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六話 外へ

 パンデミックが発生して、世界が崩壊と言う名の世界になった。


 私はその世界で生き残った数少ない生存者のひとり。


 勿論、私だけじゃない。


 お兄ちゃんもいる。


 頼りになるリンさんや金剛寺さん。


 この図書館と言う拠点で、少しだけど仲良くなった人もたくさんいる。


 リーダーだけどリンさんは心配している金剛寺さん。


 拠点の炊事を担当している、明るくて、拠点のムードメーカーのひとりの白髪になってしまった短髪のおじさん――給食の人が被る帽子と自前の別府マークのエプロン (オーダーメイド)がトレードマークの別府さん (本人曰くふさふさでイケメンだったらしい)。


 二メートル越えで無口だけど優しい皆藤さん。


 おしゃべり好きで、市内病院で看護師として働いていたムードメーカー二人目のおばさん――皆のお母さん感でみんなを安心させている福本(フクモト)さん。拠点の治療を担当している。


 他にも色んな人達がいて、拠点のみんなはいい人ばかりだった。子供達も、赤ちゃんもいて――みんな優しい。


 だからこそ、私が噛まれたことは絶対の秘密で、知られてしまったら、この空間が崩壊してしまうかもしれないから、私は言わない。


 弱虫って罵ってもいい。


 人間の屑って言われてもいい。




 もう、()()()()()()




 あ、荒木さん忘れてた。荒木さんは、拠点のみんなから嫌われている………。


 そんな図書館拠点での生活二日目の時、金剛寺さんから告げられた言葉は――



 〓  〓  〓



「物資が底をつきかけている。もってあと二日……、いいや、今日で無くなる」


 図書館拠点で最も広い広場。


 そこは元々静かに読書するための場所だったが、今となっては図書館を拠点にしている生存者の相談場所。というかリーダーからの報告を聞く場所。


 この拠点リーダーでもある金剛寺さんから、朝一番に告げられた言葉は、不安を加速させる言葉。


 みんなその言葉を聞いて騒めきだして、私とお兄ちゃんもそれを聞いて困惑しながらお互いの顔を見てしまう。


 物資――それは、政府から配布されているもの。


 食料とか色んな日用品とか、いろんなものが入っている大事な物。


 シャンプーとかもその物資に入っていて、私達生存者にとって欠かせないものなのだ。


 その中でも特に重要なのは――食料。


 その食料が底をつきかけているということは………。


「もう食料がないの?」

「やっぱり人数が多すぎたせいか?」

「そもそも物資が少なすぎるんだ。あんなの三日で尽きちまうってのに、なんで政府は俺達を助けねぇんだっ!」


 拠点のみんながそれぞれの意見を口走って騒めき出す。


 私は知らなかったことだけど、物資って、そんなに少なかったの? 三日で尽きてしまう様な量で耐えたってことだよね? 


 ここにいる拠点の人たちは赤ちゃんを含めて二十八人。


 少なすぎるわけでもなければ多すぎるわけでもない。でも物資と掛け合わせて考えたら少なすぎる。


 何人を想定して送ったのかもわからないそれに対し、拠点のみんなは『どうするんだ』とか『やっぱりこうすればよかった』とか、色んな後悔とか困惑の声が混じって来る。


 お兄ちゃんを見上げると、お兄ちゃんは何か考えているみたいで、少し俯きながら何かを呟いているけど、ざわついている状況の中――突然大きな声を出して来る人が前に出てきた。


「ほらなっ! やはり物資が底をつきかける事態になったじゃないかっ!」


 その人は――荒木さんだ。


 荒木さんは私達に向けて、と言うかこの場所にいるみんなに向けて指を指しながら荒い声で吐き捨てていく。


 唾を吐きまくり、あの時私に向けた威圧的なそれをみんなに向けながら――責める言葉を浴びせたのだ。


「今は非常事態だ! それなのにほどんどの若い奴は全然功労者に対しての敬意がなっていない! 会社と同じだぞ? これは下の者が必ずやるべきことで、上司のために死んでも物資を調達することが普通ではないのかっ!? 上司の命令は絶対! これを守ればこうはならなかったんだっ!」


「何偉そうに!」

「そんなこと言って、あんた何もしてないじゃないっ!」

「バリケードだってお前全然やっていないだろうがっ!」

「命令だけして手を動かさない奴が何言ってるんだっ!」


 荒木さんの言葉を皮切りに、物資がない。このままでは飢え死にするかもしれないと不安になったみんなは、怒り任せに荒木さんを責める。


 言っていることは確かに荒木さんが悪いという言葉が多いけど、それでも今は争っている場合じゃない。


 そう思った私は皆に向けて『やめましょう』って声を上げようとしたんだけど……。


「あ、ああ。えと………」


 言葉にできなかった。


 長年の引きこもりの所為もあるし、怒鳴り声は嫌いなこともあって、委縮して声が出せない。


 最悪としか言いようのない状況。


 昨日まであんなにやさしかった皆が、ここまで豹変する。


 生きるためにあった当たり前なものが無くなることは、人にとって恐怖しかない。


 どうすればいいのかわからないまま、みんなが責めている。声が出せないまま何もできず、藁にも縋る思い出お兄ちゃんのことを見上げると、お兄ちゃんは何か考えているみたいに黙っていた。


