三十九話 苦手と嫌い
「囮………、その結果が君達なのか?」
話を聞き終えた私とお兄ちゃんは黙ってしまう。けど道仙くんの言葉を聞いていた金剛寺さんは道仙くんに対して慎重に質問を口にした。
最初に『すまない。気に障ってしまうかもしれないが』と前もって言った後、道仙くんやともちゃん達に向けて聞くと、返答したのは――影野くんだった。
「挙手して望んでやろうって人、いるわけないでしょ。囮の話が出てからはもう議論議論です。議論ばかりって言うか、『お前がやれ』って、押し付け合っているだけの話しでしたけど」
「その提案したのって………蝶ヶ崎さんだったから、蝶ヶ崎さんと仲がいい女子生徒や、生き残ったファンクラブの人が僕達を囮にしようって言い出したんだよね」
「今でも思い出しただけで吐きそう」
おえー。と吐く動作をしながら心底気持ち悪いという気持ちを私達に伝えるともちゃん。
でも、私自身もそうだ。
動作では表さないし、その人のことが心底嫌いで恨んでいるわけじゃない。
けど………、私は、蝶ヶ崎さんが苦手だ。
すごく苦手で、話したくないくらい苦手。
これは………、嫌いというか嫌悪なんだろうけど、私は苦手だと認識しようとしている。
嫌いだと思ったら、なんだかダメだと思ったから、よくよく考えた結果――私は彼女のことを嫌うことはお門違いに感じたから、苦手と言う感情でまとめている。
実際、私は彼女に対してどんな感情で接すればいいのか。どんな気持ちで彼女に面と向かえばいいのか。どんな感情で彼女に伝えればいいのか。正直………わからない。
怒り任せがいいのかどうかもわからないから、私は苦手と言う感情で彼女のことを思い描いていると、それを聞いていた射鉄くんが『けっ!』と嫌悪のそれを吐き出すと同時に言う。
「俺もあの女だけは嫌いだな。あいつの所為で俺たちが囮になって、ここまで逃げて籠城した!」
「この前までは『ファンクラブに入りたーい』とか言ってたくせに」
「あれはもう過去の話だ! 今はもう違うしこれからもそんなことはないっ!」
射鉄くんの言葉に釘を刺すように影野君が呆れた顔で溜息交じりのそれを言うと、射鉄くんは怒りの否定を影野くんにぶつける。
そんな二人を見ながら壁家くんが困った顔をして二人のことをてで静止していたけれど、壁家くんの静止を無視して射鉄くんは私達、特にお兄ちゃんと金剛寺さんに向けて『しかも!』と言って指を指しながら射鉄くんは続ける。
笹江さんも道仙くんも困った顔をして固まっている。
きっとと言うか、絶対にともちゃん達は思っているんだ。
蝶ヶ崎さんがしたことに、怒りを覚えている。怒っているんだ。
「しかも本人はもっと安全な場所に避難して、バリケード! 他のクラスの奴ら数名と保健のチナ先生と陸奥先生と一緒になって安全地帯でゆったりしている! 俺達はその間襲われたりなんだりで命からがらここまで来たのに! マジであいつ等許せねぇ! 蝶ヶ崎も蝶ヶ崎だ! 俺達のことを生贄にしてまで生きたいって! マジで悪女だよあの女は!」
「だから前から言ってたじゃん! あいつはマジものの悪女で性格も歪んでいるくそ女だって!」
射鉄くんの言葉を聞いていた時、ともちゃんが大声を張り上げながら立ち上がり、射鉄くんにずんずんっと大股で歩みながら近づく。
もう足音が大きく聞こえてしまうほどの歩みと声量でともちゃんは射鉄くんに向けて言った。
怒っている顔をして――同意と怒り、そして責める言葉を。
「あの女は女子の間でも有名な奴だって言ったのに、あんたは全然信じていなかった! あたしの言葉にも耳を傾けなかった! それがどれだけ悲しかったかわかる? 前だってそうだった! あの時あたしの言葉を信じていれば! あの女の言葉を信じていなければ」
「あ、あのさ………!」
二人の口論を言葉で制止した――私。
震える声で、勇気を振り絞った結果だったけど、私の声を聞いてともちゃんはすぐに私の方を向いて『何?』と少し苛立った言葉で聞いて来たけど、私は意を決して口の前に人差し指を添える。
しぃー。
と小さな声を出してドアの方を指さす。
指を指した方向にみんなも視線を向けると、小さな呻きと一緒に裸足の音と、何かは滴り落ちた音が聞こえた。
音の正体は『感染』者。
『感染』者が近くに来たことで、場の空気が一気に凍り付き、音を出さないようにみんな口元に手を当て青ざめた状態で固まってしまう。
私、お兄ちゃんと金剛寺さんはドアの外から聞こえる『感染』者の声を聞きながら姿勢を低くして様子を伺う。
もし『感染』者が入り込もうとしたら、近くで待機している金剛寺さんが何とかする。そうグーサインで伝える金剛寺さんと、それに頷いて様子を伺う私達兄妹。
『あー………、が。ごあ………』
ドア越しから聞こえる『感染』者の声。
少しの間理科室の外を歩いていたけれど、何もないと確認した後、そのまま理科室から離れていく。
べた。べた。と気怠そうな足音を立てながら、『感染』者特有の足並みで少しずつ離れていく様子を、私達は聞き耳を立てながら見送る。
見送るなんて言葉はおかしいかもしれないけど、ここで警戒を解いたら危ない。だから完全に音が消えて、ドアの外を見て意亡くなったことを確認するまで――警戒を解かない。
ようやく足音が聞こえなくなって、金剛寺さんが教室のドアに手を掛けて音を出さないように開ける。少し開けた後、顔を少しだけ出して辺りを見渡した後――ゆっくりとドアを閉めて『いなくなった』と小さな声で報告。
一気に緊張の糸が切れたかのように、みんな息を吐いて力が抜ける。
さっきまで喧嘩していた射鉄くんとともちゃんは項垂れながら大きく息を吐いている。
きっと生きた心地がしなかったのだろう。私は何度もこんな経験しているから、慣れてしまったけど………。
そんなことを思っていると、金剛寺さんが私達に向けて「聞いてくれないか?」と言って、みんなが金剛寺さんに視線を向けたところで、金剛寺さんは言った。
「この近くには割れた窓ガラスがある。きっとそこから『感染』者が入って来ているんだろうが、生憎塞ぐ道具もなければ時間もない。少しリスクを負うが………、ここから離れて、その安全地帯に向かわないか?」
その言葉は――ともちゃん達にも衝撃で、私にとっても衝撃の言葉。
金剛寺さんなりの安全策なのだろうけど、それは、私からすれば………、あまり快く思わない提案でもあった。




