四十三話 油断しない
「おぉおおおおおおおおおあああああぁああぁあああぁ」
『感染』者の口から零れるそれを聞きながら、私達は息を潜めて通り過ぎるのを待つ。
隠れると言っても、息を殺して、物音立てずにその場にいるだけなんだけど、それでもこの方法は比較的安全………ってわけじゃないけど、急ごしらえの逃げる方法になる。
逃げることができない状況の中、『感染』者相手にどうやって逃げるべきか。
それは私とお兄ちゃん、金剛寺さんと三人で行動していた時から模索して、行動して得た情報と確信。
一つは物を投げて、音がした方に向かっていく『感染』者から逃げること。
これが最もいい方法なんだけど、これは出さない。
一応音が出る物は持っているけど、今はそれを使う場面じゃない。
それに物資も限りがある。大事に使ってこそ。
だからものを使わない方法――息を殺してやり過ごすを選んで、今もそれを選択して通り過ぎるのを待っている。
『………………………』
みんな、それぞれが息を止めたり、手で声が出ないようにして通り過ぎること絵緒願ったりして犬の口のような『感染』者を見ている。
『感染』者は今もなお辺りを見渡し、辺りを見渡しながら何かを探しているみたいな行動をしている。
なんだか、あの行動、見えているみたい………。
私は『感染』者を見て思った。
あたりをきょろきょろと見渡し、首を傾げては別の方向を見てじっと止まり、また動いたかと思えば別の方向を見て首を傾げてを繰り返している。その場から一向に動かない光景を見て、もしかして――本当に見えていて、私達のことを探しているのかも? と思ってしまうくらい、『感染』者は首を忙しなく動かし、見る仕草を何度も何度も繰り返していた。
「早くどっか行ってぇ………」
『感染』者の行動を見てもう限界と言わんばかりに青ざめた顔をしているともちゃん。
その気持ちはよくわかるけど、今は感情的に声を出してはいけない。我慢も限界に近いであろうともちゃんの肩を掴んで、首を振りながら私は口元に人差し指を立てる。
静かに。
今はそれしかできない。
今むやみに戦っても、噛まれたりしたら終わりだ。
そう思いながら私は引きずられている学生をちらりと見て、すぐに視線を逸らす。
引きずられている学生はもう事切れてる。首の所………喉の所を人加味されただけなんだけど、その嚙みつきが想像以上に深くて、あるはずの首の肉がほとんどない状態だ。
皮一枚だけ繋がっている状態。まさにそんな状態で、今にもそれが引千切れそうな状態で引き摺られていた。
――噛まれて、抵抗できないまま食い殺された。
――しかも首だから、即死………じゃないよね。
「…………………………」
あぁ、見てるだけで首元が痛くなってくる。噛まれてああなってしまったのなら、苦しんで死んだ以外………。
あれ?
と、私は思った。というか、気付いた。
もしかしたら、これ、相当やばいかもしれない。
いいや、やばい。
そう思った時だった。
――ガシャン!――
『!』
突然遠くから聞こえたガラスの音。それが壊された音が遠くから聞こえてきて、それを聞いた私達は驚きながらその方向を見ようとした。
見ようとした時――犬の口の『感染』者も音に気付いて、音がした方向を見た後――
「うぅ! うぅうううあああああぁぁああがあああ!」
と、うめき声を上げながら覚束ない足で走り出す。普通に走っているんじゃない。べたんべたん! と大きく地団駄をしながら走っているような、人間とは思えない走りをしながら『感染』者は音がした方に向かって走ってしまった。
引きずるそれを乱暴に扱い、ごんごん取れかかっている頭を叩きつけながら走っていたせいで、とうとういうか、ここまで持ちこたえたなと言う気持ちもあったけど、この場合はとうとうなんだろうな………。
皮一枚繋がっていたそれが千切れて、体は『感染』者に引きずられ、頭はそのまま、私達の横に落ちた。
ごろん。ごろんと転がって、止まった瞬間、取れた首と道仙くんの眼が合い、道仙君は口元に手を添える――よりも強く押しつけるように押さえて、込み上げてくるものを何とか飲み込みながらそれから目を逸らした。
「もう、来ないよね………?」
私の近くで息を吐いていたともちゃんが言う。ともちゃんの言葉を聞いて影野くんも頷きながら――
「来ないと思う。かなり遠くから聞こえた音だったし、もう脅威は」
と言いかけた時、私はすぐに行動に移した。
立ち上がる私にみんな驚いていたけど、そんなことどうでもいいと思いながら私は道仙くんの近くに落ちているそれを手に取って拾い上げた。
拾い上げると、肌がカサカサしているを通り越して、触りたくないそれを感じてしまうような肌触りにすぐに手放したいそれを感じてしまうけど、そんなことどうでもいい。今は最悪の想定をもみ消さないといけない。
そう思った私の意思と、首だけのそれを見て気付いた金剛寺さんは学校の窓を開けて、お兄ちゃんは私から首を奪い取って、それを窓の外へと放り投げた。
放り投げた後すぐ重いものが落ちる音が聞こえ、静かに窓を閉めた金剛寺さん。
私達三人の行動を見ていたともちゃん達は、一体何をしているんだと言わんばかりの顔で見ていて、それに対して射鉄くんが私の方を見て「お前、何やってんの?」と言った後、続けてこう言った。
「なんで首だけのそれを外に放り投げたんだよ。そのまま放っておいても問題ないだろ?」
「あ、ううん。違うの射鉄くん。あのまま放っておいたら、危なかったと思う」
「あ?」
言ってもピンッと来ない射鉄くん。ともちゃん達も首を傾げているけど、お兄ちゃんが私と射鉄くんの間に入り込んで窓を指さしながら――窓の外に放り投げた首だけのそれを放り投げた窓を指さしながらお兄ちゃんは言った。
本当に危なかった。それを言って。
「いいか? あの首だけは、あの犬の口のような『感染』者に噛まれて死んだ。それは間違いない」
「それは、見たらわかりますけど?」
「それで、噛まれたら『感染』者になるのも分かっているだろう?」
「それは分かってる。ゾンビってそうやって数を………」
と、ともちゃんが言った時、みんなの顔がどんどん青ざめて、道仙くんは小さな声で「そうか」と言って窓の外を見ようとした。見ようとしたけど、それを止めた金剛寺さんは道仙くんの肩を叩いて、彼の顔を見て頭を振りながら………。
「みんな、先に行こう。このままここにいたら危ない。早く安全地帯に向かって進もう」
と言って金剛寺さんはゆっくりとした足取りで進む。
それを見たみんなは、お互いの顔を見て頷き、ともちゃんは私の顔を見て、泣きそうな顔をしながら頷くと、私はともちゃんの手を握って金剛寺さんの後を追う様に前に進む。
足音を立てないようにゆっくりと。
ゆっくり歩いているせいで、遠くから男女の叫び声が聞こえ、近くの窓から何かを叩きつけるような音が聞こえたけど、私達はそれを無視して進む。
止まらない。振り返らない。怖がらない。それを徹底して。




