四十六話 私は変わってしまった。
階段にはびこっている『感染』者。
その先に向かいたいのにできない状況下の中、私たちは何とか突破しようと、あるものを使って『感染』者を誘導する作戦に出た。
目的の場所は三階の左側にある音楽室。そこに向かうために道仙くんは私たちのことを見て、手にあるそれを見つめて視線を階段の――上に向ける。
幸い階段は上まで見える構造になっている。下から人が見えるようなそんな構造で、当たり所が悪くなければきっとうまくいくような構造になっている。
道仙くんは言う。手に持っているそれを――試験管を数本取り出して。
「それでは、お願いします」
「ああ。何とかする」
道仙くんは金剛寺さんに数本の試験管を手渡し、金剛寺さんはできるだけ上の階が見えるところまで歩みを進めて狙いを定める。
もちろん『感染』者はいるけど、音を立てなければ『感染』者は襲ってこない。
襲ってこないし、音を立てなければ金剛寺さんがよく使うステルスキルもできる。その距離まで近づいている。
近づき、触れない程度の距離まで歩いて、上が見えるところと少しだけ開けたところまで来て、金剛寺さんは試験管を数本握りしめたまま、それを――
ぶんっと、私から見て右側に向けて投げた。
投げたあと身を屈んで『感染』者がいない隅に身をひそめ、その時が来るのを待つ金剛寺さんと、階段下にいる私たち。
その時が来るのをじっと待って、待って、待って――
――ぱりん! ぱりんぱりん! ぱりん!――
四つの何かが割れる音。
それが聞こえた瞬間『感染』者たちが首を音がした方に向けて、うめき声をあげながらがさがさといびつに歪んでしまった足を動かし、人間とは思えないような四足歩行をしながら階段の上まで行ってしまった。
「がぁあああああああ!」
「ごぅおおああああああ!」
「かぉおおおああああああ」
無数の『感染』者の叫ぶ声。同時に聞こえる足音と、どんどん聞こえなくなった音。それを聞きながら私たちは一生懸命息を殺して頃合いを見計らう。
階段の隅にいた金剛寺さんが上を見上げて、そのまま上の階に向かって静かに、音を立てないように屈みながら上がっていく。
金剛寺さんが向かっていく姿を見ながら、私たちはそのまま金剛寺s何が戻ってくるのをじっと待った。
これはお兄ちゃんと行動していた時の教訓というか、こんな世界になってから学んだことでもあるんだけど、確認しに行った人の後をすぐ追うのは危ないから、少しして、合図が来るまで待つことにしている。
こうしないと、すぐに向かって、もし『感染』者がいて先行した人が襲われていたら? 襲われて複数体いたら? 結果は『感染』者になるしかない。
そうならないために、極力合図が出るまでは動かないことを徹底している。
ともちゃんが前に出ようとしても、私は手で制して動かないことを首を振って伝えると、ともちゃんはそれをきいて頷いてその場にとどまってくれた。
みんなも固唾をのむ中、金剛寺さんが合図を送るのを待ってくれている。
ここに『感染』者が来るかもしれない状況の中でも、私たちはそれでも待つ。
目的の場所は三階にある。三階に行くためには階段が必要。
階段が安全でなければ何もできない。どこにも行けないし、この先のことも………。
目の前が見えない、先が見えない状況を考えていた時、金剛寺さんが階段の手すりのところから顔を出して、私たちに手招きする。光景が目に映った。
それは『来い』という合図で、それを見た私たちはすぐに屈みながらの体制で歩みを進めていく。
もちろん順番は金剛寺さん、壁家くん、道仙くん、私、ともちゃん、影野くんと射鉄くん、笹江さん、お兄ちゃんの順番で。
順番を守りながら階段を屈んだ状態でゆっくりと進み (少しだけ歩みづらかったけど、それでも音を立てないよりはまし)、二階に到達したところであたりを見渡す。
二階は一階よりも凄惨で、周りには人だったものの一部分があったり、窓に赤いそれがべったりこびりついていたり、とにかく赤が多い印象が強かった。
印象が強かったのと、一階よりも死者が多い。『感染』者の声が聞こえるところから、二階は相当の数がいたかもしれないことが予想できる。
ともちゃんたちのことを見ると、みんな顔面蒼白になった状態で凄惨なこの光景を見ている。
………普通の人なら、前の私なら、この光景を見たら言葉を失ってしまうだろうけど、生憎私は慣れてしまったのでその顔はできない。できることは、ともちゃんたちのことを見て一言。
「この先は、大丈夫とは言えないけど『感染』者はいないと思うから、少しの間は襲われることはないと思うよ」
少しの慰め。
私の言葉を聞いて、みんなは不安そうな顔をしているけれど、頷いて『大丈夫』というそれを示してくれる。その行動と不安の顔を見て、私は思ってしまった。
私は、変わってしまったんだなと。
この世界がこうなる前の私なら、みんなと同じように怖がっていたかもしれない。ううん怖がっていた。
でも今の私は違う。
恐怖よりも、生きることを優先して行動している。
恐怖なんて抱えていたら死んでしまうから、そんなのものどこかに置いていってしまったかのように、私はあの日から怖いなんて思わなくなった。あまり泣かなくなったし、弱音も吐かなくなっちゃった。
あの日――リンさんを喪ってから。
リンさんの背中を思い出しながら、私は金剛寺さんの誘導に従いながらみんなと一緒に血に濡れた廊下を後にして、階段をゆっくり上がる。
足に感じ、指の腹に感じるぬめりとしたそれを無視して………。




