表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/44

七話 『感染』者

「はい!」

「これ持っていきな!」


 外に出る時、私の声をかけてきた人たちがいた。


 一人はこの拠点の炊事担当の別府さん。別府さんは私にアルミホイルに包まれた三角のそれを一つと、ドラマとかでよく見る黒い機械――無線機を渡してくれた。


 もう一人は医療担当の福本さん。福本さんの手にはエネルギーバー (チョコ味)と、なぜかバール。


 それを見た私は驚きながらそれを見て、二人のことを見ると、二人は私のことを見て笑いながらこう言ってきた。


 最初に言ったのは別府さんだった。


「パンデミックになった後の外は初めてだろ? それに病み上がりだから、お腹すいたらおにぎり食べな。塩おむすびだけど。あと無線の使い方はリンちゃんか勉くんに聞きな」

 

 別府さんはそう言って私におにぎりと無線を渡してくれる。ニコニコした顔でそれを渡すと、今度は福本さんが私にエネルギーバーとバールを握らせて来て……。


「おばちゃんからはおやつ! 大丈夫食べ物に関しては何とかするわ! あとこのバールは希ちゃんの護身用! これで『感染』者のドタマかち割りなさいっ! そしたら『感染』者もぽっくりよっ!」

「あ、ありがとうございます」


 福本さんと別府さんのご厚意でもあるそれらを手にした私は、申し訳ない気持ちでおにぎりとエネルギーバーをパーカーのポケットにしまう。


 ポケットが少し大きくて助かった……。


 無線は無理だから持たされたみんなのスマホが入っリュックにしまい、バールは手に持ったまま私は二人に頭を下げてお礼を言う。


「本当にありがとうございます。私だけのためにここまで………」

「いやー、むしろ希ちゃんはいい子だと思うよ? まだ病み上がりというか、寝起きなのにここまで行動してくれてさ」

「そうだよっ! それにまだ育ちざかりなんだから、遠慮はしない! 危険な目に合うのに、何もなしってのは嫌だろ?」


 お礼を言って顔を上げると、私の頭に手を置いて撫でてきた別府さん。そのあと後退でまた撫でてきた福本さんの行動に、私はされるがままになって撫でられ、頭を揺らしてしまう。


 これは、犬を撫でているような感覚……。


 されるがまま。まさにそれがふさわしい様な状態でいると、福本さんは撫でることを止め、別府さんの顔を見て頷き合った後、今度は私を見て言ってきた。


「生きて帰って来てね」

「おいしいご飯作って待ってるかんな」


 福本さんと別府さんは言う。


 それは温かくて、二日間しか話せなかったけれど、それでも温かくて、優しい言葉だった。


 目の奥が熱くなるような感覚。


 この状況の所為なのか、それとも今まで引きこもって精神的に不安定だったのか、涙が出そうになる気持ち。


 その気持ちを抑え、無言のままこくこく頷きながら私は二人に返事する。


 言葉のない返事でも、二人は笑いながら私のことをまた撫でたり、肩を叩いたりしてくれる。


 たったそれだけなんだけど、今はそれが嬉しい。


 嬉しいからこそ、今の状況を知り、帰らないといけないという気持ちが強くなった。


 生きるために、私は行かないといけない。


 外と言う――パンデミック後の世界に。


 準備を終えて、お兄ちゃんとリンさん。そして荒木さんと金剛寺さんに頭を下げた後、私はお兄ちゃん達と一緒に図書館拠点の非常口を使って外に出る。


 本当の正面扉はバリケードをしているので、今はこの非常口を使って物資を調達して出入りしているみたいだ。


 そこのドアを開ける金剛寺さん。少し錆びているような音が聞こえ、そのままドアを開け、私の視界に入った世界は――


 半壊している建物。


 使い物にならなくなってしまった車。半壊している車。


 圧し折れている道路標識に光らなくなってしまった信号機。


 風に乗って来たのか、はたまたは近くで燃えているのか、焦げ臭いにおいが鼻に入り、ガソリンの臭いも入ってきて鼻を押さえてしまいそうになる嫌悪感満載臭。


 一言で言うと臭い。


 そして――いたるところで徘徊したり、何かを食い漁っている人………だった存在達。


 真っ黒い目でどこを見ているのかわからないそれを見た瞬間、私はお母さんを襲ったあの強盗を思い出してしまう。


 あの時と同じ、強盗と同じ目をして、ところどころ腐ってしまい、血まみれになって呻きながら足を引きずって歩いているそれらを見て理解してしまう。


 あれが『感染』者。


 ゾンビに見えるけど少し違う存在達が、街のいたるところにいる世界。


 これが――パンデミック後の世界。


 ご想像通りの崩壊してしまった世界だが、私の視界に広がっていた。



 〓  〓  〓


 

