい」
エリオットは魔剣を手に取った。
「クラリス、あなたにはジョワユーズを授けましょう。同じく生命回復と、魔力・極のパワーストーンを付けておきましょう。ただ、魔力・極の扱いには気を付けておきなさい。都度、魔力を上昇させて魔法の効果や威力を高めることが出来ますが消耗も激しくなります。自身の残存魔力と相談して使用することです。魔力回復アイテムと併用することを推奨します」
「分かりました」
そして、神々の声は続いた。
「アルフレッド、アリシア、悟りの迷宮でパワーアップを果たしたようですね。あなた方にも新たなパワーストーンを授けましょう」
そうすると、アルフレッドとアリシアの下へ二つのパワーストーンが舞い降りてきた。
「アルフレッド、剣技・激烈乱舞を授けましょう。アリシア、あなたには剣技・竜神の吐息を。そして……」
さらに多くの光の玉が降ってきて、それぞれ地水火風のパワーストーンが四つずつ、また地水火風・耐性のパワーストーンが四つずつ、加護・神気のパワーストーンが四つ、状態異常・耐性が四つ、さらには魔盾、睡眠、魔法封印、毒化、石化、混乱、魅了、強制魔術ギアスのパワーストーンがそれぞれ一つずつと、合計四十八個のパワーストーンが与えられた。
これにはさすがの彼らも、戸惑いを隠せない。アルフレッドが問うた。
「お伺いしたいのですが、これだけのパワーストーンを頂いても、魔剣に装着出来るのは二つなのですが」
「そうです。無論分かっていますよ。魔剣使いに新たな秘儀を伝授しましょう。パワーストーンの合成、強化、分解です」
四人は顔を見合わせる。
「魔剣使いだけが使える秘儀です。アルフレッド」
「はい」
「今装着しているパワーストーンは何ですか」
「ええっと……体力回復に地の魔石です」
「では、火のパワーストーンを手に取りなさい」
アルフレッドは言われた通りにする。
「地の魔石に火の魔石を近づけてごらんなさい」
すると、二つのパワーストーンが共鳴して輝き始める。
「合成と唱えるのです」
「分かりました。『合成』」
そうすると、地の魔石に火の魔石が吸い込まれて、黄色と赤い光を放った。
「これは……」アルフレッドは感じ取ることが出来た。「地の魔法と火の魔法が使えるようになっている……凄い。こんなことが」
「では元に戻しましょう。手をかざして分解と唱えるのです」
「『分解』」
今度は火の魔石がアルフレッドの手に戻ってきた。
「では次に強化をやってみなさい」
「はい」アルフレッドは地のパワーストーンに火のパワーストーンを近づける。
「『強化』」
また、今度は地の魔石が強く輝いた。アルフレッドは得心がいった。
「分かります。地のパワーストーンが強力になっている」
「ではまた分解を」
「はい、『分解』」
そうするとまた同じく火の魔石が戻ってきた。
「こうして、ベースとなるパワーストーンに、全てのパワーストーンを複数合成したり強化したり出来るのです。アクロバットなことを言えば、剣技のパワーストーンに毒化のパワーストーンと水のパワーストーンの二つを合成することも出来るのです。水属性の魔剣に水属性の魔法が使え、そして剣技のダメージと共に敵に毒の状態異常を付与出来るのです。そのバリエーションは使い手次第で千差万別。ですから、パワーストーンはいくらあっても足りないことはないのです」
「それは凄いですね」
「今、あなた達は相当数のパワーストーンを持っていますね。戦いに備えて、パワーストーンを整えておきなさい。その準備をすることで天地の差が出ますよ」
そうして、光の神々は去っていく。
「次に会うのはまた先になるでしょう。さあお別れです。光の加護があらんことを……」
アルフレッドらは光とコーラスが消えていくのを見送った。
「さて」アルフレッドが皆の方を向いた。「みんなパワーストーンの準備だな。こんなことは最初から言って欲しかったな」
「そうね」アリシアも肩をすくめる。
エリオットとクラリスはクラウ・ソラスとジョワユーズを手にして、軽く振っていた。
「これが魔剣か……凄いものだ。神霊力というやつか」
「本当ですね。これは……魔力・極はとてつもない」
そこでアリシアが口を開いた。
「さあみんな、パワーストーンの準備に取り掛かりましょう。そのためにここまで来たようなものね。次はどんな敵が相手かも分からないし、その……宮廷魔術師や侍従長とかが絡んでいるならなおのことよ」
一同頷き、それぞれにパワーストーンの合成や強化で魔剣を鍛え上げた。
四人は準備を整えて作戦会議に入る。
「まずはエルマーの件だな」エリオットは思案顔だった。「あ奴、魔術を操るなんて、ただ者じゃない。裏で糸を引いてるに違いない。俺たちを逮捕したくらいだからな。口を割らせないと」
「それからバルナルドね。母上にギアスを使うなんて……許せない」
「確か……」アルフレッドが言った。「例の神託のことだが、国王は操られている可能性があるんだよな」
「ああ、そうだ。今となっては確信だな」
「そのヴィジョンに映っていた黒衣の剣士……何者かしら。エルマーではない感じよね」
アリシアの疑問にクラリスは顎に指を当てた。
「それは……確かに引っかかるところだけど」
その時だった。四人の背後で風が渦巻き始める。生暖かい風と不快な匂いを鼻孔が感じる。
「何だ?」
四人とも魔剣を抜いて振り返った。
地面に魔法陣が展開しており、闇が水のように溢れ出している。そうして、その闇の洪水の中から、侍従長エルマーが浮かんできた。
「エルマー!? 貴様やはり闇の手勢か」
「お前たちに何も知らせる必要もない。お前たちは今からここで皆死ぬのだからな。呪われし王子と王女、異国の悪の魔剣士にそそのかされるも、討伐されて王国に光が戻る……墓碑銘に使えそうですな。だがまあ、死ぬのだ。せめて我が名前だけでも冥府に持ち帰るがいいでしょう。我が名はバルベル。お前達を殺すものだ」
「どうやら、話し合いで解決する時間はないようだな」
アルフレッドらは戦闘態勢を取る。
バルベルは両手を広げると、空を仰いだ。
「抗うがいい人間よ。そして、我が闇の腕の中で絶望と共に息絶えるがいい!」
侍従長の姿をしたこの闇の眷属は、神光の戦士たちに向かって踏み出してきた。




