四十話 死ぬ方がましだ
「安全地帯に向かう!?」
射鉄くんのお腹の奥から出る様な声が理科室内に響く。
同時にそれを聞いてともちゃんが射鉄くんの口を塞ぎ、人差し指を立てながら射鉄くんに『しぃーっ!』と静かにするように促しを掛ける。
みんながともちゃんの行動を見て口を閉ざし、壁家くんにいたっては口を両手でがっちりと塞いだ状態で青ざめている。
みんながみんな、私達も同じように理科室のドアを見ながら固まっていたからだ。
教室の外には『感染』者。窓の外にもたくさんの『感染』者がいる。
死体であれど、音に反応することは身を以て知っている。というかそれを使っていくさんと一緒に『感染』者を斃したのだから。
音に反応。
つまり大声でも反応するという事。
少しの間、理科室に静寂が走る。
走り、聞き耳を立てて、集中して音を拾うことに専念する。
一瞬でも『感染』者の声が聞こえたら、すぐにでも応戦――ステルスで殺せるように。
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
少しの間静寂だった空間。教室の外も、学校の外からも『感染』者の声が聞こえない。
幸運だったのか、周りには『感染』者がいなかったみたいだ。
金剛寺さんが私達の方を向いて頷き、ゆっくりと両手を地面に向けて押し付ける様な動作をする。s
ジェスチャーでダウンを促しているようなそれを見て、私とお兄ちゃんはお互いの顔を見て武器をしまう。私達の行動を見て射鉄君たちも安堵の息を吐いて肩の力を抜く。
「確かに………、ここにいても、いつかあんな風に、ゾンビになってしまう」
力が抜けた後、道仙くんが考えるように頭を掻きながら言う。
不安とか、色んな怖い要素が頭の中に浮かんでいるみたいだけど、それでも道仙くんは私とお兄ちゃん、金剛寺さんを見て言う。
真っ直ぐな目で――決意を固めた眼で道仙君は言った。
「ゾンビになるくらいなら、俺は行きます。色々と言いたいこともありますからね」
最後は付け加えるように言ったけど、それを聞いてお兄ちゃんは神妙と言うか………真剣な顔をして道仙君に聞く。
「いいのか? 危ない橋を渡ることになるし、ここは俺たちだけでも」
「嫌です」
お兄ちゃんの言葉を聞いて反対した道仙くん。皆がいる方を振り向き、みんなに顔を見て頷いてからもう一度お兄ちゃんのことを見て道仙くんは言う。
みんな顔を伺うと、みんなは真剣な顔でお兄ちゃんと道仙くんの話の結論を見届けている。
きっと………みんなも道仙くんと同じなんだ。
言いたいことがある。
ここで待ってても仕方がないって思った。
贄になるくらいなら、言ってやりたい。
きっと、そんな気持ちでお兄ちゃんの言葉を待っているんだ。
話しの結果を――じっと待って。
「俺達は否応なしにここに置き去りにされました。ここで待って居れば、きっといつか救助隊か自衛隊の人が来るでしょうが、それが来ない可能性を考えれば、ここで喰われて、苦しみながら死んでいくのなら、ここでゾンビになるなら………何かをやってから死ぬ方がましです」
「………!」
道仙くんは言った。
何かをやってから死ぬ方がいい。
それは、日常では聞かない言葉だけど、こんな世界になってしまった今だから、この言葉はとてつもなく重く聞こえてしまう。
感情優先のような言葉だけど、それでも………それでも、覚悟ある言葉だと。私は思った。
「覚悟があるなら、自分の身は自分で守る。万が一危なかったら俺たちが何とかする」
「金剛寺さんっ!?」
お兄ちゃんが道仙くんの言葉を聞いてどう返せばいいのか悩んでいた時、金剛寺さんが間に入り込んで道仙くんたちの同行を許可しだした。
お兄ちゃんは驚いていたけど、そんなお兄ちゃんの肩を叩きながら金剛寺さんは「大丈夫だ」と言って――
「彼等の覚悟は本物だ。そこは受け止めなければ失礼だ、幸いなことに、『感染』者はそう多くない。あの時の様な想定外は起きない可能性が高い。だが武器を持たないで行くのはなしだ。各々武器になるものを持って案内をしてくれ」
そう言って、今度は私のことを見て金剛寺さんは続けた。
私と、ともちゃん達のことを見て………。
「希君も、いいだろ?」
私は金剛寺さんの言葉を聞いて、一瞬黙ってしまったけれど、すぐに頷いて近くにいたともちゃんを見て言う。
真っ直ぐ………自分的にはちゃんと真っ直ぐ見ている。その目で、ともちゃんのことを見て私は言った。
――共に頑張ろうな――
あの時私に掛けてくれた、リンさんの言葉を思い出して。
「私、あの………頑張るから、みんなが危ない目にあったら、ちゃんと、やっつけるから」
「………希」
「雨森………、お前――変わったな」
「?」
ともちゃんが驚き、射鉄くんは私のことを見て何かを呟いていたみたいだけど、射鉄くんはそれ以上言わず、どころかそっぽ向いてしまって小さな声で『なんでもねぇっ!』と言われてしまった。
何を言っていたのか、わからなかっただけなのに………。
でも、言いたいことは言えた。皆に、私の今の気持ち、伝えることができたから、良しとしよう。
私の言葉を聞いて、金剛寺さんのことを見上げていたお兄ちゃんは、下を向いて溜息を吐いた後――道仙くんを見て………。
「分かったよ。でも危ないことは絶対だめだ。油断もしない。後は一体だけだからと言って一人で攻撃しないこと」
「! わかりました!」
と言って、ここにいるみんなと一緒に安全地帯に行く決断をした。
少し不安だったけど、満場ではなかったけど、みんなで行くことができる。
生きるために、見捨てた人たちに物申すために――皆で向かう。
私も、そこに行って、話がしたかったからよかった。
もっとも会いたくない人だけど、今は『どうしてそんなことをしたのか』と言う疑問を――蝶ヶ崎さんに聞くために。