三十六話 安心
『おい………なんか佐伯の奴誰かと話していないか?』
誰かいるかもしれない。そんなことを考えながら理科準備室のドアの前で聞き耳を立てる。
金剛寺さんとお兄ちゃんはそんな私を見ながら武器を構えて待っている。
万が一の想定を考えての行動だけど、私はそんな二人に向けて両手を下に向けて少しだけ下げる。
ダウンしてと言う動作のように、掌を下にし、両手を使って短く上下に動かすと、それを見た二人は察して武器を下ろした。金剛寺さんは拳を下ろす。
この動作は私達が三人で行動している時に考えた合図で、掌を下にして上下に動かすそれは、『武器を下げて』と言う合図。
私の合図を見てともちゃんは首を傾げていたけど、私は再度理科準備室に耳を傾けて、声を聞く。
この準備室にいるのは――『感染』者じゃない。
そう確信して………。
『佐伯さんが誰と話してても、僕達の安全が保障されるわけじゃない。警戒して、ここにある薬品を使えば………』
『ちょっと待ってっ! もし人間だったら最悪なことになっちゃう! 薬品は最後の手段として使おう?』
男の子と、女の子の声が聞こえる。
男の子の声は聞いたことがあるけど、女の子はあまり聞いたことがないような………でも聞いたことがある声。誰だっけ………?
『みんな落ち着け。影野も軽率な行動はしない方がいい。笹江さんの言う通り薬品を使うのはやめておいた方がいい』
あ、この声は確か………、別クラスにいた人の声だ。
名前は、あ、ちょっとド忘れしちゃった………。誰だっけ、でもみんな知っている人だ。
『んな悠長なこと言うなよっ! もしかしたらあのゾンビ共かもしれねーだろっ!? 今だって喋っている暇に来ている可能性だってあるっ!』
『的井くん、落ち着いて………』
『うるせぇ壁野郎っ!』
ん? 今、マトイって………。
『おい的井っ! 大きな声出しているのはお前だろう!? 少しは声量押さえて』
『押さえてるっ! 押さえてるって!』
「…………………………」
だんだん話を聞きながら何人かがこの理科準備室に隠れていることは分かった。そして誰かの言う通り――声もでかくなっている。
今はまだ大丈夫だけど、これ以上声量がデカくなったらだめだ。近くにいないけど、最悪ここを通った時に気付かれてしまう。
そう思った私は再度ともちゃんを見る。
ともちゃんがいる場所を見ようと視線を回し、そこにいるであろう彼女のことを見ようとしたけど………、すでにともちゃんはそこにいなかった。
いつのまにか………と言うより、腰を抜かしていた状態から何とか立ち上がったのだろう。四つん這いになりながら私に――理科準備室に近付いて、ドアに手を伸ばす。
伸ばして、軽く握り拳を作った後――
――コンコンッ。コンコココッココン――
と、最初は二回ノック、その後軽快なリズムでノックをするともちゃん。
後ろで見ていたお兄ちゃんと金剛寺さんは少しだけ驚いているような、なんか意外だと言わんばかりの顔をしながら表情を曇らせている。
曇らせている、と言うより――『なんて合図にしたんだ』と言う驚きだろう………。
まぁ、ともちゃん考案なら、ありえそう。
そう思っていると、理科準備室のドアの向こうから鍵が開く音が聞こえ、その音を聞いてともちゃんは私達のことを見た後。さっきよりも顔色がよくなった笑顔でこう言ってくれた。
「言ったでしょ? うちら、この理科室と理科準備室に籠城してるって。他の所から追い出されたから、ここに来たの」
「え?」
ともちゃんは確かに言っていた。
うちらって。
それは複数人を表す言葉で、自分を含めた複数人を意味している。そこは分かる。分かるんだけど、問題はその後――
他の所から追い出されたって………どういうこと?
「と、ともちゃん、それって――」
と、頭の中に芽生えた疑問に関してともちゃんに聞こうとした時、理科準備室のドアが開いた。
ぎぃっと………、音を漏らさないようにゆっくりとした開閉音。
それでも音は聞こえちゃうけど、そこまで大きくない。その音を聞き、開いたドアの向こうにいた人物を見て………、準備室にいた四人の人たちを見て、私は驚いたまま固まってしまう。
準備室に隠れていた人たちは――私が知っている人たちで、比較的仲良くしていたクラスメイトだったから。
「え? もしかして………雨森さん?」
そばかすと目の下のクマに目が行ってしまい、不摂生が形になっているような細身で前髪が少し長い男子が私を見て驚き。
「もしかするとだよっ! あの雨森さんだよっ! 無事だったんだねっ!」
つやつやの黒髪をツインテールにして、手にボクシンググローブをつけている活発そうな女子も私を見て安堵と感激のそれを顔と表現で表し。
「あ、あ、雨森さん………、ぼくのこと分かる?」
照れながら言うその子は他の誰よりも背が高くて、横に広い。力士かと思ってしまうほど大きくて体格もすごいけど、柔らかそうな雰囲気で私に恥ずかしそうな笑顔を向けている。自分のことを指さすその指もぷっくりしてて、可愛いと思ってしまう。
「雨森さん、君も無事だったんだね」
この中では特に顔が整っていて、かつ長身――一言で言うとイケメンの分類だ。そんな人が私とともちゃんに駆け寄りながら『大丈夫かい?』と聞いて、腰を下ろして話しかけて来る。
今思い出したけど、この人、生徒会の人だ。
名前は確か………。
と思い出していると――
「は? 雨森っ!? 雨森じゃねぇかっ! お前無事だったんだなっ!」
「あ、射鉄くん」
思い出している私のことを見ながら駆け寄ってきたのは、少しだけパーマがかかっていて、角ばっている顔が印象的な男子。本人は『モテない顔』と言っているその顔は、私は覚えている。
何度も見たことがあるし、それに――ともちゃんと同じ幼馴染だもん。忘れるわけない。
私の目の前に現れた的井射鉄くんは、私の反応に対して『反応うっすっっ!』とショックが混じった声で叫ぶ。
幸い、『感染』者はいないみたいだからよかった。二重に――よかったと思ってしまった。
一つは『感染』者がいないこと。そして、みんなに出会えたこと。
中学校入学以来のクラスメイトとの再会に、私は少なからず心の中で安心と嬉しさが込み上げてきてしまった。
よかった………みんな無事だ。
そう思うと同時に、浮かんでくる疑問もあるけど、今はこの再会を喜ぼう。
話しは――そのあとだ。




