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閑話 今だけは、許してくれますか?

『早く行けっ!』


 リンさん。待って、一人じゃあぶないよ。


『ここは私が引き付けて置く! お前等だけでも逃げるんだ』


 一人でそんな大勢の『感染』者相手に戦うのは無茶です。


 一緒に戦いましょ? お兄ちゃんも、金剛寺さんもいるんだから。


『………あーわかった、わかったよ! ならお前等の手も借りるよ』


 り、リンさん………! 何とか、頑張って戦います!


『無理するなよ? でも希ちゃんはそのままでいい』


 どうしてですか?


『いや、そのまま経っているだけで十分なんだよ。そのままいるだけで』


 リンさん? どうしたんですか?


『いや―。お前なんか、うまそうなにおいしてるな。あ、でもこうなったら空腹とかそんなのわかんねーか。そもそもあいつ等空腹だから喰っているのかな? それとも別の意味で食べているのかな?』


 あ、あの………リンさん? 


『肉か、食べたいなー。あー、肉、肉、肉、肉、肉』


 り、リンさんどうしたんですか………? おかしいですよ? ねぇリンさんっ?



           にぃぐ


                  かぶぅり


                            んにぃぐぅぅうぅぅぅ。



 〓  〓  〓



「――っっっ!!!」


 瞬間、私は目を覚ました。


 反射神経なのか、跳びあがるように起きた瞬間、私は荒い息を整えながら夢に出たリンさんのことを思い出す。


 そう――『感染』者になって私に襲い掛かって来たリンさんのこと。


「………っ! うううううううっっ!」


 思い出したそれを消そうと、躍起になって頭を振りながら忘れようする。


 ぶんぶん髪を振り乱し、頭についてしまったであろう水しぶきを飛び散らせながら私は頭を振るった。


 ぶんぶんぶんぶんぶんぶん!


 ぶんぶんぶんぶんぶんぶん!


 それを何度も繰り返して、ようやく頭が回ってしまったのか、くらくらした頭を支えながら私は辺りを見渡す。


 周りはコンクリートで作られた場所で、ドアがあるであろうその場所には大きな鉄製の本棚が幾つも積み重なっている。その中央には燃えかけていた丸太の破片と、置きっぱなしになっている紙皿。その神皿の上には固まってしまった米粒がついている。


 その近くで横になって寝ているのは金剛寺さんとお兄ちゃん。いつでもできるように傍らにはリュックと武器が置かれている。


 私はそんな二人を見るところで寝て、悪夢を見て置き上がったんだ。


 こんな時に夢なんて、嫌だな。


 そんなことを思いながら視線を金剛寺さん達から窓に向けた。


 私の近くにあった窓は割れていて、よろけながら立ち上がって外を見て、そして視線を下ろす。見下ろすと風が下から舞い上がって来て、同時に腐った何かを運んで来て私の鼻を攻撃する。


「う………っ!」


 正直、これは想定外だった。でも、それ以外は想定内というか、ここを寝床にしてよかったと心から思った。


 私の視線の先――遠いところにいるけど、何とかしてドアを開けようと躍起になっている数十体の『感染』者。


 その背後では至る所で徘徊しては死体を食い漁る『感染』者。


 そんな『感染』者から逃げようと走っている人。


 その人のことを囮にして逃げる人。


 車を使って逃げようとしたけど、『感染』者が前から襲撃して、そのまま建物に突っ込んで行ってしまった人。


 他にも色んな人達がいたけど、多すぎて語ることができない。


 でも、これだけは一つ言える。


 この世界は――本当に壊れてしまったんだと。政府も何もかもが機能していない世界になってしまい、何もかもが壊れてしまったこの世界で、私達は生き残らないといけない。


 幸い………、今私達が寝ているここはテナントがあるアパートで、開きのテナントに私達は逃げて、今に至っている。


 五階建てで、ドアも何もかもを重いもので封鎖したから、そうそう壊れないだろうって金剛寺さんは言っていた。ここまで登って来るかもしれないとお兄ちゃんは言っていたけど、金剛寺さんは首を振ってこう断言した。


