二十五話 目の前にある希望
「………ところで」
「!」
長い思い出に浸っていた時、いくが望に向けて声をかけてきた。
声がした方に視線を向けて見ると、いくは鋭い眼光を向けている。
きっと――いいや凡そ想像ついているのだろう。
自分が荒木を殺したと。見殺しにしたと。
こんな世界だ。法も何もない世界に、殺人罪と言うものはもうないだろう。
荒木の様な憎まれるような存在を見殺しにしてもおかしくない。それを見てきたような目をしていたいくを見て、望は思った。
――あぁ、やっぱり俺が疑われるよな。
――仕方がないけど、実際は『感染』者がしたことだ。俺は何もしていない。
――本当に何もしていないけど、本心は………。
そう思考を巡らせたが、すぐにその思考を遮断する。
遮断して、いくのことを見ると、いくは疑いの眼を向けた状態で望に聞く。
お前がやったんじゃないか。それを剥き出しにした状態で。
「あらきって人が駄目だったことは分かった。でもうちらはその人を探していたんだ。その人が持っているって言うカードキーがなかったら、あの場所で閉じこめられている二人を出すことができないんだ。どうするんだよ。カードキー」
カードキーと言う言葉を聞いて、希ははっとして気付き、同時に小さな声で「確かに……」と呟いてしまう。
そう。二人がここに来た理由は燐と金剛寺の救出のため。
荒木が持っていたであろうカードキーを使うために望と荒木を探していたのだが、荒木がいないとなると話が変わってくる。
いいや、カードキーがないという時点で話が変わり、ここまで来たのにと言う喪失感が出て来てしまう。
「で、でも………きっとスペアキーがあるかもしれないし、荒木さんももしかしたら生きているかもしれないから、後を追えば」
一抹の希望を与えようと、策があることを伝えようとおろおろしながら言う希の声には覇気がない。
迫力よりも消極が目立ってしまう様な声だ。
それを聞いたいくは呆れるように溜息を吐きながら希のことを見て遮る言葉を掛けた。
「スペアがある場所はどこにある? あとダメだったって言っている人がいて、その人がいる場所に行って『感染』者に出くわしたりしたら? もしかしたらアラキって人も『感染』者になっている可能性もあって、その人の懐から引き抜くのは無理がある」
「う」
「いいか希……この世界はもう普通じゃないんだ。『感染』者って言う輩が蔓延る、油断できない世界になったんだ。そんな悠長な事言っている余裕もないし、そんな現実もない」
「………………」
「はぁ………」
希に一通り言いたいことを言ったのか、いくは呆れながら溜息を吐いて頭をがりがりと掻く。
書いている彼女を見ながら、望は彼女の意見に対して一部同意を示すように心の中で『そうだ』と呟く。
――そうだ。この世界はもう普通の日常の世界じゃない。
――『感染』者がいるという非日常で、いつかは日常となってしまう穏やかではない世界だ。
――命だって簡単に無くなってしまう世界だ。
――豊かで、もう平和だった世界はなくなってしまったんだ。
――こんな世界で、俺は、俺達はどうやって生き残るべきなのか。それを考えなければいけないんだ。
――こんな世界だからこそ、俺は家族を守らないといけない。
――母さんがそうしたように、妹を、父さんを守らないといけない。
――そうだ。今までだってそうしてきたんだ。
――これからもずっと、この世界で、俺は………。
望の脳裏に写り込む光景は家族の笑顔。
それだけが望の生きる糧であり、彼の生きがいで、それは誰にも脅かされてはいけない領域。
だから彼は、荒木のことを………。
そう思った時、望は思い出した。
はっと息を呑むように思い出すと同時に、望は辺りを見渡した。
きょろきょろと周りを見渡す望を見て、希は『お兄ちゃん………?』と疑問の声を上げ、いくも首を傾げながら望のことを見たが、望はようやくお目当ての場所を見つけてそこに駆け寄ると、望はその場所の入り口でもあるドアに手を掛ける。
その場所は他のドアとは違い、木で作られた高級感あふれるドアで、そのドアノブに手を掛け、鍵が開いていることに気付いた望は安堵のそれを零した後、望はそのドアを開ける。
「お兄ちゃん?」
「どした?」
「………まだ希望はある。二人そこで待ってて」
「「?」」
望以外の二人はそれを見て首を傾げるも、望は部屋の中に入り、そのままドアを閉めて辺りを見渡す。
一体何があるのか、そう思いながら希はふと、ドアの上にあるプレートを見て、望が一体何をしたいのかすぐに理解したのだ。
厳密には、カードキーをどうするべきかと言うことで気づいたのだ。
つい先ほど、荒木はこんなことを言っていた。
『地下に行くときは社員証が必要なんだ。勿論一社員ではなく、管理職を持っている者専用の社員証だ。社長とか課長クラスにしか開けられないカードキーのようなものだが、私はその社員証を持っている。部長ゆえに持っているんだ。部長だからな。部長だから入れるんだぞ? 有難く思え』
あの時、荒木は自慢げに言っていた。
自分はカードキーを持っていた。
社長と、課長クラスしか持てないそれを自慢げにしていた。
それを思い出すと同時に、兄・望が何をしよいとしているのかに気付いた希は、小さな声で呟く。
いくにはかろうじて聞こえる声量で彼女は呟く。
目の前のドアの上につけられているプレートを見て……、それを声に出さず、彼女は呟く。
「まだ、カードキーはある」
「へ?」
カードキーがある。それを聞いていくは変な声を上げてしまうが、それを気にも留めず希はもう一度言った。
プレートに書かれているそれを………、『社長室』と書かれたそれを見上げて。
「そうだ………。まだカードキーはある」




