八話 突然の脅威
ネットカフェ『まったりんこ』
金剛寺さん達と一緒に入った私達は、それぞれ言われた通りに行動することにした。
私とリンさんは物資を。
お兄ちゃんと金剛寺さん。そして荒木さんはネットカフェ内の探索。
私達女性陣は食料などの物資散策をするという簡単作業だけど、ちゃんと残っているのかわからない。
だから万が一を兼ねて武器を手にしたまま私達はネットカフェに入る。
幸いなのかどうなのかはわからないけど、窓が割れている。自動ドアだったそれは見事に大きく割れて、人が入れるくらいの大きく割れている。周りに残っているガラスの破片と、先にこびりついている赤や黒い血が惨状を物語っていた。
更には――ネットカフェ内にも赤と黒のそれがいたるところに………。
「………っ」
入り口でこの状態………。
これが、現実なんだ………。
映画とかドラマでしかないフィクションの世界が、今現実で起きている。
今でもまだ信じられないという思考が私の思考を独占しようと……、現実逃避させようとしてくるけど、もう見てわかってしまった。腕を抓ってみたけど、痛いから、これは現実。
現実で、ここで起きたことがどれだけ恐ろしかったのかも、現実として私達に刻まれる。
お兄ちゃんが私の背中を撫でてくれたから、恐怖で固まることはなかったけど、ここでもし、一人だったら………。
………いや、考えたらだめ。
頭をフルフル振るって思考をクリアにして、目の前のことをするために私はバールを握る力を籠める。
今は、食料だ。
そう心に刻んで………。
「燐――後は頼む」
「そっちもな」
金剛寺さんとリンさんの言葉を皮切りに、私達は別々に行動することに。
〓 〓 〓
ネットカフェ内は二階構成で、一階がオープンスペース。二階が個室とかいろいろあるみたいだ。一人で食事をするテーブルがあって、倒れているけど本棚もある。おしゃれなスタンドもあって、一見するとおしゃれなカフェみたい。
受付もあって、その後ろにはカードキーを入れている棚と、スタッフルームと書かれた扉があって、金剛寺さんは受付に向かって上がり込むような形で入り込むと、カードキーが入っている棚から一枚の黒いカードを取り出す。
取り出したところに書かれている『マスターキー』の文字。
それを見ていた荒木さんは呆れた顔をして――
「そんなことせずとも、武器を使って割って入ればいいじゃないか。もうここは無法地帯そのものなんだ。わざわざ無駄なことをして何になる」
って言ったけど、金剛寺さんはその言葉を聞いて『いや』と言いながら荒木さんのことを見て言う。
「確かに壊せばいいが、その音を聞いて他の『感染』者がここに来たらどうする? それに、警官の『感染』者が来てしまったら危険だ。ここは鍵を開け行くしかない」
「う」
「?」
金剛寺さんの言葉を聞いた荒木さんは唸る声を出して、腕を組んで少し考えてから黙ってしまったけど、その前に私は金剛寺さんの言葉を聞いて疑問を抱いてしまう。
確かに『感染』者に聞かれたらたまったものじゃない。
けど、どうして警官の『感染』者は危険なんだろう………?
『感染』者なら誰も危険だと思うけど………、そう思いながら聞いていると金剛寺さんはリンさんにスタッフルームのカードキーを渡し、それからそれぞれ行動することになった。
私とリンさんは受付の奥にあるスタッフルームのドアの前に立ち、リンさんがドアの近くにあるカードキーを読み込む機械に、赤いランプがついているその機械にカードをスライドさせる。
すっと音もなくスライドさせ、赤いランプから緑色のランプになった瞬間、ドアの奥から鍵が開く音が聞こえて、その音を聞いたリンさんは私のことを見て頷き、そのままドアノブに手を掛けて、ゆっくりとドアノブを下ろす。
下ろすと、小さく『カチャ』と言う音が聞こえ、リンさんは少しずつドアを開けて、ドアの隙間から中を覗いた。
きっと、『感染』者がいるかもしれないことを想定しての行動だろう。
万が一。用心に越したことはない。
金剛寺さんが言う言葉を使うならこれだと思う。
でも、案の定ドアの向こうには何もいなかったらしく、リンさんは除くことをやめてからそのままドアを開けて、私に手招きしながら中に入るように促す。
促されたことで私も中に入って、スタッフルームにあるものを見ようと視線を前に向けた瞬間…………。
一気にショックが盥のように落ちてきた。
「やられたな」
リンさんも驚きを隠せない顔で頭を掻いている。
でも仕方ないよ。みんな絶対にこれを見たらそう思ってしまうだろう。
だって――スタッフルームはもう、殆ど狩り尽くされた後、もぬけの殻だったのだから。
〓 〓 〓
「リンさん、そっちに何かありますか?」
「なんもないなー。調理室も見たけど、どれもこれも腐っててだめだ。調味料しかない」
がさがさ。ごそごそ。がさがさ。ごそごそ。
「調味料ではお腹は膨れませんもんね………」
「インスタント食品もなければ、菓子もない。海苔一つもない。カップ麺もないしあろうことかシリアルもない。完全に食える食品持ってかれたな」
がさがさ。ごそごそ。がさがさ。ごそごそ。
「海苔って……、確かにおにぎりには使えそうですけど………」
「いいや、海苔って意外と小腹を満たしてくれるんだ。特に味付けとか」
「そう………、なんですね」
「ああ、一度試してみろ。味付けがない時は砂糖と醤油を混ぜたそれを少し垂らして食べたらちょっとしたお菓子になる」
「た、試す機会があれば………」
