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五話 歩崎燐

「噛みつかれた痕、引っ掻かれた痕――無し。よし、大丈夫」


 脱衣所で私の体を見ながら言ったのはリンさん。


 リンさんは万が一の時のために、私の体に噛まれた痕があるか、ひっかき痕があるかをしっかり見てくれていた。


 結果は――大丈夫だった。


 リンさんは私の体を見終えて肩を軽く叩く。とんっと本当に軽いそれで、強くない叩き具合。


 ここで強く叩かれたらきっと咳込んでしまうかもと思っていたけど、そこはなくてよかったと思っているけど、私の心境は複雑そのもので、リンさんの言葉を聞いても安心できない自分がいた。


 でも、今は安心したそれを浮かべる方がいいと思ったから、私は頷きながら「よ……、よかったです」って自分が『感染』していないことに安心した言葉を言うと、リンさんは軽く笑いながら「ああ、安心しな」と言って今度は私の背中を叩く。


 今度は少しだけ強めに。


 とんとんされながら私は渡された服に着替え、着心地を確認しながら自分の体を見る。


 最初はTシャツとジーパンと言うスタイルで、あの服はもう汚れて、ところどころ破けているところがあって使えないと判断されてしまったので、今は新しい服。


 黒いTシャツの上にフード付き灰色パーカー。背中に大きくロゴがあるけど、ファッションは疎いのでわからない………。下は七分パンツでスニーカーと言う。結論で言うと動きやすい服。その服を着終えた私を見て、リンさんは頷きながら「似合ってる似合ってる」と言ってくれた。


「私……こんな服着るのは久し振りです。なんだか恥ずかしい……」

「何恥ずかしがってんだ? そんな服着ている奴なんてたくさんいるだろうに」


 からから笑いながら私の話を聞いてくれるリンさんは、他人から見ても私と違った世界を生きてきた人と思えてしまう。


 俗にいうところの――私は陰キャで、リンさんは陽キャ。


 私は引きこもりの陰キャだから、なんだかリンさんを見ていると住む世界が違うことを痛感してしまう………。リンさんわかってないみたいだけど。


「にしても聞いたよ。望くんから。運よく家にいたんだってね。そんな時に『感染』者に襲われるなんて、運がないとしか言いようがないけど、無事で何よりって思うよ。よく生き残ったね」

「あ、はい………。自分でも、驚きと言うか」

「ああ。本当に運がよかったと思う。殆ど襲われたら噛まれてしまうから、希ちゃんはそれだけ運がよかった。運がよくないのかいいのかわからない内容だけど」

「…………………………っ」


 うううっ。


 リンさんが話しかけるたびに、私の良心と言うか本心と言うか、嘘をついているという罪悪感がどんどん膨れ上がっていく……。正直に『噛まれたけど噛まれた痕は跡形もなくなりました」って言ったらいいのに、怖くてできない私は本当に卑しい人間だよ……。


