二十七話 変異
「それはきっと、『変異感染』者だ」
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それを言ったのはいくさんだった。
お兄ちゃんが社長室へと入った後、私といくさんは社長室の前で立ったまま待っていた。
本当なら壁に寄りかかりたかったけど、いくさんがなぜか周りを警戒しながら背に背負っていた刀を手にしている。それを見て、何かいるのかなと思って私も警戒してしまい、座ることなんてしないで周りを見てしまっていた。
その間………きっと、多分……、五分くらい?
多分そのくらい時間たっていたはず。
その間は沈黙だったけど、警戒もあって気は紛らわせることができたと思った時、社長室の中から大きな音が聞こえて、それを聞いた私といくさんは驚きと同時に武器を手にしてドアの横に回って、ドアから離れるように位置についた。
勿論さきに動いたのはいくさん。
郁さんの動きを真似るように私も壁に背をつけて武器を持っていたんだけど、大きな音がしてからはまた沈黙になって、お兄ちゃんが出てきて驚いたと同時に、お兄ちゃんが手に持っていたカードキーを私に見せてきた。
それは荒木さんが持っていたカードキーと同じ物で、それを見て私は喜びが顔に出そうだったけど、それを見ていたいくさんがお兄ちゃんに――
「何かいたのか?」
って聞いて来て、それを聞いたお兄ちゃんがいくさんのことを見るために振り向き、少しのイ間俯いて、お兄ちゃんは社長室で触手の様な何かに襲われそうになったことを教えてくれてたことで、いくさんははっきりとした言葉で言ったのが――これだった。
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「『変異』?」
聞いたことはある、けどこの世界になって聞いたことがないその言葉を聞いて、私は困惑しながらいくさんに言うと、いくさんは頷きながら「そ」と言って――私とお兄ちゃんを見て、言葉の続きと言わんばかりの説明をしてくれた。
お兄ちゃんが見た黒い触手のことも踏まえて………。
「きっとそれは………、この世界になってしまったきっかけでもあるウィルスが変異し、その変異に合わせて『感染』者の体も変化した結果だ。聞いたことあるだろ? 変異株って。『感染』者にしてしまうウィルスも、進化して変わっていく。その結果が――お前が見た黒い触手」
「変異………株」
「『感染』者も、変化してしまうってこと………?」
いくさんの言葉を聞いて、お兄ちゃんと私は言葉を失ってしまう。
まさかこの世界でも、フィクションのように変化して狂暴になってしまうウィルスがあるなんて思わなかった。しかもそれが進化して、変異株になって、それで人だった『感染』者が変わってしまうなんて………。
そんなの、もうゲームの世界だ。
ドラマや、アニメの世界だ。
そんなことが現実で起きるなんて思わなかったし、それに、ウィルスも進化するなんて、誰も想像していない。
いくさんの話を聞いて私は頭を抱えてしまう。
今の『感染』者でも怖いのに、『感染』者相手でも命がけなのに、もし………、もし、その変異株の『感染』者に遭遇したら、どうすれば………。
嫌な想像は私のことを無視してどんどん膨らんでいく。
そんな想像したくないのに、これ以上不安を抱えたくない。やっとここまで来たのに……。
「変異って………、お前は見たことがあるのか?」
お兄ちゃんの質問を聞いて、私は自分の世界から抜け出すことに成功してお兄ちゃんといくさんを見る。
いくさんは腕を組んで、思い出すように目を閉じて顔を顰めると、うーんっと唸る声を出し始める。
でもその唸りも少ししたら無くなり、思い出したかのようにいくさんは『あぁ!』と言った後、私達に向けて答えを返した。
「あるな。ウチが見たのは筋肉モリモリの『変異感染』者。力がすげーやばくて、あと岩も片手で放り投げて来る。更には地面を持ち上げることもできる『感染』者だった」
「………そんなファンタジーな」
「一応言っておくが、誰もかれも『変異感染』者になることはない」
「!」
いくさんの言葉を聞いてお兄ちゃんは私と同じように頭を抱えたけど、続けて言った郁さんの言葉にお兄ちゃんと私は驚きの顔でいくさんのことを見る。
いくさんはそんな私達のことを見ながら外の景色に目を向け、遠くで徘徊している『感染』者を見ながら私達に言ってきた。
最初に――「これは人に聞いた話だからな?」と念を押すように言った後、いくさんは『感染』者を親指で指さしながら私達に説明する。
「『感染』者って言っても、全部が『感染』者ってわけじゃなくて、たしか、遺伝子的な何かと、人間だった時の記憶で『感染』者は変化するんだと」
「遺伝子的な何か?」
「人間だった時の記憶………。その二つと『変異感染』者はどう関係しているんだ?」
お兄ちゃんの言葉を聞いたいくさんはお兄ちゃんのことを見て、一呼吸置いた後でいくさんは続きを説明してくれた。
「いいか? 噛まれてしまった『感染』者は元々は人だ。人間として生きてきた記憶はないけれど、体にしみ込んだ習慣や癖。そして心に刻まれたであろう快楽や依存、そして憎しみは脳に蓄積されている」