 神妙そうなお兄ちゃんのその顔を見て、こんな時に何を考えているんだろうと思っていた時、金剛寺さんの声が周りに響き渡った。


「みんな――落ち着いてくれ」


 金剛寺さんの声を聞いたみんなは騒ぐことを止めて、驚きのそれに困惑と不安が混じった顔を金剛寺さんに向ける。


 金剛寺さんは一度落ち着こうとしているみたいで、深呼吸をしてから私達のことを見て口を開く。


 みんな、物資がないと死んでしまうことは分かっている。だからこそという真っ直ぐな目で金剛寺さんは言った。


「物資に関しての問題だが、これはすぐに解決することがわかっているんだ」


 ――ざわっ。


 金剛寺さんの言葉を聞いたみんなが驚いた顔をして金剛寺さんのことを見る。金剛寺さんは私達のことを見て、一度呼吸を整えるために深呼吸をした後続けて言う。


 解決することがわかっている。


 それがどういうことなのかを詳しく話すために――


「三日前、拠点を出て少し遠出をした時のことを覚えているか?」


 金剛寺さんが放った言葉は――質問。


 覚えているかと言う質問に対して、みんなは一瞬戸惑う様なそれを顔に出していたけど、私はそれを聞いて思い出した。


 そうだ――あの時金剛寺さんリンさんに言っていた。


『どうもここら辺にはもうないみたいでな、少し遠出をしていた』


 て。


 もしかして……、そう思いながら私は金剛寺さんの話に耳を傾ける。みんなも金剛寺さんの話に耳を傾けている中、金剛寺さんは話し続けた。


 なんか、嫌そうな顔をしている荒木さんを無視して……。


「パンデミックが起きてから、俺達は救援物資を政府から受け取りつつ、近くのコンビニ、薬局、家屋に残された使える物を調達してきた。泥棒と思われても仕方ない。だが生きるために仕方がない事は分かっている。みんなが逃げる時に置いて来てしまった物、その時に調達したものを書き集めて、何とか今まで食い繋いできた」


 だが――それも限度がある。


 金剛寺さんは続ける。静かに聞いている私達に向けて――金剛寺さんは言った。


「近くを回り、何とか使える物を探したが、使える物どころか、もう『感染』者しかない状態だ。群がっているところもある。もうこの近くで物資を探すことは困難になってしまった」


 外の世界のことを話す金剛寺さんの話に、私は改めて外の世界は危険であることを痛感した。


 外にはゾンビ――『感染』者がいる。


 噛まれてしまったらもう終わりの、化け物しかいない世界が広がっている。


 思い描いただけで恐ろしくなってしまう……。


 そんなことを思っていると、金剛寺さんは「だが――まだ希望はある」と断言し、その言葉を聞いたみんなが驚いた顔をしてざわつきだす。

 

 みんなお互いの顔を見て、周りにいた人たちに話しかけながら困惑しているみたい。私もお兄ちゃんもお互いの顔を見てどういう事なんだろうって顔をしていると、それを見て金剛寺さんは皆の視線を集めるように大きな声でこう言った。


 勿論腹から声を出すようなそれではない。


 細心の注意を払いつつ、みんなに聞こえる様な、芯があって、遠くまで聞こえる様なその声で――



「少し遠くになってしまうが、ネットカフェを見つけた。今回はそこに向かい、物資があるか確認した後、調達しようと思う。もし可能であれば、みんなのスマホの充電もしようと思っている」



「ネットカフェ………?」

「どうしてそこを?」

「他にもあったはずなのに……どうして?」


 ネットカフェ。


 それは私も聞いたことがある。でも金剛寺さんがなぜそこを選んだのかに関しては疑問しかなかった。


 スマホはパンデミックになってからみんなあまり使っていない。私のスマホはもう電池が残り少なかったので使っていない。充電ができることに関しては分かるけど、どうしてネットカフェ限定なんだろう……。


 市内には遠いけどデパートもあるし、ほかにもあったと思うけど、どうしてそこを選んだのだろう……。


 金剛寺さんは、なぜ敢えてネットカフェを選んだのかわからない。そのことを考えていると……、突然お兄ちゃんが「あ」と声を上げて――


「そうか……、()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」


 と、お兄ちゃんは理解したように金剛寺さんに言うと、金剛寺さんは頷いて「だが、これはある意味賭けだ」と言った後、続けて金剛寺さんは皆に言う。


 敢えてネットカフェを選んだ理由を。


「みんなの思う通り、ネットカフェ以外にも食料や色んなものがある場所を考えたら容易に想像がつくと思う。だが、この状況の中、物資を持って帰り、ただただ救助を待ついう生活は無理がある。万が一と言うことを考えたら、俺達はこの場所を離れて別の場所に新たな拠点を立てないといけないかもしれない。そんな時、また『感染』者しかいない場所だったらどうする?」