「『感染』者はどうやら、腕力が弱いというか、肉が腐りかけているせいで脆いんだ。だから登ろうとした時点で引きちぎれて終わりだ。だからアパートに籠城すれば大丈夫だ」


『感染』者は登れない。


 これはたまに見るゾンビのそれと同じだ。


 そう私は思っていたけど、今こうして見ると、確かに登ってこれないみたいだ。


 壁をがりがり引っ掻いているだけで何もしてこない。


 そもそも音がないからなのか、暴れていないみたい………。


「………はぁ」


 溜息を吐き、窓から顔を出すことを止めてその場で座り込む。


 へタンッと座り、今日のことを考える私。


 崩壊世界になった世界で図書館を拠点とした生活をしていた。


 そこは、感謝してもしきれない。


 食料と情報を得るために外に出て、荒木さんの会社に入って、閉じ込められて、いくさんと出会って、そして『感染』者相手に何とかして、それでリンさん達を助けた。


 思えば、あの時いくさんがいなかったらやばかったんだ………。


 助けて安心したのもつかの間………、図書館拠点で感染爆発が起きてしまったことを無線で聞いて、そのまま図書館に向かったけど、図書館はもう『感染』者まみれになっていた。


 残っているかもしれない生存者のために戦おうとしたけど、その時止めたのがリンさん。


 リンさんの行動を止めようと私達は呼び留めようとした。呼び戻そうとしたけど、遅かった。


 リンさんはもう、『感染』していた。


 リンさん自身手遅れだと自覚していたから、リンさんは自分を囮にして、金剛寺さんに私達を託した。


 そのあとは簡単。雨のせいで『感染』者は辺りを見渡していたから襲われることなくここまでこれた。


 今日は色んなことがありすぎた。そして走りすぎたこともあって、金剛寺さんとお兄ちゃんはご飯を食べすぐ寝てしまった。私も疲れていたから寝ようと横になって、そして目を覚まして……。


 目の前で横になって寝ている金剛寺さんとお兄ちゃんを見る。


 同時に、脳裏によみがえる図書館のみんなの記憶。


 あの二日間は、こんな世界になってしまった空間の癒しだった。


『感染』者が蔓延っている世界で、日常を味わえる場所だった。


 その場所も、今はもうなくなった。


 もう、あの場所で普通の生活は望めなくなった。


 みんな………いなくなってしまったから。


「?」


 長い間考えていた時、パーカーのポケットに違和感を感じた私はポケットに手を入れて、それを取り出して、目を見開いた。


 それは、外に出る時、別府さん達に渡されたおにぎりが入っていたから。


 エネルギーバーは多分どこかで落としたんだろうけど、おにぎりだけは何とか無事だったんだ。


 綺麗な三角で作られたおにぎりだったけど、もう崩れたり潰れたりして楕円形になっちゃっている。中身を確認しようとアルミホイルをめくると、中から出たのは潰れかけて、練りかけている真っ白いごはん。


 それを見て、別府さんや福本さんのことを思い出し、二人が言った言葉を思い出しながら私はそれに弱々しくかぶりつく。


 口に含んだ瞬間広がるのは塩の味。


 そう言えば………、塩むすびだって言っていたな……。


 食べていくにつれて、どんどん塩気が大きくなっていくけど、私はそれを弱々しく、二人が起きないように静かに頬張って食べていく。


「う、ふ………。んむ」


 頬張って、頬張って、咀嚼して………。


「う………、ず………っ。ふぅ………。うぅ」


 どんどんしょっぱくなっていく。


 鼻呼吸ができない。


 口から米が零れていく……。


 食べていくにつれて思い出されて行くのは図書館のみんなの記憶。


 別府さんや福本さん。リンさんやみんなとの思い出が浮かんできて、おいしいという感情よりも、悲しさが勝ってしまう。


 どうして? 


 どうしてみんななの?


 私じゃなくて、どうしてみんながいなくなっていくの?


 噛まれたことを隠していたから、隠していたから罰を与えたの?


「う………。うぅ………」


 嗚咽を吐きながら食べ終わった。でも涙は止まらない。嗚咽も止まらない。


 食べるたびに思い出されてきたみんなの記憶と、リンさんのことを思い返していくと、より一層みんなに会いたいと思ってしまう。


 でももうみんなはいない。


 図書館の生き残りは、私達三人だけ。


 私達だけが、生き残った。


 あの時、私が『感染』していたらよかった。


 あの時――リンさん達を置いて行かなければよかった。


 あの時――私も一緒に行くと言わなければよかった。


 全部全部後悔しても、結局返って来るのは後悔だけ。


 過去を変えることはできない。それを痛感しながら、私は体育座りをして、膝に顔を埋めて声を殺す。


『生きて帰って来てね』

『おいしいご飯作って待ってるかんな』


『フた()を………、た、た、頼………、ンだ』


 思い出されるみんなの顔と、福本さんと別府さん。リンさんのことを思い出しながら、私は声を殺して泣く。


 これから先――もっと残酷なことが起きるけど、今だけは、許してくれますか?


 明日になったら、もう、泣かないから、今だけ許してください。

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