「それって、医学的な判断ですか?」
「いーや。道徳で聞いたんだ。心は脳味噌なんだって。結局脳があるから人間は考えるし感情を抑えるとかなんとか………」
いくさんは一体何が言いたいんだろう………。
そんなことを思いながら聞いていると、いくさんは私達に向けて続きの言葉を放つ。
「そんな人間が『感染』者に噛まれて、『感染』者になった。人間だったころの記憶なんて忘れて、喰いたい衝動に身を任せて襲う化け物になる。でも一部だけ、その感染が変異株となってしまった場合、『感染』者も変わる」
「変わるって………、まさか体が変わるのもその変異株の所為で?」
「そ。損でその兆候としては……確か、黒い瞳孔に白いそれが浮かび上がるって。まざ真っ黒い目に白いそれができたらそれってこと。それが変異している証拠で、こいつは体と脳が覚えている記憶を頼りに動いているから、気を付けた方がいい」
こいつは――『感染』者よりも狂暴で残虐だ。
いくさんの説明を聞いていたお兄ちゃんは、何かに気付いたのか黙ってしまっている。
何に気付いたのかはわからない。わからないけど、いくさんは冗談なんて言わないということは、短い間行動してて分かる。
だからこれは重要なことで、これを教えてくれるということは、私達に忠告しているのと同じなんだ。
忠告は心配。
死んでほしくないから、いくさんは私達に言ったんだ。
最初は怖い人と思っていたけど、本当は優しい人なんだな………。安心した。
初めて聞いた話を聞いていくさんに頷いて『気を付けます』と言うと、それを聞いたいくさんはなぜかその場で踵を返し――私達のことを見るために振り向いたいくさんは『それじゃ』と言って………。
「ウチはここで失礼するよ」
とはっきりと、あっさりとした言葉を吐いた。
「はっ? お前ひとりでどこか行くのかっ!? 無謀だから俺達と一緒に行動した方が」
「あー悪りーけど、ウチそう言った団体行動、群がるとか無理なんだわ。一人の方が好きだし、それに群がって情が湧いたら、その分苦しくなるのは自分だから、一人がいい」
「それでも一人の方が危ないだろっ!? 『感染』者になったらどうするんだっ!?」
「ウチはならない。なる前に探し出さないといけないんだ」
これは――ウチだけの問題だから。
その言葉を聞いたお兄ちゃんは驚いた顔をしていくさんの行動を止めたけど、いくさんはそんなお兄ちゃんの言葉を聞かずに歩いてしまういくさん。
その間もいくさんは私達に話しかけている。
最後に言ったそれを皮切りに、お兄ちゃんは何も言えず、口を閉ざしてしまう始末で、そんなお兄ちゃんの背を叩きながら私はいくさんのことを見る。
見て――私は言った。
ついさっきまで一緒に行動していたけれど、生きている人と出会えた。そしていくさんは一人で行動しようとしている。
そんな彼女を見て、私は一言だけ、彼女に伝えた。
「頑張ってください」
それだけ言うと、いくさんは手をひらひらとだるそうにふると、そのまま会社の外に出て、そのまま走って行ってしまった。
「あいつ………、本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫だと思う……。だって、私達のことを助けてくれたのもいくさんだし」
「え?」
「あ、それに関しては後で話すよ」
なんとなくだけど、いくさんはきっと、一緒に行動しないことは薄々察していた。
なんとなくだけど、一匹狼的な雰囲気で、私達に会った時も『人がいた』とか、そう言った安堵の感情がなくて、なんて言えばいいのかな? なんだか――何かを探しているようにも感じる。
あの時言っていたBHが関係していると思う。
きっとそれを探しているんだと思ったから、それはいくさん自身の問題だから、仕方がないと思うし、何よりいくさんなら、一人でも大丈夫だと思ってしまうから。
お兄ちゃんはなんだか心配な顔をしていたけど、いくさんのことを金剛寺さん達が閉じ込められている場所に向かう途中でいろいろと話していくにつれて、お兄ちゃんも納得したそうで――
「それ………なら? あ、いやでも………」
………いや納得していない様な複雑な顔をして階段を下っていたけど、それでもいくさんが強い事は納得したみたい。
きっと刀を見てただものではないと思ったんだろう………。
少し時間がかかってしまったけど、金剛寺さんとリンさんが閉じ込められている地下室のドアに辿り着き、手に持っていたカードキーをスラッシュして読み込むお兄ちゃん。
読み込み終えたと同時に地下室の重そうなドアから鍵が開く音がして、それを聞いた私とお兄ちゃんは頷いてそのドアに手を掛けて開けようと踏ん張る。
踏ん張ってさぁ開けようとした。その時――
――ごぉおおんっ――
と、重い鉄が動く様な、そんな音が聞こえ、その音が聞こえると同時に重いドアが勝手に動き出した。
動き出したそれを見て私とお兄ちゃんはドアから素早く手を離し、離れながら開いたドアを見ると、ドアの向こうから金剛寺さんとリンさんが出てきて、顔面蒼白の焦った顔をしながら私達の名前を呼んで、続けて焦った声で言ったのだ。
私達にとっても、衝撃的なことを。
「大変だっ! 図書館で感染爆発が起こったっ!」




