四十一話 武器造り
このままではいけない。
そう思った私達は、安全地帯に行くために準備を進めることにした。
「………武器はある? それがない状態で丸腰は流石にだめだ。理科室だから、きっと薬品とか、あとは刃物とかを持った方がいい。鈍器になるようなものがあればなおいいんだけど」
「鈍器は………、椅子とか、あとは………、消火器とか?」
「消火器なら、いいかな? 道中でなにか拾っておけばよかったな」
お兄ちゃんの話を聞いた道仙くんは考えてから辺りを見渡し、椅子を指さしたり、武器になるような物を指さししながらお兄ちゃんに確認している。
………どれもこれも、重たいから運ぶには適していないからダメみたいだけど。
お兄ちゃんがなぜこんなことを言うのか。それは――妹の私が、一緒に行動してきた金剛寺さんならわかること。
お兄ちゃんはきっと、心配なんだ。
道仙君の決意を汲み取って、その意見を尊重したいから、きっと『武器を持った方がいい』って言ったんだと思う。
そうじゃないなら、『ダメ』ってはっきり言うもん。
そう………あの時のように、間違った選択をしないように。
「…………………………」
「ねぇねぇ雨森さん」
「?」
お兄ちゃんと道仙君が話している最中、私の肩に『とんとん』っと小突く様な感触。
それを感じた私は感触があった左を見ると、そこには笹江さんがいた。
笹江さんはスカートのポケットに手を突っ込み、その中からあるものを取り出して私に見せてきた。
「これは、ダメ? 意外と殴る時に仕えそうな気がする」
「えっと、これって………」
「先生が付けていた時計。どこかの映画で防具代わりに腕に巻いているのを見たんだけど、数足りないかな? もっと集めた方がいいかな?」
「あの、笹江さん。もしかして、それ使ってグーパンするとか、なしでお願いします」
「え?」
そう。彼女が出してきたのは時計。
ベルトで作られた可愛らしい時計じゃなくて、本当に高価な時計だ。銘柄がついているようなそれは時計としての役割は成せないけど、それでも固いから殴るには少しだけいいかもしれない。
でも………正直それは、あまりいい方法じゃないことを私は笹江さんに伝える。
「なんで? これで噛まれても防げると思ったんだけど………」
「そもそも噛まれたら終わりだし、それなら長いものを作って遠距離でも攻撃できるようなものを持った方がいいと思います。例えば………、椅子の足と包丁をガムテープでくっつけて、簡易の包丁槍を作る………とか」
「あ! そうか!」
「それなら………」
私の話を聞いて笹江さんが手を叩いて納得する。
本当になるほどと言う言葉が正しいような手の叩き方をして。
それを見て聞いていた私は、もしかすると………、ではなく、本当に笹江さんは近接で戦おうとしていたのかもしれない。
え? それじゃ………金剛寺さんの弟子ができてしまうのでは?
そんな思考が一瞬過ったけど、すぐにそれを消して椅子を解体しようとしている笹江さんの手伝いに足を進めた。
笹江さんとともちゃん、そして男子の力も必要と言うこともあって壁家くんの加わって椅子の解体をして、椅子の足の部分をガムテープで固定しようとする。
「あ、だめだね」
「釘とかあればよかったかも」
「でも打ち付ける音で気づかれるかもしれないから………、釘は使えないよ」
音を出さないためにガムテープでぐるぐる巻きにしてリーチを長くしたけど、失敗に終わってしまった。
よく新聞紙を細長くして、それでチャンバラごっこをして叩いていたら、細長くしたそれが折れて真っ直ぐにならなくなってしまった――的な感じで、長くしようとガムテープで巻いた結果、粘着性がない事もあって少し素振りしたら取れてしまった。
釘を使えば何とかなるかもしれないけど、それこそ音が出てしまうのでできない。
そう思って笹江さんと私、ともちゃんが溜息を吐いていると、射鉄くんが私達のことを呼んで――
「椅子の足、分解できたか?」
そう言いながら肩に分解したであろう理科室の椅子の足を乗せて話しかけてきた。