 良心と言う心がどんどんやすりによって削られていく。ざりざりと削られていくぅ………っ。


 心の中で胸を押さえつけながら悶々と良心の呵責に囚われている私。


 そう――私は『感染』者が言えに来た時、噛まれた。


 それをさっき思い出して、そのまま噛まれた箇所を見たけど、その痕はきれいさっぱり無くなっていた。噛みつかれた痕なんて消えてしまったかのように………。


 本当は話さなければいけないこと。なんだけど………、それを話して、今度は追放されたらと思ってしまい、私は話さないことにしてしまった。


 噛まれたことは話さないといけない。でも話したらひとり追放されてしまう。


 追放されたら噛まれて本当にジエンドになってしまう。


 結局、私は自分の命を優先にして、嘘をつくことにしてしまった。


 本当にごめんなさい。本当にごめんなさい。


 そんな言葉しか出てこない。


 ここで、SNSで叩かれても文句言いません………。


 そう思いながら頭を抱えて悶々していると………。


「希ちゃん。聞いてもいい?」

「あ、はい?」


 突然リンさんに声を掛けられた。


 その声を聞いて、私は一瞬びっくりした声を上げてリンさんの方を見ると、リンさんは私のことを見て、少し考えた後こう聞いて来た。


「うちの大将――どう思う?」

「? どうって………?」

「そのまんまの意味だ。どう思う?」


 リンさんが言った言葉は、少しだけ意外だと思った言葉だった。


 金剛寺さんのことを聞かれ、曖昧に『どう思う?』と聞かれた私は、罪悪感を一瞬忘れてしまいそうになったけど、すぐに頭の片隅に残しつつ、金剛寺さんのことを考える。


 初めて会ったばかりであまりわからない。


 でも、第一印象で言えば………。


「慎重? ですかね………」


 そう。金剛寺さんは慎重そうに見えた。


 金剛寺さんはこの図書館拠点のリーダーで、みんなの安全を優先にしている人だ。私のことだって、万が一を考えてのことだから、慎重な性格としか言いようがない。


 個人の見解だけど………。


 そんな私の言葉を聞いたリンさんはうんっと頷きながら「確かに」と言って、肩を竦めながらリンさんは続ける。


「うちのリーダーは少々慎重だ。神経質って言ってもおかしくない。私も、望くんも被害を受けたし」

「…………金剛寺さん、神経質になっているんですか?」


 金剛寺さんのことを言うリンさんは「ああ」と頷きながら続けて言う。


 てか、リンさんとお兄ちゃんも受けたんだ。


 すごい慎重さだ………。


「私は金剛寺が図書館に籠城した後に入ったんだけど、その時も警戒心というか、『噛まれていないか』とか聞かれたことがあるんだ」

「ほぉ」

「まぁ私自身噛まれていないことは分かっていたから、ぎゃあぎゃあ喚いている奴らを黙らせるために、自分で脱いで傷がない事を見せたんだよ」

「へっ!? 自分でっ!?」


 突然爆弾発言に驚いてしまった私。しかも変な声を上げてしまったので、あとから恥ずかしくなってきた……。


 そんな私を見てからから笑っているリンさん。


「そんなに驚くことはないだろ? 証拠見せたらいい話だし、第一あの場で大丈夫だって言わせるためにはそうするしかなかったんだ。あ、希ちゃんはしなくていいからな」

「………一生しません」


 多分そんなことをするのはリンさんくらいです。私のこと場を聞いてまた笑っているリンさん。


 やっぱり、リンさんは私と違う存在だ。


 陰と陽のアレで………。


 そう思っていると、リンさんは話の続きを話してくれた。


 思い出しながら少し汚れた天井を見上げて――


「望くんも私と同じように脱いで、希ちゃんは寝ているから起きてからってことになったんだけど、まぁその後はこの拠点で救助が来るのを待っていたんだ。籠城ってやつ。んで、その籠城の最中、噛まれているにも関わらず入った奴がいたんだ」

「あ、それが………」

「そう。隠したまま入って、『感染』者になった奴」


 そいつの所為で、五人噛まれて、やむなく追放した。


 その時のことに関しては、寝ていたからわからないけど、絶対に壮絶な大混乱だったに違いない。


 だから。とリンさんは言う。


 私を見て、真っ直ぐな目で――


「金剛寺のことを怒らないでほしい。荒木は怒っていいけどな?」

「あ、はぁ」


 金剛寺さんのことを怒らないでほしい。それは分かっている。


 でも荒木さんは怒ってほしいって……、多分本音ですよね? リンさんの。


「あいつ、責任感が強いみたいだし、五人追放してしまったことを今でも後悔している。だから何かしようとしたら、全力で、本音ぶちまけてでも止めてほしい」

「本音………ですか?」

「ああ、望くんにも言っているし、別府(ベップ)さんや皆藤さんにも言っていることだ。『馬鹿行くな』とか、あとは『諦めろ』とか、口酸っぱく止める言葉。それを掛けてほしい。勿論それは私がやるべきことだ」


 私がいない時に――それをしてほしい。


 そうリンさんは言った。はっきりとした言葉で、私に伝えた言葉。


 一種のフラグを思わせるそれだけど、私はその言葉を聞いて、考えた後で頷く。


「わかり、ました」

「弱いけど、よし」


 リンさんは私に手を伸ばす。伸ばして、その手を見せながら私に言ってきた。


 私とは違う陽キャの空気だけど、頼りになるその顔を私に向けて、恐る恐ると言った形で伸ばされた手を見て、私も手を伸ばして握り合う。


 人と人が触れ合う温もりは久しぶりだ。


 温もりを手で感じていた私に、リンさんは言ってくれた。


「共に頑張ろうな」


 生き残るために――


 リンさんの温かくて真っ直ぐな言葉と視線を見て、私は頷く。


 心に残る罪悪感と、感謝。少々の不安を抱えて……。


 それから二日後。





 私は、外に出ることになる。





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