「おおおォォオオオ」

「ゴあああアァアあああぁぁ」

「うううううゥウウウウぅうううウウウ」


「………っ!」


 街のいたるところで徘徊しては呻いて足を引きずる『感染』者。


 私達はそれを避けながら歩道を一直線に並んで歩いている。


 先頭から金剛寺さん、荒木さん、お兄ちゃん、私、リンさんと言う順番で。


 みんな物資を入れるためのリュックを背負い、各々武器を持った状態で歩いている。


「…………………………」


 ちらりと道路の方を見る。


 道路にはいたるところで『感染』者が歩いていたり、何かを食べている。


 食べているものに関しては、見たくない………。


 あれが元々人だったとは思えない様な惨状で、付着した血、青く血走った顔や腕、足。それを見て私は声を殺しながらお兄ちゃんに駆け寄る。


 駆け寄って、お兄ちゃんたちのことを見て言う。


 震える声で、あてもなく徘徊しているそれに向けて指さしながら……。


「あ、あれが………『感染』者?」


 震える私の言葉に、お兄ちゃんやリンさん。金剛寺さんは頷き、荒木さんは舌を突き出しながら「うげぇ」と声を吐き捨てる。


 あれが、パンデミックの原因になった………『感染』者。


 あれがいたるところにいて、そして、元々は私と同じ人間だった………。


 それが今となっては見る影がないゾンビになってしまった。


「本当に、ゾンビだ………」

「希………、ちょっと聞いてもいいか?」

「?」


 現実の惨状を目の当たりにした私を見て、お兄ちゃんが首を傾げた雰囲気で私を呼ぶ。


 普通に――普通の声量で。


()()()()()()()()()()()()()()()?」


 その言葉を聞いた時、私は驚きの顔をしてお兄ちゃんのことを見るけど、みんなは私のことを見ながら意味が分からない様な顔をして首を傾げている。あのリンさんでさえ私を見ながら目を点にしている。


 実を言うと、私は外に出てからずっと声を小さくして話していた。


 理由は簡単というか、みんな分かっていると思うけど、『感染』者に気付かれないように、なるべく声を小さくしているから。


 よくゾンビ映画でも、大きな音を出したらゾンビが駆け寄ってきたり、それで危険な目に合う場面が多かったから、なるべく声のトーンを小さくしているだけなんだけど………。どうしてそれでみんなそんな顔をするの?


「いや、だって………、声大きくしたら、気付かれる、と」


 みんなの言っていることが理解できなかった私は、なるべく声を殺して言うけど、お兄ちゃんたちは更に首を傾げている。荒木さんに至ってはなんだか私のことを馬鹿として見ている………っ!


 いや……、私普通です。正常な判断をしたまでで……。


 なんかここでみんなと私の間に変な食い違いというか、変な誤解が生まれてしまった………。


 ていうかしょっぱなからこんなことで蟠りというか、溝ができてしまうなんて……っ。


 引きこもりの所為で正常な思考が定まっていない私。そんな私を見て、お兄ちゃんは理解したのか、私のことを見て名前を呼んでから言ってくれた。


 慌ててしまう私を落ち着かせて――


「希――勘違いというか、『感染』者はそこまで耳がいいわけじゃない。普通にしゃべっても襲い掛かってこないから」

「え?」


 普通にしゃべって、も、大丈夫?


 思わず普通のトーンで言ってしまったけど、少し遠くで足を引きずりながら徘徊している『感染』者を見ると………。


「ああぁあアアアアあああああァァァァアアア」


 私達に見向きもしないで歩いていた。


 私たちが居る場所を無視して、というか気付いていないかのように。


「ほ、本当に、普通に話しても襲ってこない………」

「な? 心配し過ぎだよ」

「逆にフツーのトーンで喋っているドラマとか映画はどうなんだよ………。その時点でゾンビに噛まれて死ぬだろ」

「あ」


 お兄ちゃんに諭され、リンさんの正論を聞いて私は間の抜けた声を出してしまう。


 確かに、よくよく考えたらそうだ……。なんてこった………。


 荒木さんの呆れた溜息が聞こえたけど、それに対しても『感染』者は聞こえてないみたい。


 そんな私達の会話を聞いてか、先頭を歩いていた金剛寺さんが徐にポケットからスマホを取り出すと、私に向けて『感染』者についての説明を始めた。


「そうだ。『感染』者は大きな音に反応する。普通に話したり、大きな声で喧嘩をしたとしても襲ってこない。一際大きな音を聞いた時だけ襲い掛かって来る。きっと聴覚が鈍っているのかもな」