「あ、うん。僕がなんとか分解した………。女の子にあんな危ない事させたら、指とかが傷ついていたそうだし」
話しかけられたことで笹江さんと私は射鉄くんを見上げ、ともちゃんは腰を伸ばすために立ち上がって射鉄くんのことを見る。壁家くんは射鉄くんを見ながらおどおどとした面持ちで話すと、それを聞いて射鉄くんは呆れた顔をして――
「おいおい壁家。お前本当に断れねータイプだな。そんなことしなくても佐伯のゴリラ力で」
「あ?」
「壁家――お前は本当に男前だ。だから隠れファンも多かったんだなっ!」
………ともちゃんに止められて発言を変えた。
これもいつもの光景。
今まで見てきた光景だから、なんだか懐かしく感じて微笑んでしまう。
………本当なら、世界が崩壊しない状況で見なければいけないのに、なんだか悲しいな。
そんなことを思いながらともちゃん達を見ていると、ふと、私達に歩んできた影野くん。
影野くんは私達のことを見て「何やってるの?」と少し苛立っている音色で言った後――続けて私達に向けて、特に女子と壁家君に向けてこう言ってきた。
「リーチ長くしても、結局理科室にある者なんてあまり使えないじゃん。あるとすればガラス製のメスシリンダーとか試験管。あとは薬品………、は、話したんだけど、これは最終手段だって」
「へー。薬品投げつけてゾンビ殺せればいいと思ったのに」
「それは私も最終手段としてとっておいた方がいいと思うよ? だって塩酸とか硫化水素とかあるじゃん。簡単に人を殺してしまう者だってあるし、扱いもあるからそれは最終手段として使わないでおこう」
ともちゃん………本当に使うつもりだったんだ………。
過激というか、この状況だから使えるものは使わないといけないけど、流石に薬品は駄目だと思う。
影野くんとともちゃんの話を聞いていた笹江さんが冷や汗を流しながら聞いている。影野くんに至っては顔面蒼白で、それを聞いて射鉄くんと壁家君も青ざめていた。
私達の周りの空気が何だか寒くなっていく。それを払拭するように影野くんが壁家のことを呼んで――
「あ、あー。壁家。薬品リュックに入れるの手伝って、そんなに入れないけど、用心のために!」
「あ、うん………」
と言って壁家くんはそのまま影野くんについて行ってしまった。
残された私達は椅子だった物の足部分――今となっては少しだけ長い木材となってしまったそれを見降ろし、どうしようかと沈黙が流れる。
ともちゃんも小さな声で「いい案だったのに」と言っていたけど、その隣で射鉄くんが首を左右に振りながら否定しているのが視界に映る。
それを見て、私と笹江さんがお互いの顔を見合わせていると………。
「多分だが、試験管も使えると思う」
突然道仙くんが私達の背後に立ち、私達のことを見下ろしながら何かを思いついたような顔をしていた。
何を思ってそう言っているのか。
その時はまだわからないから、何を言っているんだという気持ちで私と笹江さんはお互いの顔を見て、その後二人で道仙くんの顔を見上げる。
見上げられ、見つめられている道仙くんは、わからない私達に向けて――説明を始めた。
〓 〓 〓
「よし! 準備は良いな?」
金剛寺さんの言葉を聞いて、私とお兄ちゃんは頷き、後ろにいたともちゃん達も頷いて金剛寺さんに伝える。
みんなの手には理科室の椅子だった木材が握られていて、壁家くんだけは椅子を持ったまま大きなリュックを背負っている。
みんな準備万端だ。
それを見て金剛寺さんは「出来たな」と呟いた後、理科室のドアに手を掛け、もう一度私達に視線を向けて頷く。
それは――『行くぞ』の合図。
私達はそれを見て金剛寺さんに向けて頷くと、金剛寺さんはドアに目を向け、そっとスライド式のドアを開ける。
音を立てないように………そっと。
これから安全地帯に向かう。その道のりは険しいどころの話しじゃない。
一瞬の油断で全滅してしまう緊迫感の中、私達は安全だったその場所から出て、危険が蔓延る世界にまた足を踏み入れる。
生きるために。
一言、文句を言いに――