スタッフルームの中を漁りながら会話をしている私とリンさん。
私はスタッフルームの奥にあるキッチンで保存食とかがあればいいと思い探しているのだけど、現実はそんなに甘くない。
リンさんは冷蔵庫とか他の所にあるかもしれないお菓子などを探していて、私はキッチンの収納スペースを探している。
スタッフルームは一言で言うと、血で汚れて、荒らされた形跡だけが残っている状態。
その部屋には三体の死体が転がっていて、みんな黒い血と、青い血管が浮き上がった状態で倒れている。
そう――これは『感染』者になった証拠。
その死体の上に物やロッカーが倒れている光景を見て、私は吐き気を催しそうになった。吐きはしなかったけど。
荒らされたそれは床や壁に付着した血の上から被さっている状態で、リンさんはそれを見て『ここで『感染』者になった奴がいて、噛まれて、『感染』者になって、殺された後ここに侵入して物色されたんだな』て言っていた。
リンさんの言う通り――物を漁った形跡があちこちに残っているけど、今は残っている物があるかどうか見るしかない。
収納スペースに目をやるけど、缶詰やパスタ。後は小麦粉とかいろいろ見て見たけど、どれもない。
あるのは少しだけ残っている調味料だけ……。
「きっと調味料は後から調達できると思って、持って行かなかったんだろうな………。食える物だけちゃんと無くなっている」
「………まさかの無駄足でしたね」
言葉通りの展開に私は落胆の息を吐いてしまう。
僅かにある希望に縋った結果がこれって………、どうして……。
そう思っていると、リンさんは腰に手を当てて、溜息を一回吐いてから「仕方ない」と言って、肩を落としてしまっている私を見ながら言う。
落胆を思わせないその顔を私に見せて――
「みんな生きるためには仕方がない事だって。こんなことは何度もある。荒木さんの会社にあることを願うしかない」
と言って、傍に置いてい合った首バットを手に持って肩に乗せる。
確かに……、そうだよね。
こんな状況で、譲り合いはない。
みんな、生きるために必死になんだよね。
私も同じ立場だったら………、あるだけ持って走るな………。
そう思っていると、リンさんは私のことを呼んで、続けて『そう言えば聞きたかったんだけど』と言った後、リンさんは私に向けて聞いて来た。
「望君から少し聞いた話だから、言いたくなかったら言わないでいい。ただ、私が気になったってことなんだけどさ――希ちゃんはなんで」
引きこもっていたの?
………………………。
なんで引きこもっていたの?
その言葉を聞いた時、私の脳裏に浮かびあがる中学校の時の光景。
最初は嫌だったけど、どんどんそれが悪化したあの時期。
なんど言ってもやめようとしない。どころか悪化して、精神的に怖くなっていかなくなってしまったあの時。
そのことを思い出した私は、心臓の辺りに来る気持ち悪さ。そして――脳裏にちらつくあの顔を思い出して、顔を歪めてしまう。
私の顔を見たリンさんは少し慌てた様子で『いや』と言った後――すぐに私に駆け寄って肩に手を置くと、私の視線に合わせるようにしゃがんでこう言ってくれた。
「やっぱ、やめとく。これはプライバシーというか、正直引きこもっていた理由は人それぞれだ。望君にも話していなかったことを聞いて不思議に思ったから聞いたんだが、余計だった」
ごめん。
頭を下げて謝るリンさんに、私も慌てて弁解の言葉をリンさんにかける。
「いや、その………リンさんは悪くないです。私が、引きこもるほど弱かったから。それに、人に言えないくせに引きこもっている時点で、私もダメなところもあるし……」
と言いながらどういえばいいのか模索して言葉を口にしていく。
そうだ。
普通は引きこもっている時点でダメなんだ。
でも私は弱い。
弱いからこんな選択しかできない。
反論も、それに対しての反発もできない弱い人間。
だから、これは私が駄目な選択をした結果。聞かれても仕方ない事。
よく近所のおばさん達も言っていた。お母さんと話している時、おばさん達は私のことを『本当にダメな娘さんね』って、馬鹿にしていた。
きっとあのことを聞いてそう言っているんだと思うけど、誰も信じてくれなかった。だけど話続けようとしなかった私が悪い。
全部全部――私が悪いんだ。
自責じゃない。
これは――確じ――
ガンッ!
「「――!?」」
キッチンの向こうから、金属性の何かが落ちる音が聞こえ、音がした――死体が転がっている部屋を見た私達は、驚きのまま固まってしまった。
だって、私達に目に映ったそれは、死んでいると思っていたそれだったからだ。
簡単に言うと、スタッフルームで死んでいた死体の一体が立っていて、虚ろと言えるかわからない真っ黒い目は天井の角を見ているかのように斜め上に向けられている。
黒い血を流し、その場で立っているそれを見た私は、脳内で思った。
直感的に――あの死体は三体じゃなくて二体で、まだ一体は『感染』者として生きていたんだ。と。
生きているという言葉を使っていいのかわからないけど、それでも『感染』者はそこにいる。
そこにいて、ぼーっとした状態で立っている。
隙を見れば、音を出さずに行けるかも。と思っていた時だった。
――かしゃん――
何気なく置かれていた包丁が、こんな時に限って床に落ちて、音を出してしまったのだ。
それを聞いた私達は顔面蒼白になって、同時に――
「――ゴォるぅウウウあああアぁああアアアァァっっ!!」
『感染』者が私達に向かって走って来た!