三十七話 贄
「あー、希………? その子たちは?」
「クラスメイトなのか?」
お兄ちゃんと金剛寺さんの言葉を聞いて、私は頷きながらも少しだけ訂正の言葉を加える。
「あ、うん。射鉄くんと壁家くんは中学の時同じクラスだったんだけど、他の人は名前しか知らないんです………」
「あ、初めまして。ぼく………、壁家真守です」
お兄ちゃんと金剛寺さんに向けて照れながら言うその子は他の誰よりも背が高くて、横に広い。力士かと思ってしまうほど大きくて体格もすごいけど、柔らかそうな雰囲気で私に恥ずかしそうな笑顔を向けている。自分のことを指さすその指もぷっくりしてて、可愛いと思ってしまうその子は頭を下げながらお兄ちゃんたちに挨拶した。
「おぉ、俺と同じくらいか? 君、何部に入っていたんだ?」
「あ、ぼく………、園芸部です」
「園芸部だとっ!?」
金剛寺さんは壁家くんに質問していたけど、多分予想が外れたのだろう。愕然とした顔で壁家くんのことを見て慌てながら『何故だ!?』と小さい声で質問攻めしだす。
多分だけど、壁家くんの見た目で相撲部か、他の部活に入っていると思っていたんだろうな………。実際はそんなことしない。暴力が大嫌いな男の子だから。
「あー、お兄さん覚えていますか? 俺のこと」
「ああ覚えているよ。的井射鉄くんだろ? なんでか小学校の時から俺に対しての辺りが強くて何度も勝負を仕掛けて」
「もう昔のことじゃないっすかっ! 忘れてくださいよっ!」
射鉄くんの方ではお兄ちゃんと話をしているみたいだけど、なんか………、射鉄くん恥ずかしがってない? 心なしかというか、ともちゃんの顔にもにやけが出ている気が………。
気のせい、だよね?
「雨森さん。久し振り」
「あ。影野くん」
そんなことを思っていると、私の近くに来た男子――そばかすと目の下のクマに目が行ってしまい、不摂生が形になっているような細身で前髪が少し長い男の子は私に向けて頬を『がりがり』と強く搔きながら言ってきた。
たった数個の文字の――久し振り。
それだけ言って彼は………影野番くんはそっぽを向いて「うん」と言って離れてしまった。
影野くんとは正直、クラスメイトとしての関係で、射鉄くんと壁家くんと仲がいいみたいだけど、それ以上は知らない。
でも、声を掛けてくれたってことは、心配、してくれた………? のかな?
「ねぇ、私のこと知ってる?」
「!」
影野くんのことを考えていたら、突然もう一人の女の子が話しかけてきた。
結構な至近距離で話しかけられたので驚いたけど、私は狼狽しながらも首を振って「知らない。ごめんなさい」と謝ると、その子は即答で「ううんいいの!」と言って、畳み掛けるように続けて言う。
「そうだよね! 私は多分初対面だと思うよ。でも、別のクラスだけど雨森さんは有名だったからみんな知ってるよ」
つやつやの黒髪をツインテールにして、手にボクシンググローブをつけている活発そうな女子が私のことを見て笑顔を向けながら言う。
有名。
その言葉を聞いて金剛寺さんは首を傾げていたけど、私は――あまりいい気分になれなかった。
むしろ嫌な気分になる言葉だった。
多分………、この子が言っている『有名』は、悪い方の有名だと思うから………。
あぁ………、やっぱり学校はきついなぁ。私のことを覚えている人がたくさんいるし、嫌なことも覚えている。間違ったことを真実として受け止めている人もいるんだろうな。
そう思いながら俯いていると、そんな私のことを見てか、ツインテールの女の子は慌てて「あああぁあええええっと………!」と言って………。
「そう言えば! 私の名前知らないよね? 私C組の笹江こころだよ。よろしくね! こころって呼んでいいからっ!」
そう言ってツインテールの女の子――笹江さんは私の手を伸ばして握手しようとする。
でも、その手を見た私は笹江さんの手を指さして………困った顔をして言った。
「………ボクシンググローブでは無理だよ」
「あ、そうだね………忘れてた」
ははっと困ったように笑いながら笹江さんはグローブを外して再度握手の促しを行う。
笹江さんの手は、普通の女子中学生のようにきれいで、噛まれた後がないそれだ。普通の手。
その手を見て私はもう一度笹江さんの顔を見た後、ぎこちない笑みを浮かべて「よ。よろしく………」と彼女の手を緩く握った。
本当に緩く、これで握手できているかなと思ってしまう様な弱さだけど、そんな私の握手が嬉しかったのか、笹江さんはニコニコしながら手をぶんぶん振って嬉しさを行動にして来る。
ぶんぶん振られて、あ、腕がもげそう………。
「笹江さん。雨森さん痛がってるよ」
「え? あ、ごめんね。嬉しくてつい………」
私のことを察してか、イケメンの男子が笹江さんの肩を掴み、私のことを見て「ごめんね」と言う。
やっぱりというか………、このイケメンの男子は生徒会の人で、生徒会長だ。
手を離してくれた笹江さんの前に立って、私のことを見ていた生徒会長は無言のままだけど、対照的に私は生徒会長のことを見て、思い出したことを言葉にして伝える。
「あの、もしかするとだけど………、あなた、生徒会長の道仙昂くん?」
「! ああ、確かに僕は道仙だけど………、どうして知っているの? 多分君がいない時に生徒会選挙があったはず」
「その、ともちゃんがプリントを渡してきてくれて、そこで知ったんです」
「ああ。なるほど」
そう。この人は生徒会長の道仙くんだ。プリントにも写真があったし、覚えている。
初めて出会ったから驚いた道仙くんは私のことを見て、聞いて納得したと同時に、私に視線を移して聞いて来た。
「もしかしてだけど、SNSの内容を見てここまで来たんだよね? 僕達が投稿したSOSの」
「! うん。そう! ここに来た理由はそれで………」
言った言葉はまさに私やお兄ちゃん、そして金剛寺さんが効きたかった内容で、言葉が出た瞬間和やかな空間が一気に張り詰めるような緊張も走った気がした。
道仙君の言う通り、私達はSNSの内容を見てここまで来た。
#救助 #生きています #SOS
○○県▽▽市 九十九中学校在学 生存者15名
誰か助けてください。
藁にもすがる思いだったけど、道仙くんの口から出た言葉に、私は聞こうとした。
『他の生存者は? 一体どこにいるの?』
そう聞こうとした時、道仙君の口から出た言葉は――
残酷な内容だった。
「僕を含めた六人も、その中に含まれていたけど………、他の生存者は最も安全な場所に隠れているんだ」
「え? 安全な、場所?」
私の言葉に頷く道仙くん。その顔はあまりよくない。
みんなの顔もよくない。そして――空気も重くなっていくような、そんな雰囲気が漂う。
この空気を感じた私は、少しずつだけど理解してしまう。お兄ちゃんも金剛寺さんも理解して口を閉じたまま道仙くんの言葉を待っている。
聞いたとしても、殆どの確率で残酷な内容かもしれない。
こんな世界になったんだ。優しい世界。きれいな世界はもうなくなった。
あるのは――壊れてしまった世界で生き残ろうとする………残酷な選択を簡単にしてしまう怖い世界。
そんな怖い世界を狭い空間で表すように、その世界を言葉にして道仙くんは重い口を開ける。
「僕達は………、あのゾンビを引き寄せるために、選ばれて放り出された。他の生存者のために」
僕達は――餌にされたんだ。