「!」


 金剛寺さんの言葉を聞いて思い出す――襲われた時の記憶。


 そうだ。あの時確か………お父さんから着信があって、それで襲われたんだ。


「つまり……、大きな音を出さなければいい、ってことですか?」

「そうだな」


 と、私の言葉を聞いて頷く金剛寺さんは、なぜかスマホをタップした後、そのまま道路に向かってそれを投げ捨てた。


 マナーが悪い人が空き缶を捨てる様な感覚でスマホを捨てて、からから音を鳴らして回りながら遠くに行ってしまうスマホ。


 誰のかはわからないそのスマホは道の真ん中で止まり、少ししてから――それは起きた。


 ――ピピピピピピピピ!!――


 突然鳴り響いたアラーム。


 目覚ましを掛けた時と同じ音が止まることなく鳴り響き、止まることなく鳴り続く。


 そして――


「がぁアアアァアアアアガぁッッ」

「ゴぉあああぁぁアアアアアァァああアァ」


 スマホに向かって走り出す『感染』者。


 人の走りでもないその動き方。獣のように四つん這いになって走ったり、前のめりになりながら走ってスマホがある場所に手を叩きつける。


 叩きつけると同時にスマホに向けて噛み付く動作をしている『感染』者。そのままどんどん音につられて集まって、そのままどんどん重なっていく。まるで一人の犯罪者を数人で追い込んでいるような光景。


 その光景を見て、驚きはしたけど、あのくらいの音でないと来ないことを知ると、金剛寺さんは知らない私に説明を続けてくれる。


「『感染』者は大きな音が出ない限り襲ってこない。普通に歩いてても、会話をしても全然来ない。だからこういう時は大きな音を出さないように注意することだ」

「そうだったんですね………知らなかった」

「知らないのも無理はない。初めてパンデミック後の外に出たんだ。知らない方が普通だ。だが小声は少し驚いたが」

「うぐ………」


 金剛寺さんに言われて私は思わずうなってしまう。


 心の傷が増えてしまった………。


 あまり知らなかったとはいえ、私自身少し警戒し過ぎたのかもしれない。


 でもわからないからこそ、警戒するのは普通じゃないの? どんなゾンビがいるとか、映画とかネットで配信されているドラマとか映画でも色んなゾンビがいるし、それでいろいろ考えちゃって……。


 頭の中でいろいろと考えてしまい、こんなことならもっと早めに起きればよかったと嘆いてしまったけど、金剛寺さんはそんな私を見て――


「だが、その警戒はいいと思うぞ。()()()()()もいる状況だ。他にも色んな奴がいるかもしれない中での警戒はやって損はない。その心は忘れない方がいい」


 と、励ましの言葉を掛けてくれた。


 金剛寺さんの言葉を聞いた私は、驚いた顔のまま固まってしまったけど、そんな私を見てお兄ちゃんは笑いかけ、リンさんは肩に釘バットを乗せながら『用心に越したことはないかんな』と言って頭をポンポンっと軽く叩いてくれる。


 なんだろう………、罵られることに関しては慣れっこだけど、認められるような言葉は、あまり慣れていない。


 だからなのかな……、少し照れるな………。


 そう思いながらリンさんに押されながら歩く。


 居場所があるだけで感じる温かさって、こんな感じなんだな……。


 そう思いながら歩み続けると、金剛寺さんは歩みを止めて私達に合図を来る。


 止まれの合図だ。


 それを見て私達は歩みを止めて、そして目の前にある建物を見上げる。


 一見したらただの細いビルだけど、目の前に黄緑色の看板と白くて丸い字で書かれている『まったりんこ』の文字。それを見て、お兄ちゃんが見上げた状態で金剛寺さんに「ここですか?」と聞くと、金剛寺さんは頷いて背中に背負っていたそれを引き抜く。


 金剛寺さんの武器で、圧し折った棒で作った包丁付の槍を構えながら、金剛寺さんは私達に言う。


 冷静に、且つ詳しくやるべきことを説明して――


「これからこの建物に入る。目的は物資調達と充電。もしポータブル充電器があればそれも持っていこうと思う。時間は多くて三十分。そのあと荒木さんが勤めていた会社に向かう。物資担当は希君と燐。荒木さんと俺、望君は一緒にネットカフェの中を探索。何かめぼしいものがあれば報告すること。いいな?」


「「はいっ!」」

「おう」

「っち」


 金剛寺さんの言葉を合図に、私達は静かにネットカフェの中に足を踏み入れる。入り口の殻図が割られていたので簡単に入れたけど、辺りに飛び散っている渇いた血が恐怖を加速させる。


 ここから慎重にならなければいけない。


 物資調達のために。これからのために――








「………そう言えば、お兄ちゃん。お兄ちゃんの手に持っているそれって………」

「あ、俺の武器? 俺の武器は………つるはし」

「鉄を採掘するつもり?」

「今の状態じゃ頭に突き刺すことしかできない急所に当たりやすい凶器だよ………」


 お兄ちゃんの武器を見て驚いてしまった私をよそに、お兄ちゃんはなんだか落ち込んでいるような、ショックを受けているような顔をしていたのは、きっと見間違いじゃない。


 因みに――荒木さんは鉄パイプ。


 リンさんは首バット。


 私はバールで、お兄ちゃんはなぜかつるはし。


 日常で使っている物はいざという時武器になる。それを改めて痛感した私だった………。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