 みんな静かに考え、金剛寺さんの言葉に耳を傾けながら俯く。


 私も考えているうちに一人で、確かにこの状況の中、何の情報もない状態で動くのは駄目だ。


 情報がない中での移動もそうだし、いま世界がどうなっているのかもわからない状況だ。


 知る必要はある。


 そして――今は分からないお父さんのことも、知れるかもしれない。


 お兄ちゃんもそう思ったらしく、見上げた私に気付いて頷き、お互い金剛寺さんに向けて再度視線を送ると――金剛寺さんは断言してくれた。


 今私達にない要素として――


「情報もない今――知るべきことを知ることこそ大事だと思う。世界で何が起きているのか。同時に生存者の情報も知れる。ネット。最悪テレビでもいい。情報を入手した後、物資を調達していこうと思っているが、その為には人数を要してしまう。俺と燐は決まっている。他に――何人か一緒に来てほしいんだ」


 勿論強制じゃない。行動したい奴。最低三人だ。


 金剛寺さんの言葉を聞き、みんながみんな相談しながらどうするか話し合う。


 リンさんは私達に気付いたのか、釘バッドを担ぎながらピースサインを送って笑みを浮かべている。釘バットが目に付くけど、リンさんはやっぱりすごい。そう思ってしまった。


 行動力と言うか、迷いないその選択に。


「………お兄ちゃん」


 私はお兄ちゃんを見上げる。お兄ちゃんは私のことを見て頷き、再度金剛寺さんのことを見て徐に手を上げた。


 すっと――音のない挙手をした後………。


「金剛寺さん」

「!」


 金剛寺さんの名前を呼び、お兄ちゃんは続けて言う。


 ネットを使う。


 それなら――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 その確信を胸に、お兄ちゃんは言ってくれた。


「俺達も一緒にいいですか?」

「望君と、希君もか?」

「はい。俺達の父は会社で広告宣伝担当で、()()()()使()()()()()()()をしていました。もしネットがまだ生きているなら、ですが」


 これは賭け。


 賭けだけど、お父さんが生きているなら、何らかの方法を使っているに違いない。


 お父さんのことだ――きっと他の社員や、私達にメッセージを残しているに違いない。


 ネットが生きていれば………なんだけど、それでも希望があれば、それに縋って、行動したい。


 お兄ちゃんの言葉を聞いた金剛寺さんは、成程と小さい声で納得し、そして私達を見て――


「わかった。だがこれだけは約束してくれ。『危ない行動はとらない』『離れるな』。希君は『無茶しないで燐から離れないこと』いいな?」


 と、約束付きだけど、金剛寺さんは私達の同行を許可してくれた。私だけ多い気がするけど、病み上がりを気にしてのことかもしれない。


 なんか、申し訳ない………。そう思っていると、突然遠くから荒木さんの声が大きく響いた。


「わ、私も行くぞっ!」


 荒木さんの意気揚々とした……ではなく、なんか気持ち悪い作り笑顔の様な顔を浮かべながら手を上げている光景を見て、誰もが理解できないというか、簡単に言うと金剛寺さんと私、お兄ちゃん以外の誰もが理解できない顔をしながら荒木さんを見ている。


「あ、荒木さん? どうしたんだ?」

「気でも狂ったか?」

「きっと若い二人を盾にして逃げようとしてるのよ」


 不器用に飛び跳ねている荒木さんを見ていた人が困惑した顔で言って、まさかの裏切りを想像して言う人もいたけど、荒木さんは怒りの声で「ちがうっ!」と言った後――荒木さんは金剛寺さんのことを見て聞いて来た。


「そ、そのネットカフェだが………、『まったりんこ』と言うネットカフェじゃなかったかっ!?」

「! あぁ。確かにそんな名前だったな」

「ならその近くに、私が勤めていた会社がある! そこにも多少食い物がある! 私もそこに忘れ物があるからなっ! 連れてってほしい! 勿論食料はやる!」


 荒木さんの言葉を聞きながらリンさんが何かを言っていたけど、遠くて聞こえない。


 でも金剛寺さんはその言葉を聞いて少し黙ったけど、荒木さんを見て一言――


「………嘘だったら、もう拠点に戻れないと思え」


 と、冷たい言葉を放ち、荒木さんの顔を青くさせ、急かしなく頷く荒木さん。


 私が寝ている時、何かあったんだろうけど、それを聞くことはしない。


 今はまだ聞くべきじゃない。


 後から聞けばいい事。


 今は――できることをする。できることをして、少しでもこの拠点の恩返しになれるようにしないといけない。

 

 寝てばかりだったから、この拠点のお陰で、私は生きている。


 だから、今度は私が拠点のみんなのために、頑張る番。


 こうして――遠出するメンバーが決まった。

 

 金剛寺さんとリンさん。お兄ちゃんと荒木さん。そして私。


 五人だけで向かう先はネットカフェと、荒木さんが勤めていた会社。


 生き残るための物資と、情報を手に入れるために。


 私達五人は――地獄の外に出る。

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